その3:甲羅鬼の置き土産?

 日和山は、ひよりが本拠地としている場所だ。12.3メートルという丘のような低い山であり、頂上には日和山住吉神社や方角石がある。ひよりは、その日和山住吉神社を担当する神界の巫女なのだという。

 甲羅鬼の媒介石が助賈(すけご)地蔵院にある亀の甲羅であり、結界が旧湊小学校敷地であったように、ひよりにとっては方角石が媒介石であり、日和山全体が結界になるのだとか。

 日和山の中腹には「日和山五合目カフェ」というカフェがあって、ひよりは日中、そこで簡単なアルバイトをしている。ここでバイトをしている分には、直線道路の一本道で迷子になるようなド方向音痴のひよりも迷子になることはない。


 今回、甲羅鬼が出現した助賈地蔵院は、日和山のすぐ裏と言ってもいいようなところで、歩いても一分二分というような近い場所だった。

 ひよりがカフェのバイトが終わった夕方、もらった日給を数えてにまにましているところに鬼出現の反応があったので、俺が来るのを待って助賈地蔵院へ向かったわけだ。

 今回の甲羅鬼も前回のロリコン鬼もちょうどいい時間帯に現れたから俺が駆けつけられたけれども、いつもそう都合よく現れてくれるとは限らない。俺がいないと封印ができないし、方向音痴のひよりひとりでは現場へ向かうことも難しい。

 せめて俺が駆けつけるまでひよりが時間をかせげればいいんだけど、現場へたどり着けないんじゃしょうがない。ひよりの同期である、こんちゃんがもうすぐこちらに来るということだったから、彼女とひよりが行動をともにできればよさそうだけど。俺もこの近所でのバイトを探してみるか……。


 そんな話を日和山山頂でしていると、日和山住吉神社の鈴がカランと鳴った。

 これは「おみくじ通信」というやつだ。地上に降りてくることの出来ない神様が、地上にいる巫女たちとコミュニケーションをとる手段であり、おみくじを引くとそこに神様からのメッセージが書かれている。

 なお、おみくじを引く際には指定の金額を払わなければならない。日和山住吉神社の場合は百円だ。だから、何度もメッセージを送られるとふところが危なくなってしまう。


「あ。おみくじ通信ですよ」

「そうだな」

「……メグルさん、引かないんですか?」

「いや、これは巫女あての通信だろ? ひよりが引くもんだろ?」

「そうですけど……。わたし、あのおみくじ入れ、高くて届かないし……」

「ん。じゃあ俺が引いてやるよ。ほい」

 俺は手を広げてひよりの前に出す。

「なんですか。この手」

「決まってるだろ。引いてやるから金くれ」

「出してくれないんですか」

「さっきバイト代もらったんだろ?」

「うう……。せっかくもらった労働の対価なのに。こういう場合は、俺が出すよって男性が……」

「わけわからんこと言うな」

「さよなら。わたしの百円……」

 ひよりがしぶしぶ封筒から百円を出す。鈴がカラカラカラと早く鳴り出す。

「ほら。神様いらついてるじゃないか。また本物のカミナリ落とされたらいやだからな。……よっと」

 百円を入れ、おみくじ箱に手を入れてくじを引く。どれでもいいから引いたくじに、神様からのメッセージが書かれているのだ。どういう仕組だかわからないけど、神様の力というのはやはり不思議だ。

「それじゃ、見せてください」

「ああ。……あ、俺あてだ」

「ええっ。わたしがお金出したのにぃ」

「わかったわかった。次は俺が出すから。……おまえ、意外と金に意地汚いな」


 俺は「メグル賛江」と書かれたくじを開ける。

『ご苦労さま。また鬼を封印してくれたようで、なによりです。やはり鬼の出現頻度が高くなっているようですね。巫女を増員する予定です。面倒かけるかもしれませんが、よろしく』

 そうか。巫女増員しないといけないほど、鬼が出てくるかもしれないのか。……でもなんで俺に面倒かけるとか言うのか。本来俺、部外者なんだが。


 カラン。また鈴が鳴る。ひよりが俺に、どうぞどうぞという身振りをする。わかったよ。今度は俺が出せばいいんだな。俺の金を入れて、くじを引く。……今度はひよりあてか。

「お。ひよりあてだぞ」

「えへへ。これでさっきの分とチャラですね」

「そんなにうれしいのか」

 ひよりにくじを渡す。

「んー……。また、甲羅鬼封印の報告をするために、わたし神界へ行かないといけないみたいです。明日の夜明けの便で来てくれって」

「そうか。一回ごとに行かないといけないんだな。リモートでってわけにいかないのか」

「リモートってよくわからないですけど……。ハンコをおさないといけないみたいで」

「ハンコおすために行くのか。……神界って、そういえば街頭テレビとか、テクノロジー的には数世代前みたいだからなぁ」

「ですよねっ。ブルマだって、いまどき? ですよねっ」

「まぁそれは、テクノロジーというか、神様の趣味って感じもするけどな」

「もう、古くさいんですよ。いつの時代の人? って感じで」


 カラン。鈴が鳴った。

 ひよりが、しまったという顔で青くなる。神様、オバさんとか言われるとすごい怒るらしいからなぁ。

 とりあえず俺の金でくじを引く。ひよりあてだ。くじを渡す。

 ひよりはくじを開いて突っ伏した。俺にくじを渡すので、見てみる。

『ひより。帰ってくるの、楽しみにしているわ』

 ……これはシンプルゆえに怖い。見るとひよりは……泣いていた。


「ううう。メグルさん、これでお別れかもしれません……短いあいだでしたが、お世話になりました……」

「まぁ……気を落とすな。命までは取られないだろうから。たぶん。逆さ磔の百叩きくらいで許してくれるだろうからさ。きっと。命さえあれば戻ってこれるから。おそらく」

「戻ってきて人相が変わっていても、嫌いにならないでくださいね……」

「ああ。顔が腫れて人相が変わってても、その平たいボディーを見れば間違えたりしないよ。いやむしろ、ボディーが腫れたほうがいいのかもな」

「……ヘブンズストライクっ」

「おわっ!」


 いきなりのヘブンズストライクで腹を殴られまいとして、俺は身体をひねった。でもこれでは背中に食らってしまうことになる。しかし……。

「えっ?」

 後ろで、ひよりの声がした。そちらを見ると、ひよりはパンチを繰り出した体勢のまま、トットットと片足で脇の方へそれていった。そして、キョトンとした表情で俺を見る。

「おっ。なんだ。自慢のヘブンズストライク、空振りか? それとも見逃してくれたのか?」

「い、今の、何ですか? なんだか、さっきの甲羅鬼さんと同じ感じがしたんですが」

「受け流しってやつか……? いや、俺は何にもしてないんだが」

「気のせいですか。ではもう一度。ヘブンズストライクっ」

「いや、もういいだろ? 暴言は悪かった。あやまるから、勘弁してくれよ」

 俺は後ろを向いて逃げる。するとまた、ひよりはパンチの体勢で脇にそれていく。


「ま、まさか……」

「な、なんだ?」

「あなたっ。ホントにメグルさんですかっ? さっきの甲羅鬼さんが化けてるんじゃないでしょうねっ」

「なっ、何言ってんだ。甲羅鬼は封印されて消えていっただろ?」

「どさくさにメグルさんと入れ替わり、メグルさんを鬼界に封印したとか……」

「そんなことできんのかよ。だいたいひより、おまえ、大事なバディを見分けられないのかよっ」

「う……。そうですね。いつものメグルさんと全然変わらないですけど……。化けてるようには思えないですけど……」

「まったく」

「あ、そうだ。メグルさんがいつも、わたしのことは平たいボディーで見分けられるって言うんですから、わたしもメグルさんをボディーで見分けてあげますっ」

「え?」


 ひよりはズカズカと俺に近寄り、俺のシャツを捲くりあげた。

「きゃー」

 俺の軽い小さな悲鳴を意に介さず、ひよりは俺のシャツの下を見る。

「これは……やっぱり……」

「あの……上半身とはいえ、オトコの裸を見て、恥ずかしくは……」

「さんざん殴ったりしたので、ちょっと慣れました。そんなことより」

「そんなことか……。前はあんなに初々しく恥ずかしがったのに」

「そんなことよりっ。メグルさんの固着紋に変化が現れてるんですよっ」

 俺の胸に浮き出た、固着紋。俺が封邪の護符を取り込んだ証だ。それに変化が現れてるだって……? どういうことだ? どんな変化が……?

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