その4:取り込んだ受け流し

 固着紋に変化……。何が変わったのか。変わると何かあるのか?

「ひ、ひより? それはどういう……。変わるとどうなるんだ? 良いこと? 悪いこと?」

「良いことか悪いことかはまだわかりませんけれども……。心当たりはあります。だから、固着紋を確認させてもらったんですよ」

「するとあれか。さっきヘブンズストライクが当たらなかったのに関係してるってことか」

「そうです。さっきのヘブンズストライク、はずすわけない近さなのに、受け流される感じでそれて行きました。あれ、甲羅鬼さんのときと同じ感覚なんですよ」

「実は甲羅鬼は封印されてなくて、俺に取り付いているとか……?」

「いえ、封印は確実にされているので。ただ、その能力だけが封邪の護符に取り込まれたのかもしれません」

「封邪の護符って、鬼を媒介石に封じるだけのものじゃないの?」

「鬼の邪な固有能力を、正確にはそのコピーをですけど、護符自らに封じることもあるんです」

「んー。よくわからんけど、要は、甲羅鬼の受け流し能力が封邪の護符に取り込まれて、その力が俺にも作用してるってことか?」

「おそらく……そういうことです。メグルさんの胸にある固着紋にも、今まで無かった文様が浮き出てます。ここなんですけど……。ちょっと亀の甲羅に似てますよね」

「いや、自分の胸は見えないからさ。シャツめくりあげられてるし」

「見えませんか? ここですよ。ここ、ここ」

「うひ。つつくな。つつくなって」

「見た限り、受け流し能力を取り込んだだけで、悪い要素はないとは思うんですけど……」

「けど?」

「取り込んだものが暴走して護符の制御を超えてしまうと、悪い影響が出ないとも限らないですね」

「怖いな。おい。大丈夫なのか?」

「たぶん、大丈夫です。悪い影響が出そうなら、固着紋にもそれなりの変化が出ますから」

「ホントなんだろうな。悪い影響って、逆に俺が乗っ取られて闇落ちするとかか?」

「まぁ……。そんなものです。でももしそうなったら、わたしたち神界の巫女が総力で抑え込んで叩き潰しますから大丈夫です」

「大丈夫じゃないわっ。そんなキメ顔で言うなっ」

「うふふ。冗談ですよ。確かにそういう可能性はゼロじゃないですけど、そんなことにはなりませんよ」

「ホントにホントだろうな。信じるからなっ」


 うーん。封邪の護符って、そんなリスクがあるものなのか? でもまぁ、考えすぎる必要はないか。むしろ、あの受け流し能力を使えるというのなら、便利ということじゃないか。

「よし。それじゃあポジティブに考えよう。甲羅鬼の受け流しはなかなか便利そうだったからな。あれが使えるんなら、良い変化ということだ」

「確かに……。手強かったですからね。打撃無効というのは、わたしの天敵みたいなものですから」

「ふふふ。ということは、もうひよりのヘブンズストライクは怖くないわけだな。どれ、どんな変化があったんだ?」

 俺は胸の固着紋を見るために、シャツを脱ぎ捨てた。

「なっ。なに乙女の目の前でいきなり裸になってるんですかっ。ヘブンズ……」

「今まで人のシャツめぐりあげて凝視してたくせに、今さら何言ってんだよっ。スイッチはどれだよ! ……まぁいい。そんなものはもう怖くないからな。来てみろっ」

「……ストライクっ!」

 ひよりの拳が、むき出しの俺の腹に食い込んだ。


「…………さんっ。メグルさんっ」

 ひよりの呼ぶ声に、我に返った。ちょっと、気を失ってたか?

「ひより……?」

「あ。気がついた。よかった」

「う……。なんだ。ヘブンズストライク食らって、気を失ってたのか? なんだよ。受け流しできなかったのかよ」

「だってあれ、お腹では受け流せなかったじゃないですか」

「あ。そうか。背中じゃないとダメなのか。使いづらいな」

「メグルさんにヘブンズストライクはこれからも有効みたいで、何よりです。でも、数秒とはいえ気を失うなんて、初めてですよね」

「そういやそうだな。いつも悶絶はするけど気絶はしなかったもんな」

「やっぱり……。邪な鬼の能力を取り込んだから、わたしの力が効きやすくなってるんですね」

「そうなのか……。聖なる地上人だったから耐えられたものが、耐えられなくなってるのか……」

「あんまり鬼の能力は取り込まないほうがいいみたいですね」

「そうだなぁ。でも、取り込むかどうか選択はできないんだろ?」

「うーん。ちょっと、研究してみます。わたしは護符の第一人者ですから。……それに、気絶されたりすると思いっきりヘブンズストライクを撃てなくて、消化不良ですしね」

「いつも俺を殴ってスッキリしてんのかよ」

「そんなことは……ちょっとしかないですよ?」

「ちょっとはあるのか……」


 その後、背中を向けてヘブンズストライクを受けたりして、検証してみた。やはり背中だと受け流しが発動する。甲羅鬼の能力が取り込まれているようだ。これなら、いざというときに、ひよりを守ってやれるかもしれない。

「うん。能力自体はなかなか使えそうだな。これで俺も特殊能力持ちだな」

「そうですね。戦いの場にメグルさんに来てもらうのちょっと気が引けてたんですけど、メグルさんが自分で身を守れればわたしも少し安心です」

「いや、俺はひよりを守ってやれればと思ってるんだが」

「え……。そんな……。もうっ。何言ってるんですかっ」

 ひよりは後ろを向いてしゃがみ込み、地面を指でぐりぐりしている。

「まぁ、そもそも俺が戦ったことのほうが多いような気もするしなぁ。ロリコン鬼のときは、ほぼ俺だったし」

「う……。それはまぁ……そうですけど……。あれは相手が悪かったんです……」

「甲羅鬼も相手が悪かったしな。それはまぁいいけど。……そういえば、ロリコン鬼の能力って取り込んでないのかな。だいたい、あいつに特殊能力ってあったのかという気もするけど」

「ロリ……ヘンタイ鬼さんの能力ですか。相撲が強くなるとか……?」

「いやー。あいつ、言うほど相撲が強かったわけでもないぞ? 俺でも一度勝てたしな」

「そうですね……。何だったんでしょうね」


 あけぼの公園のロリコン鬼は、そのキショさでひよりをおののかせ、土俵の結界の中では相撲動作しかできなくなってしまうということから、俺が相撲で戦わざるを得なかった相手だ。うーん、あいつの能力なぁ。

「あ。もしかして、ロリコン自体が能力だったりしてな。ロリっ子の戦意を喪失させてしまう……」

「そんな能力ありますかっ。だいたい、わたしはロリっ子じゃないですからっ」

「無いか。しかし、そんな能力が取り込まれてたらイヤだなぁ」

「え……。まさか、そのロリコン能力をメグルさんが取り込んでいて……? 今わたしのことをそういう目で見ていたりするんですかっ? わたしの目の前でシャツを脱いで裸になったのもそういう……?」

 ひよりは、自分の身体を両腕で抱くようにおさえて後退りする。

「おい。自分でロリっ子認定してるんじゃないかよ。そんな気持ちさらさらないから、安心しろよ」

「……そうですか。メグルさんにならそういう目で見られても、とか思ったり……」

「ん。何か言ったか?」

「何も言ってないですよっ」

 結局、また固着紋を調べてみたが変化は甲羅鬼のものだけのようだった。ロリコン鬼による変化はないようだったので、ヤツの能力は取り込んでいないという結論になった。ロリコン鬼の特殊能力はどういうものだったのか、そもそも能力があったのかどうかは不明だが。


 そんなこんなのドタバタを夜更けまで日和山頂上の日和山住吉神社の前でしていたわけだが、ここはひよりの結界内部なので、地上人には認識されていない。見えていなかったり、見えていても適当な解釈を自分でしてしまい、おかしいとは思わなくなるのだという。

「んー。ひよりはまた夜明けに神界へ戻るんだよな」

「はい。ハンコを押しに」

「難儀だなぁ。その間に鬼の出ないことを祈らないとな」

「ですね。せめてもうひとり巫女がいないとなんですけど。こんちゃんが来るって話だったですけど、まだですしねぇ」

「ま、それはしょうがないな。……しかし、前回ひよりが神界に戻るときは、これでもうお別れみたいな雰囲気だったよなぁ」

「ホントに。神様の言い方ったら。あれ、わざとだったんじゃないですか?」

「おい。またおみくじ通信が来るぞ」

「……っ! あああ。そういえば、ただでさえ神様怒らせてるんでした……。無事に戻ってこれるかなぁ」

「まぁ、それは大丈夫だろ? あれで神様、すごくよく考えてくれてると思うぞ? すばらしい神様だ」

「……なんか、神様に聞こえるように媚びうってませんか?」

「バレたか。でも、今は聞いてないみたいだな」

「ずるいなぁ。……それじゃ、メグルさん、今日はもう家に帰りますか?」

「……いや、また夜明けまでいて見送るよ」

「すぐ戻ってくるのに」

「でもまぁ、ひょっとするとこれが最後かもしれないしな」

「えっ。そんな不吉なこと言わないでくださいよぅっ」

 俺たちはなんだかんだと話をしながら夜を過ごし、夜明けを迎えるとひよりは神界へ戻っていった。

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