その7:やって来たこんちゃん
俺が振り向いた瞬間。何かが阿形の狐から飛び出してきた。
「ケンヂでーす! ひよりーっ! 来たよーっ!」
何かは、そう言って俺に激突した。俺はそれを受け止める形になったが受け止めきれず、後ろにいたひよりにぶつかって弾き飛ばした後、仰向けに倒れた。俺の上には、俺に抱きつく形で「それ」が乗っていた。
「ひよりーっ。久しぶりだねーっ。……なんか、大きくなった? 成長した?」
「それ」は俺の胸に自分の顔をすりすりさせながら言っている。これはやはり、アレなんだろうな。
「えーっと……。こんちゃん……かな?」
「何言ってんのー。当たり前じゃない! ホント、久し……ぶ……り……。…………?!」
(たぶん)こんちゃんは、すりすりしていた顔をようやく上げる。俺と目が合う。
「ひああああああああーっ! アンタだれぇーーーっ!」
(たぶん)こんちゃんが、絶叫する。
その声に、俺に弾き飛ばされて吽形の狐の足元に顔を埋めるような形になっていたひよりが、鼻をおさえながらこちらを振り返る。
「……っ! な、何やってるんですかっ! なんで、こんちゃんとメグルさんが抱き合って寝てるんですかっ! 離れてっ。離れてくださいっ」
ああ。やっぱり、この子がこんちゃんなんだな。まぁ、こんな展開になるんじゃないかなという気はしてたんだが。
こんちゃんが、ハッとした感じで俺から離れて、立ち上がる。
「ひよりっ! 何こいつ! 鬼なのっ? アタシが出てくるのを待ち伏せしてたのねっ」
「いえ、あの……ちが……」
ひよりが何か言おうとするが、聞いてない。
「確かに、なんか邪悪な感じがするわねっ。来ていきなりだけど、退治してあげるわっ。フォックスフレイム!」
こんちゃんの指先にボッと火が灯り、それを俺に向ける。すると俺に向かって火が飛び出してくる。うわ。ホントにいきなりだな。こんな至近距離じゃ、逃げられない。背中を向けての受け流しも間に合わない。
「違うってば! ヘブンズストライクっ」
ひよりは、撃ち出された火の方に向けてヘブンズストライクを放った。火は霧散する。火を直接殴ったわけではないようだが。拳圧で……なのか?
「う……。アタシのフォックスフレイムが……。相変わらず恐ろしい技ね。ヘブンズストライク……。さすが、ひより。衰えてないみたいね。むしろ、磨きがかかってるみたい。修練してるのね」
まぁ、ヘブンズストライクは毎日みたいに俺に放ってるからな。しかしそんな恐ろしい技を俺はいつも受けてるのか。そしてなぜ俺は毎回鬼だと思われてしまうのか。
「もう。この人は鬼じゃないよっ。ちょっと邪な部分はあるけど……。神様から話聞いてない? 封邪の護符を取り込んだ地上人の、メグルさんだよっ」
「……ああ。そういえばそんな話をしていた気も……。この人が? ひよりといい仲の?」
「なっ。何言ってるのっ。メグルさんはそんなんじゃっ……」
「そうなの? なんか、神様そんな感じで言ってたから。っていうか、そこしか聞いてなかったわ。あはは」
「うー。神様、何言って……」
「鬼退治の報告で神界へ戻るときに、離れたくないーって駄々こねたとか」
「だっ、駄々なんてこねてないよっ。あれは神様の言い方が……」
「あはは。まあ、仲良きことは美しきかなってね。アタシとも仲良くしてねー。メグルさんとやら」
「あ、ハイ。よろしく。ヤシロメグルです」
「そんな、堅苦しくしなくていいよ。アタシ、ひよりと同い年なんだから。ひよりと同じように接してよ」
「いや一応初対面なんで……」
「メグルさん、わたしのときはすぐ呼び捨てにしましたよね」
「そうしろって言ったの自分じゃないか」
「でも、こんちゃんって二文字で呼び捨てにしづらいよね。わたしもいまだにちゃん付けだし」
「アタシもちゃん付けで慣れてるから、呼び方はそれでいいかな」
「それじゃ、こんちゃんって呼ばせてもらいます」
「オッケー。アタシは……メグルくんって呼ぼうかな。なんとなく。馴れ馴れしい?」
「いや、そんなことは。全然オッケー……だよ」
「わたしはメグルさんにはさん付けなのに……。まぁ、いいけど……」
ようやく話に入れた。呼び方ってのは意外と難しいよな。
こんちゃんは、ひよりの同期で仲良しであるという。同期っていうのが何なのか、俺にはよくわかってないんだが。まぁ、地上人の我々からすると、同い年とか同学年みたいな感じなんだろう。巫女学校みたいなところが神界にあるんだろうか。
前にひよりは「こんちゃんとは並んで立ちたくない」とか言っていた。一応成長が遅いという自覚のあるひよりは、きちんと成長しているこんちゃんにちょっとコンプレックスがあるらしい。
確かに、黙っていると中学生、人によっては小学生にすら見えるひよりに対して、こんちゃんは年相応で高校生に見える。大学生と言っても疑われないかもしれない。
すらりとしたスタイルに長い黒髪。美人と言っていいだろう整った顔立ち。まぁ確かに、この娘と並んでいると同い年には見えないな。高校生のお姉さんと小学生の妹に見えてしまうかも……だな。
「それにしても、こんちゃん、なんで阿形のこんこんさまから出てきたの? 導きの護符は吽形の方につけてたのに」
「アタシの媒介石であるこんこんさまは、二体で一組なわけだから。護符がセットされてるのはあくまでもこんこんさまに対してなんで、どっちからでも出られるよ?」
「そうなんだ……。わたしの方角石はひとつだから、知らなかった……」
「あはは。護符のエキスパートなのに」
「知らないことはまだいっぱいあるなぁ……」
「でも、どうせなら吽形の方から出てくれば俺と激突しないですんだんじゃ……」
「うーん。アタシも最初は吽形から出るつもりだったんだけどなぁ。なぜか、瞬間的にこっちって思っちゃって。阿形から出ちゃった。ひよりを驚かそうっていう気持ちが出たのかな?」
「そっか。阿形から出るか吽形から出るか、二者択一だもんねぇ。悪い方から出ちゃうんだね。うふふ」
「わ。ひどいなぁ、ひより。まぁ、そういうことは……多いけどさ」
「普通に吽形から出てくれば、わたしとすりすりできたのに」
「メグルくんの胸に、すりすりしちゃったからねぇ……。あ、でもそれは悪い選択じゃなかったのかもしれないしなぁ。むしろ、幸運? だったりして」
「いやいやいや、わたしとすりすりの方が、幸運だよっ。メグルさんの胸なんて、固いだけで……」
「へー。ひより、メグルくんとすりすりしてたりするんだ」
「し、してないよっ。たまに激突するだけでっ」
「あはは。冗談だよ。でも、激突はするんだ……。どんな状況なんだか。メグルくん、たまにひよりにすりすりさせてあげなよ」
「え……。いや、あの」
「こんちゃん、ヘンなこと言わないでっ」
「あはは。アタシ、ここに来る前に色々あって疲れたから、今日は一日寝るわ。もし鬼の反応があったら呼んでくれていいけど。また明日会お? それで色々聞かせて?」
「うん。わかった。それじゃ、また明日ねっ」
「あ。それじゃあ、また明日会いましょう」
「あはは。まだ固いなぁ」
こんちゃんは、吽形のこんこんさまに手を当てると、すぅっと消えた。ひよりが方角石に消えるのと同じ感じだ。
しかし……。女子の会話って入り込む余地ないなぁ。
俺とひよりは、日和山に戻る。
「こんちゃん、無事に来れてよかったな」
「そうですね。わたしの護符のおかげです。うふふ」
「しかし、来てすぐに一日寝るのか。ひよりは、初日から色々騒いでたよな。俺を殴ったり迷子になったりバナナオムレット食べたり探索したり俺を殴ったり」
「そんなに殴りましたっけ?」
「うん。確か……三回」
「それはメグルさんがヘンなこと言ったりしたからですよ。たぶん」
「そうかなぁ」
「こんちゃん、こっちに来る前に忙しかったみたいだし、神界からの移動ってけっこう疲れるんですよ。鬼も、こちらに来るとすぐには動けないようですし。でもわたしはそういうのに割と強いんです。わたし……優秀なんですよ? わかってます?」
「うーん。外見が幼いからなぁ……」
「ま、まぁ、そういうのは少しありますけどね……。外見で判断しちゃダメなんですっ」
「ひよりが言ってた通り、こんちゃんは年相応だったな」
「こんちゃんの方が見た目は大人っぽいですけど、わたしも同い年なんですからねっ」
「見た目というか、こんこんさまから飛び出して抱きつかれたときに、展望台でひよりに抱きつかれたときと違うなぁって思ったなぁ」
「何がですかっ」
「こんちゃんの場合、ばいんばいんではないけど、軽くばいんって感じがあって……。ひよりの場合は……」
「言わなくていいですっ。ヘブンズストライクっ」
背中を向ける間もなく、ひよりの拳が腹にめり込んだ。
腹に受け流しがあればいいのになぁ。俺、これからバイトなのに。そう思いながら、俺は数十秒気を失った。
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