その8:水着とセーラー服

 バイトを終えた夕方、俺はいつものように日和山へ向かう。夕方から夜にかけては、ひよりとあちこち探索することにしている。

 鬼の出現はひよりが感知するけれども、それがどこなのかピンポイントでわかるわけではない。方向やある程度の距離だけだ。だから、鬼の出現する媒介石っぽいものがどこにあるのか、ある程度把握しておく方がいいのだ。そうしておかないと、いざ鬼が出現したときに位置の特定が難しくなってしまう。甲羅鬼の親父が来るって、予告されてるしなぁ。


 日和山の街側の階段を上る。五合目カフェはCLOSEの看板が出ていて、営業は終了している。まだ誰かいるようだけど、閉店後の作業をしているのだろう。

 七合目を過ぎると、ひよりの声がした。誰かとしゃべっているようだ。ん。誰かいるのかな。などと考える間もなく、山頂に到着する。

「あ。メグルさん、来たー」

「おー。こんちはー。メグルくん、お仕事お疲れ様ー」

 ひよりと、こんちゃんがいた。

「ああ。どうも。あれ。こんちゃん、今日は一日寝てるんじゃ……」

「そう思ったんだけど、起きちゃった。ついさっきだけど。わざわざまた寝るのもなんだから、ひよりに会いに行こうかなーって思って」

「ほぅ。開運稲荷からここへ。ひとりで? すぐ来れた?」

「当たり前じゃない。すぐ近くだし、一本道だし」

「……だそうだ。ひより」

「こ、こんちゃんはこういうの得意なんですっ! わたしは……ちょっと、苦手だけど……」

「ちょっとってレベルじゃないけどな。たどりつけたことないんだから」

「あはは。ひより、やっぱりメグルくんに世話かけてるみたいだねー」

「ううう。人には得手不得手というものが……」

「うんうん。ひよりは他にスゴいところがいっぱいあるんだから、気にしなくていいよ」

「こんちゃん……。やっぱり持つべきものは親友だねっ。メグルさんは責めるばっかりで……」

 ひよりは、こんちゃんに抱きついて感激している。こんちゃんはひよりの頭越しに俺の方を見て「こういう風に言っておけばいいんだよ」みたいな顔をしている。なるほど。これもメモしておこう。


「それで……。今日はどうする? ひよりとこんちゃんは積もる話もあるんだろうから、今日は探索なしにして、お邪魔な俺はもう帰ろうか?」

「いやー。ひよりとはまたいつでも話せるし。アタシはその探索とやらに付いていってみたいかな。街の様子も気になるし」

「そうですねぇ。あ、そうだ。鬼の出たところ、また見に行ってみましょうか。ここまでの鬼退治の参考に」

「ん。こんちゃんがいいんなら、俺はかまわないけど」

「途中でバナナオムレット買って、あけぼの公園でみんなで食べましょう。こんちゃんの分はわたしがおごります。日当でたし」

「俺は自分で出すのか」

「メグルさんはわたしよりお金稼いでるんだろうし……」

「まぁそうかもしれないけど、普通まとめて出すだろ……? ああ、いいよ。俺がみんなの分出すから」

「やったー。ありがとうございますー。さすがメグルさん。こんちゃん。出してくれるって!」

「……んー。あはは。やっぱり仲いいねー。お邪魔なアタシは帰ろうか?」

「どこが仲いいのっ。こんちゃんが来なきゃ意味ないじゃないっ」

「だってさー。メグルくんと話してるひより、生き生きしてる感じするし。いつもは言わないわがまま言ってるっぽいし」

「わたしいつもこんなだよっ」

「はいはい。自分ではなかなかわからないもんだよ」

「……えーと。バナナオムレット買うんなら、もう行かないとお店閉まっちゃうかな」

「あっ。メグルさんの言うとおりです。すぐ行きましょう! ほら、こんちゃん、行くよ!」

「んー。見てるのも面白いから、行くか。あはは」


「よし。それじゃあ、行こうか。あ、ひより、コスチュームは……どうするんだ?」

「そうですね。……こんちゃん、わたしが街を歩くときは巫女姿だと目立つんで、セーラー服にチェンジすることにしてるんだ。こんちゃんもその方がいいかな、と思うんだけど、どう?」

「あー。そういうもん? 目立つかな。巫女って」

「あんまり巫女さんは商店街歩いてないかなーっという気が」

「メグルくんがそういうなら、チェンジしようか。セーラー服がいいの?」

「えーと。他に何か?」

「水着とか」

「え。そんなのもあるんだ」

「こんちゃん! 何言ってんのっ。それは言っちゃダメっ。知られちゃダメっ」

「アタシは構わないけどなー」

「まさか、傾向からすると、スクール水着……でしょうか……?」

「あはは。違うよー。アタシはピンクのタンキニフリル付き」

「……えっ? こんちゃん、そういうのなの? わたしは……スクール水着なんだけど……」

「それは神様もいろいろ考えてるみたいだよー。コスチュームチェンジはある程度精神力使うから、イメージしやすいものが基本形になるんだとか。アタシにスク水はちょっと合わないんだろうね」

「それじゃ、わたしはスクール水着が似合いそうということで……?」

「そうなんだろうね」

「ううう。神様……」

 むぅ。神様も罪だなぁ。もし、水着にコスチュームチェンジするようなことがあるとしたら、こんちゃんはタンキニフリル付きで、ひよりはスク水になって並ぶことになるのか。……まぁ、それはそれでちょっと見てみたい気もするが。夏の海岸に鬼が現れたりしないかな。現れても、水着で戦ったりしないか。


「と、とにかくっ! 今は水着になる必要なんてまったくないですからねっ! なりませんよっ!」

 ひよりが正論を吐いて俺を睨む。わかってるから。睨むな。

「ちぇっ。水着でメグルくんを悩殺しようかと思ったのに」

「な、何言ってんの! さっきから! もう! こんちゃん、どうしたのっ」

「あはは。地上来て、ちょっと開放的になってるかも」

「そんなこと言ってると神様に怒られるよっ。はいそれじゃあ、セーラー服にチェンジするよ!」

「つまんないなぁ」

「つまんなくないっ。メグルさん! あっち向いててくださいね!」

 俺は後ろを向く。

「「コスチュームチェンジ! セーラー服!」」

 ふたりの声が後ろでして、キラキラと光っているようだった。ちょっと見てみたいなぁ。見るとタイヘンなことになりそうな気はするけど。

「はい。いいですよ」

 俺は振り向く。ひよりとこんちゃん、ふたりがセーラー服で立っていた。


「ほぅ……」

「何が、ほぅ、なんですか。メグルさんっ」

「いや、ひよりのセーラー服は見慣れてるけど、ははぁ、と思ってな」

「だから何が、ははぁ、なんですかっ」

「これがセーラー服だよなぁ。って思って」

「わたしのはセーラー服じゃないって言うんですかっ」

「確かにセーラー服なんだけどさぁ。俺のイメージだと、やっぱりセーラー服っていうと、高校生というイメージでさ。ひよりのは、何かが……」

「わたしは高校生には見えないとっ……?」

「うん」

「ヘブンズ……! ぶっ」

「まぁまぁ、待ちなさいって」

 こんちゃんが、ヘブンズストライクを撃とうとするひよりの顔を抑えて止めてくれていた。

「あ、ありがとう……」

「こんちゃん! 止めないで!」

「落ち着いて。ひより。言いにくいけど、言わないといけないことがあるの……」

 ひよりの動きが止まる。

「え……。なに? そんな深刻そうな顔で……」

 ふぅ……。と、こんちゃんが息を吐く。

「ひより。このセーラー服も、基本形は神様が設計してるんだけど」

「うん……。それは知ってる」

「この、袖についているエンブレムを見て」

「うん。……わたしのとこんちゃんの、ちょっと違うね」

「中央、ある文字が図案化されてるの」

「文字……? あっ。まさか?」

「そう……。私のエンブレムには『高』って書いてあるの。そして、ひよりのには……」

「ううう。『中』って書いてある……」

「神様、セーラー服を設計するときに、アタシのは高校の制服、ひよりのは中学の制服を参考にしてたのよっ。だから、印象が違うのも当然なのっ」

「あああ。なんてこと……。神様ぁ」


 うーん。そういうもんだろうか。という気がするんだが。そしてこれ、まだ続くのかな。

「あの……。ふたりとも。そろそろ行かないとお店が」

「あ。そうでした」

「よくわからないけど、バナナオムレットっておいしそうだから、行きましょう」

 抱き合っていたふたりは身体を離して真顔になり、スッと立ち上がった。

「早く行かないとっ」

 ひよりが階段を下りていく。こんちゃんが続く。俺はあわてて引き止めた。

「そっちは海だ」

 このふたり、いつもこんなノリなんだろうか?

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