その6:特殊能力と基礎能力

 ひよりは、水先案内能力という、大雑把に言えば進むべき方向を指示する特殊能力を持っている。にもかかわらず、基礎能力として方向把握能力が欠けていて、極端な方向音痴でもある。

 神界の巫女は、そういう感じで特殊能力と基礎能力がちぐはぐである者が多いのだという。あくまでも、ひよりの個人的感想であるけれども。

 それで、こんちゃんは「火を操るが猫舌で暑がり」「幸運付与をするが本人は悪運」であるらしい。ふむ。そういうもんなのか。まぁ理屈としてなんとなく、わからんでもない。


「運が悪いって言っても、そんな深刻な話でもないですけどね」

「へー。どの程度の話?」

「四人で歩いてて、ひとりだけバナナの皮で転ぶとか」

「なんてベタな。……神界にもバナナの皮って落ちてるのか」

「自動販売機でジュースを買おうとすると、こんちゃんのところで売り切れになるとか」

「神界にも自動販売機とかジュースとかあるのか」

「それでジュースはやめてアイスコーヒーを買おうとしたけど、あったか~いの方を押しちゃうとか」

「それは運じゃないな。ドジだ。そして神界にもアイスコーヒーあるのか」

「熱いコーヒーは猫舌で飲めないから、ベンチに置いておいたら、まだ熱いうちにその上に座っちゃうとか」

「それも……ドジなんじゃないのか?」

「暑がりなのに熱いコーヒーの上に座って、腹が立ったからフォックスフレイム、あ、これはこんちゃんの軽い火炎技のことですけど、それをコーヒーに撃ったら爆発して熱いコーヒーを頭からかぶったりとか」

「んー。後半は全部、運じゃないと思うぞ。こんちゃんってもしかして……ドジっ娘?」

「あれ……。運じゃなくなってますか? そうか。こんちゃん、ドジなのかも。でも、二択では必ず悪い方を選びますよ。こんちゃんの選ばない方を選べ! ていうのは、わたしたちの間の常識です」

「そうか……運が悪くてドジなんだな。ちょっとかわいそうになってきたな」

 俺の中の、こんちゃんに対するイメージが少し変わってきた。


「まぁそんな感じで、わたしたちにはそういう特殊能力と基礎能力の齟齬があるみたいなんですよ」

「それでもまぁ、火を操るけど猫舌の暑がり、くらいは問題ないだろ。方向を示す者が方向音痴、とかに比べれば。幸運付与は、幸運をもらえるんならありがたいだろうしなぁ。たとえ本人の運は悪くても」

「わ、わたしだって、吉方位を教えられるんですから、幸運を与えるみたいなものですよっ?」

「んー。そういう風に考えれば、そうか。でもこないだのロリコン鬼のときは、吉方位が見えないこともあったからなぁ。その辺が、幸運を与えるか幸運を見つけるかの違いだな」

「でも水先案内能力は、すごいレアなんですからねっ」

「わかったよ。そう対抗意識燃やすなって。こんちゃん、親友なんだろ?」

「別に、対抗意識なんて……」


 そこで、日和山住吉神社の鈴がカランと鳴った。神様からの、おみくじ通信だ。

「……」

「……」

「俺が出すの?」

「できれば。昨日までのバイトの日当の大部分、神様のところに納めてきてしまったので……」

「しょうがないな。おみくじ通信とかの必要経費分、ある程度プールしておけばいいのに」

「ツギカラ、ソウシマス……」

「なんでカタコトなんだよ。あっ。なんかごまかしてるなっ?」

 追及しようと思ったが、モタモタしてると神様の怒りを買いかねない。俺は百円出しておみくじを引く。ひよりあてだ。ひよりに渡す。

「神様、なんだって?」

「こんちゃん、いよいよ明日の朝に来るそうです。一応、出迎えてやってくれだそうです」

「そうか。いよいよか。じゃあ明日の朝、開運稲荷神社へ行けばいいんだな。連れてってやるよ」

「はい。お願いします」

「最近たまに殊勝になるな。俺の大切さがわかってきたか」

「大切な、バディですから。おみくじ通信のお金だしてもらってるし」

「最後は金かよ」

 ひよりは横を向いてくちびるを突き出し、ふーふー言わせる。

「口笛、吹けないならやめとけよ」

 その日は特に何事もなく、日中、俺は自分のバイト、ひよりは五合目カフェでバイトをして過ごし、夕方から夜にかけては鬼の情報がないかと街の探索をし、一日を終えた。


 翌日早朝。俺はルーティーンである、海で深呼吸をしてから日和山に向かう。

 海側の階段を上って山頂に行くと、ひよりはもう方角石にちょこんと座っていた。

「あ。メグルさん、おはようございます」

「おはよー。いつも早いな」

「メグルさんだって、普通の人にしては早いですよ。こんなに朝早いなんて、おじいさんなんじゃないですか?」

「こんな若々しくて凛々しいジジイがいるか。それなら、ひよりもババアなんじゃないのか?」

「こんなピチピチしてフレッシュなおばあさんがいますか?」

「うん。確かに、垂れようもなくそんな平らなババアもいないな」

「ヘブンズ……」

「お。朝っぱらから来るか」

「メグルさんが煽ってるんじゃないですか。……やめときますよ。気絶されたら、こんちゃんを迎えにいけないかもしれないし」

「むぅ。ちょっと受け流し防御を試そうかとも思ったんだが。乗ってこないとは、少し大人になったな」

「もとから、大人ですから」

「精神面だけな」

「身体は違うんですかっ。ミニヘブンズストライクっ!」

 ひよりの拳が脇腹に刺さった。そういや、威力は弱いが素早く繰り出せる、そんなのもあったな……。脇腹も受け流し防御は出来ないのか。そうか。メモしておこう。


「それじゃ、メグルさん。メモとってないでそろそろ行きましょう。こんちゃん、もう来るかもしれませんよ」

「む。そうだな。来たら、凶暴な巫女に傷つけられた脇腹をさすってもらおうか」

「ミニじゃない方をもう一発行っときますか?」

「そんな冷たい目で見るなって。冗談ですよ。冗談」

「まったく……。早く行きましょう。メグルさんがいないと行くのに時間かかっちゃうんですから」

「時間かかるっていうか、たどり着けないんだろ? なんで一本道で迷うんだか」

「それはだから……能力の齟齬で……」

「それにしたって、極端すぎるだろ。ちょっとやそっとの方向音痴じゃないんだから」

「うう。わたしだって、少し気にしてるのに」

「少しかよ。……ほら。もう着くぞ。こんなに近所なのになぁ」


 日和山から開運稲荷神社へは、ほぼ真っすぐな道で、五分も歩けば着く。あえて迷子になろうとしなければ迷うはずもないんだが。でもまぁ、それはしょうがない。ひよりもふざけてるわけではないのだから、弱い部分は他が支えればいいのだろう。

 道路が突き当たって右へ折れるところで左を見ると、石柱に大きく「開運稲荷神社」と書かれていて、鳥居もある。鳥居をくぐると、左右に大きな狐の像が現れる。こんこんさまだ。こんちゃんの、媒介石でもある。

 右側に、阿形の狐。阿形と言っても、風化して顔面が崩壊しているので表情はわからない。左側には吽形の狐。こちらは顔面崩壊していないが、左目のところには稲妻のような傷がある。

 そういえば、こんちゃんの鉄板ネタとして「ケンヂでーす」と言って登場するのがあるという話だった。それは、吽形の狐の稲妻傷が某ロッカーを連想させるかららしい。


「こんちゃん、まだ来てないのかな?」

「まだみたいですね。導きの護符の固着紋、変化してないですから」

 阿吽の二体いる、こんこんさま。吽形の方にひより特製の「導きの護符」の術式を施してある。これにより、こんちゃんは迷わずこちらへ来れることになっている。方向音痴を除けば、ひよりは意外と使えるハイレベルの巫女であるらしい。本人曰くだが。


 しばらく待っていると、こんこんさまが淡く光りだした。

「お。来るか?」

「そうですね。来ますね。こんちゃーん。待ってるよー」

「出てくるときって、昨日ひよりが展望台で出てきたみたいなの?」

「たぶん、あんな感じです。ポーンって、飛び出てくるみたいに」

「そうか。飛び出るのか」

「うふふ。飛び出てくるこんちゃんを、わたしが受け止めてあげるんです。こんちゃんも、そのつもりで出てくるはずですから」

「なるほど。ひよりは昨日、俺がいるの知らずに飛び出てきたから、激突したんだな」

「そうですよ。出迎えがいるなら、もうちょっと考えて出てきます」

「それはすまなんだ」

「いえ、あれはあれで……まぁ……よかったというか……」

「ん? なに?」

「なんでもないですっ。さあ、来ますよっ」

 ひよりは、吽形のこんこんさまの前で手を広げ、待ち受ける。俺は少し下がって、阿形のこんこんさまの前でそれを見守る。そして。

 俺は後ろに何か気配を感じて、振り向いた。

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