その5:丸に斜線、から飛び出す巫女
神界へ行くひよりを見送ったあと、俺は自分のバイトに向かう。本来はこうして淡々と毎日が過ぎていくだけだったんだろうが、ひよりと出会ってからは何かと騒がしい。神界からやってきた巫女と一緒に鬼退治してるなんて、誰かに話したら悲しい目で見られてしまうんだろうなぁ。
徹夜の形になってしまったが眠いのをこらえてなんとかバイトを終え、さっさと家に帰って寝る。ひよりがいないと、静かでいいな。淋しい気もするけど。
翌日、目覚めると早朝深呼吸に向かう。街が目覚める前の時間に海へ行き、深呼吸するのが俺のルーティーンだ。これはひよりと出会う前からやっている。というか、そのおかげでひよりと出会うことになってしまった。早朝の日和山展望台で泣いているひよりに声をかけ、ヘブンズストライクを食らったのが出会いだった。
そして、超弩級方向音痴のひよりは、道に迷うたびになぜか日和山展望台に現れる。先回も神界から帰ってくると展望台に現れて泣いていた。
俺は、今回もひよりはおそらくこの展望台に戻ってくるだろうとふんでいた。どういう方向感覚をしているのか謎だが、そうなる何かがあるんだろう。
また早朝から泣かれると近所迷惑でもあるし、俺はひよりの出現を展望台で待つことにした。
日和山展望台。ひよりの本拠地である日和山住吉神社のある小さな山が、新潟におけるオリジナルの日和山だ。しかし、現在は「日和山」というとこの展望台のある場所および海水浴場を思い浮かべる人が大半になっている。
海岸に高く長く連なる砂丘の上に、さらに十メートルほどの高さの日和山展望台。一番上に上ればなかなかの景色を望むことが出来る。海側には、長くのびる海岸線と、佐渡。街側は、新潟市街を一望に。
いつもここで泣いてるんだから、今回もここで待ってればひよりが出てくるんだろう。どういう風に出てくるんだろうな。
そんなことを考えながら、海を眺め、深呼吸する。いい気持ちだ。ふと、下を見る。すると、展望台の下の方に模様があるのに気がついた。グッと下を覗き込まないと見えないのだけど。
それは模様というか、丸に斜線、通行止めの記号標識のような形が、大きく描かれていた。直径三メートルほどはあるだろうか。
「あれ。あんなの、あったっけ。まぁ、下にいるとわかりにくいし、上からは見えにくいから気づかないか」
俺は階段を下り、その形を見に行く。すると「丸に斜線」が淡く光りだした。そして。
「うわっ。何だ!」
俺に向かって、何かが「丸に斜線」から飛び出してきた。
「あわわわわ。危ないですっ」
何かは、そう言って俺に激突した。
それは……ひよりだった。ひよりが「丸に斜線」から飛び出してきて、俺の胸に抱きつくような形になった。俺はそれを受け止め、背中から倒れて仰向けになり、ひよりがそこにかぶさるような体勢になる。
「め、メグルさんっ! どうして……。あっ。いけません。こんなこと。わたしまだ心の準備が……」
「いや、それは何もない空間から飛び出して抱きついてきて乗っかってるやつのセリフじゃないから。顔赤くしてないで早くおりろ」
ひよりは上体を起こして、俺に馬乗りになるような形になる。そしてぐるりと周囲を見回す。
「あれ。ここどこですか? 日和山じゃないみたいですね」
「まぁ、日和山っちゃあ日和山だけど、展望台の方だよ。いつものように。……早くおりろってば」
「あ。すみません。……よいしょっと。もうちょっと続けてもよかったのに……。えーと……ここは住吉神社じゃなくて、展望台ですか。まったく、毎度毎度どうして……」
「それはこっちのセリフだけどな。今回もこっちに来るんだろうなと思って待ってたら、案の定だ」
「待っててくれたんですか。そんなにわたしに会いたくて、待ちきれなくて……? もうっ」
「下むいて両人差し指をカチカチするな。また朝っぱらから泣かれると近所迷惑だからだよっ。俺もいいかげん学習するんだ」
「そんな、人を街の迷惑ものみたいに……」
「自覚なかったのか。……しかし、いつも展望台の上に出てきてたんじゃなかったのか? この『丸に斜線』から出てくるのか?」
「そうですよ。いつもここから出てきます。すぐ、見晴らしのいい上にあがりますけど」
「そうか……。てっきり、いつもいきなり展望台の上に出てくるのかと思ってた」
「でもこれ、何なんでしょうね」
「何だろうな。……あっ。この斜線、ひょっとすると南北を指してるんじゃないか?」
「そう……ですかね。よくわかんないですけど……」
「ああ。ひよりにはわからないよな。スマン」
「なんか、バカにされたような……」
「たぶん、そうだぞ。この線が南北を指していて、丸い縁取り。これ、方角石に似てるんじゃないか?」
「……あっ。これ、ごく単純な、方角石のレプリカみたいなものだっていうことですか」
「うん。それで、日和山の方角石っていうことで、ここに出てきちゃうんじゃないのか?」
「うーん。そんなアタマの悪そうな理由で……」
「まぁ普通ならそんなことにはならないんだろうけど、相手がもう世界トップレベルの方向音痴だからなぁ」
「ううう。明確な反論ができない……」
「まぁ、こっちに出てくるのがわかってれば、それはそれでいいけどもな」
「お手数かけます……」
「殊勝じゃないか。とりあえず、日和山に行くか」
俺たちは、日和山住吉神社のあるオリジナルの日和山を目指して、坂を下った。
「……それで、神界での作業はちゃんと終わったのか?」
「報告書を書いてハンコを押すだけなので……。それは滞りなく」
「神様には怒られなかった?」
「少し怒られたんですけど、それほどでもなくて……。でも、最後に『反省してます。もう口は滑らせません』って言ったらそれでまた怒られて……。ほっぺたを両側にギューって……。滑らないようにって、何かの粉を口にポンポンってつけられて……」
「……それは怒られてしょうがないな。粉って……体操選手とかピッチャーがポンポンやるやつかな。よくうがいしとけよ」
「そうします……」
「あと、こんちゃんが明日あたり、こっちに来るんだそうです」
「ほぅ。いよいよ来るのか。ひよりは神界へ行くといつも会ってるんだろ?」
「いえ、こんちゃんはずっと違うことやってて。最近は会ってないんですよ」
「そうなのか。神界での生活って俺には想像つかんけど。それじゃあ、明日久しぶりの再会なんだな」
「そうなんですよー。楽しみです」
「俺も楽しみだな」
ひよりがちょっと拳を握ったような気がした。
「そ……そうですよね。仲間が増えるのは、いいことですよね」
なんか、笑顔がいびつなんだが。
「うん。一緒に戦う仲間だからな。仲間。仲間のことはよく知ってないと。……こんちゃんって、どんな子なの?」
「ば、ばいんばいんじゃないですよっ。ごく普通の体型で……」
「体型のことは前に聞いたけどさ。でもひよりに比べたら……」
ひよりの拳に力が入ったような気がする。
「た、体型なんかどうでもいいんだよ。中身がどうかってことで。まぁ、ひよりの仲良しってことだから、いい子なんだろうけどな」
「それはもう。優しいけど凛として。決めるところは決める子ですから。……決まらないことも多いんですけど……」
「ん? 何だその持って回ったような言い方は。それで、能力は……火炎系だっけ?」
「そうです。こんちゃんは開運稲荷神社担当ですから。狐火の応用で火を使います」
「でも、猫舌で暑がりだと……火を使うのに」
「よく憶えてますね」
「まぁな。あ。そういえば、こんちゃんには他にも能力があるみたいなこと言ってなかったっけ? そのときは聞けなかったけど」
「ホントによく憶えてますね。そんなにこんちゃんが気になるんですか?」
「いや、話したことくらい憶えてるよ。何むくれてるんだよ」
「むくれてなんかいませんよっ。……まぁ、メグルさんはいろいろ気を使ってくれますからね。ちょっとのことでも憶えててくれるんですよね……」
「ん? 後半よく聞こえなかったんだが」
「大したこと言ってませんっ。えーと、それで……こんちゃんの能力ですけど、幸運付与っていうのがあるんです。開運稲荷神社担当ということもあって」
「おお。なんかスゴいじゃないか。ゲームで出てきそうなやつだ」
「それほど大きな幸運じゃないんですけどね。ほんの少しの幸運です。戦いではあんまり……。それに……」
「それに?」
「該当ステータスの話、しましたよね。特殊能力の分、基礎能力が低くなるのかもっていう」
「ああ。ひよりは水先案内能力があるから方向音痴だっていう感じの」
「はい。だから、こんちゃんは……」
「こんちゃんは?」
「誰かに幸運を与えられる分、自分自身の運が悪いんです……」
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