その9:ふたりは最強もしくは最弱
あらためて、街側の階段を下りる。まぁ、海側の階段を下りてもちょっと引き返すだけで、そんなに違うわけでもないんだが。
「あはは。やっぱりひよりは相変わらずなんだねぇ。方向音痴」
「だって……」
「そうなんだよ。ホントに。せめてどっちへ行けばいいのか聞いてくれればいいのに、聞かないで勝手に走り出すからなぁ」
「うう。わたしはこっちでいいと思って進んでるから……」
「どういう根拠で、こっちでいいと思うんだよ」
「根拠は……ないけど……なんとなく……」
「単なる勘か」
「あー。アタシも勘で選ぶとたいがい失敗するから、わかるわー」
「こんちゃんは、二者択一が苦手だもんね」
「苦手っていうか、悪い方を選んじゃうんだけどね」
「それを苦手って言うんだよ」
「あはは。そうか」
「こんちゃん、方向感覚はバッチリなのにね。選ぶ方向を間違っちゃう」
「ひよりは、方向選択がバッチリなのにその方向がどっちかわからないんだからねぇ」
うーん。このコンビ、合わせると強そうだけど、ヘタするとドツボにはまりそうでもあるな。
「しかし、ひよりとこんちゃん、うまい具合にお互い無いものを補い合ってる感じがするな」
「あはは。そうかな」
「……こんちゃんにあってわたしに無いものって、何を想定してるんですかっ。メグルさんっ」
「何を勘ぐってるんだって。方向感覚の話だろ。別に、ばいん感だとか身長だとか大人っぽさとか色気とか言ってないだろ?」
「今、思いっきり言ったじゃないですかっ」
「ばいん感って?」
「メグルさん、こないだこんちゃんが出てきて抱きつかれたときに、ばいん感があったんだって! わたしには無かったけど!」
こんちゃんは少し考えたあと、人差し指をのばした右手を上に向けてニコリと微笑み、
「フォックスフレイム」
と言う。指先に火が灯った。それが俺に向けられる前に、俺は土下座した。
「まったくもう。メグルさんはデリカシーとかそういうのが無さすぎなんですよっ」
「まぁね。でもまぁ、いろいろ欠けたものがあったり、間違えながら進むから、人生は楽しいんだよ」
こんちゃんがなんだか良さそうに聞こえるような、自己弁護みたいなことを言ってまとめた。
コンビニの前を通り、焼き鳥のうまそうなにおいをかぎつつ、下本町商店街に入る。和洋菓子店は……まだ開いていた。バナナオムレットはちょうど三つ残っていて、全部いただいた。払いは俺だ。さっき責められたので、俺が払うのが当然みたいな空気になってしまったが。
そのまま少し商店街を進み、左へ折れる。そこは、あけぼの公園。俺とひよりが初めて鬼と戦った場所だ。もちろん今は鬼はいないし、その気配もない。俺たちはベンチに座って、バナナオムレットを食べる。
「あ。おいしー」
「うふふ。でしょ? わたし、これ大好きなんだ」
ふたりは、がふがふとバナナオムレットを食べると、俺を見る。俺と言うより、まだ食べていない俺のバナナオムレットを。
「え。もしや、これが欲しいと……」
こくこくとうなずくふたり。まぁ、別に俺もすごく食いたいわけでもないけど。
「……よし。それじゃあ、ふたりで勝負して勝った方にこのバナナオムレットをやるとしよう」
「別に、ふたつにわけてくれればそれでいいのに」
「それじゃ面白くないだろ? ふっふっふ」
「あはは。確かに。でも勝負って、何するの? メグルくん」
俺は目の前の土俵に目をやる。
「め、メグルさんっ。まさかわたしたちに女子同士で相撲をとれとっ?」
「そうだな。まわしにコスチュームチェンジして……」
「そんなコスチューム無いって言ってるじゃないですかっ。……ねぇっ、こんちゃんっ!」
「あはは。それはさすがに……ねぇ」
こんちゃんの指に火が灯る。ひよりが拳を握る。
「うそ! うそだって! 本気でそんなこと言うわけないだろ? ひよりが相撲とか言うから、冗談言っちゃっただけだって!」
また、土下座させられてしまった。かわいい冗談なのに。しかしまぁ、勝負はしてもらおう。
「それじゃあ、当たり札をあの土俵に置くから、ヒントをもとにして、それを持ってきた方にあげるよ」
「あはは。なんだ。そんなことでいいの?」
「そんなの、楽勝ですよっ」
「ただし、チャンスは一度だけだ。見つけられなかったら、俺がもらう。……ふたりとも後ろ向いて」
ふたりは後ろを向く。俺は当たりと書いた紙を、土俵の東側に置く。
「……よし。それじゃあ、ヒントを言うぞ。当たりは、土俵の東側か西側のどちらかに置きました」
「ヒントって……それだけ?」
「ヒントも何もないじゃないですか。単に、確率五割でどっちを選ぶかですね。うふふ。ぬかりましたね、メグルさん。方角でヒントを出すとは。わたしには吉方位が見えてますよ」
「……はいっ。スタート!」
こんちゃんとひよりが駆け出す。
「一か八か。西へ!」
「吉方位確認! 東!」
結果、ひよりもこんちゃんも土俵の西側へ行き、最後のバナナオムレットは俺が手にした。
こんちゃんは二者択一で間違った方へ行き、ひよりは東というのはわかっていたものの、行く方角を間違っていた。
「ううう。メグルさん、こうなるとわかってましたね?」
「二者択一だもんねぇ。あはは。ひよりの言った方へ行けばよかった」
「こんちゃんの逆を行くべきだったんでしょうけど、自分の力を信じてしまいました……」
「うむ。俺は、ふたりがお互いの欠けた部分を補い合うことによってこそ、正しい方向へ進むことができるということを、このゲームを通じて実感してほしかったのだよ」
「メグルくん、適当なこと言ってる?」
「バレた?」
「バレバレですよっ」
「そうか……。まぁ、このバナナオムレットはふたりで分けて食べるがよい」
「おー。さすがメグルくん」
「もう。最初からそうしてくれればいいのに」
「俺が金を出して俺は全然食べないのに。もっと感謝してくれ」
まぁ、おいしそうに食べてるから、それを見てるというのもいいんだけどな。
「……ふーん。ここが、あけぼの公園……。最初の鬼が出てきたところか……」
こんちゃんが、バナナオムレットをふたつに分けるときに指についたクリームを舐めながら言う。
「そう。攻撃が封じられ、文字通り相手の土俵で戦わなければならないという、考えれば、恐ろしい鬼だったですねぇ……」
ひよりが、口のまわりについたクリームを舐めながら言う。
「真面目な話をしてるんだけどなぁ。クリームぺろぺろしながらだとなぁ」
俺は食べ終わったバナナオムレットの入っていた箱を畳みながら言う。
「そうかー。この公園全体が結界で、さらに土俵上に結界がねー。多重結界かぁ。そのロリコン鬼だっけ? 意外と高位の鬼だったんじゃないの?」
「わたしはヘンタイ鬼って呼んでるんだけど。……うーん。そんな強かったわけでもないんだけどね。わたしにとっては、相性が悪かったというか」
「まぁ、俺でもなんとか相撲でも勝てたくらいだし、最後のダメージは自分で足の小指ぶつけたことっていうくらいなんで」
「あはは。それは情けないなぁ。でも、どこでだってダメージはダメージだもんねー」
「本当はわたしが戦わないといけなかったんだけど、メグルさんに戦ってもらって……」
「パニックになってたもんな」
「うう……。すみませんでした……」
「そんなキショかったんだ。ロリコン鬼って」
「あれはダメだよぅっ。いま出てきたとしても、戦えないかも……。だって、ぬらぬらしてるんだよっ。普通に殴れるならまだしも、組み合うんだよっ」
「うーん。それはイヤだねー。アタシ、そのときいなくてよかった……かな」
「でも、ひよりの攻撃は打撃がほとんどだから殴れないと攻撃が封じられちゃうわけだけど、こんちゃんの攻撃だとどうだったんだろ」
「あはは。この土俵の結界って、相撲の動作に縛られるんでしょ? 相撲に火炎って無いから、ダメなんじゃないかなぁ」
「火炎は……相撲にないよなぁ。どんなスポーツにもないだろうけど。でも、動作関係なく火炎が出せるんなら、いけたかもしれないなぁ、とか思ったり」
「確かに、アタシが火を出すのは特定のポーズが必要なわけじゃないからなー。使えたかどうか、それは今となってはわかんないね。試してみたくなってきたな。また出てこないかな。ロリコン鬼」
「やめてっ。それだけはやめてっ。絶対!」
ひよりが青くなって首をぶんぶん振っていた。
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