その2:大要とヘブンズクラッシュ
とはいえ、さて、どうやってダメージを与えるか……。
「んー。そうだな。……ひより、あれやってみるか」
「……? あれって……何ですか?」
「ほら。ロリコン鬼のときにやった、あれだよ」
「あれ?」
「ブルマ体操着だよ。コスチュームチェンジで」
「……っ! な、何言ってるんですかっ! なんでここでそんなことするんですかっ! 脈絡ありませんよっ! それにあのときだって、ダメージを与えるためじゃなかったじゃないですかっ! やりませんよっ」
「いや、一応ロリコン鬼には効いたんだから。こいつだって動揺して隙を見せるかもしれないだろ」
「そんなこと……っ!」
「グエグエグエ。ナニするツモリかシランケド、もうヨイもサメソウダナ」
「ほら。時間がない。今はなんでもやってみるべきだろ?」
「ううう……。しょ、しょうがないですね……。メグルさんも鬼さんもちょっとあっち向いててくださいっ」
俺と甲羅鬼はひよりを見ないように後ろを向く。……この鬼、意外と優しいんじゃないのか? あれ? でもどっちが前だ? こいつ。
「コスチュームチェンジ! 体操着!」
後ろでひよりの声がして、キラキラと光ったような感じがした。
ひよりたち神界の巫女は、神様から地上で着る服が支給されていて、その服では幾種類かのコスチュームチェンジができるらしい。仕組みはよくわからんけれども。
今確認できているのは、ベースとなる巫女服とセーラー服と体操着(下はブルマ)だ。他にもあるらしいが、どうも神様の趣味が反映されている気がする。神様、女性なんだけども。
「も、もういいですよ……」
ひよりの声に、後ろを振り向く。ひよりは、伏し目がちに顔を赤くしながら半袖の体操着の裾を引っ張って、ブルマを隠すように内股で立っていた。
「だからさ。前も言ったみたいにそういう風にするから逆にいやらしくなるんだよ。もっと堂々としてれば……」
「だって、恥ずかしいんですようっ! メグルさんも一度はいてみればいいんですっ」
「いやそれはさすがに……。そんなの誰も見たくないだろ……」
「わたしのは見たいんですかっ」
「まぁ、そういう需要はあるかもしれないからな。前のロリコン鬼みたいに」
そう言って、甲羅鬼の方を見る。反応は……わからないな。こいつ、今はただの甲羅だもんな。
「えーと……。鬼くん。……どう? あのブルマ姿を見て」
「オレハ、チャンとシタジョセイが、たいぷダカラ。ばいんばいんシテルほうガ、イイ」
「すると、あれは……?」
「モンダイガイ。アンナひんそーナ、しょうがくせいノぼでぃーヲみてモ、ナニもカンジナイ」
むう。鬼が全部ロリコンというわけでもないんだな。まぁ、そりゃそうか。
「あー。ひより。今回はその格好、あんまり効果は無かったみた……い……で……」
ひよりは下を向いている。そして、拳を握ってぷるぷると震えていた。
「……から……たじゃ……すか……」
「ん? なんて?」
「だからっ! 言ったじゃっ! ないですかあっ! イヤなのにこんな格好させてっ! その挙げ句、誰が貧相で小学生ですかっ! ヘブンズっ……!」
涙目のひよりが、握った拳を振りかぶって向かってくる。うわ。マズい。アレを食らってしまう。
「おいっ。それを食らわす相手、俺じゃないだろっ。あっ、そうだ! おまえ、受け流してくれ!」
俺はとっさに、隣で浮いていた甲羅鬼をつかんで盾にした。
「マ……マテ! ソッチは……」
「……ストライクっっ!」
ひよりのヘブンズストライクが炸裂した。
ビシッ。俺が盾にした甲羅鬼から、乾いた音がする。ひよりの拳が、甲羅鬼にめり込んでいる。正確には甲羅ではなく、亀で言えば腹側にあたるところだ。俺はそちら側をひよりの拳に向けていたらしい。
「アガッ! アガガガガっ。バカっ。ソッチじゃウケナガセない……」
甲羅鬼はそう言いながら、鬼型に形を変え始める。そして、その様子を見たひよりは我に返ったように俺に言う。
「あっ。封印タイミング、出ました! もう封印できます!」
「えっ。マジか。早いな。しかしそれじゃまぁ、遠慮なく」
俺は自分の胸に浮き出た「封邪の護符の固着紋」に左手を添え、右の手のひらを甲羅鬼の額にあてた。そして
「封印!」
と口にする。胸の固着紋が発光して、甲羅鬼は身体を硬直させる。
「アガ……ガ……」
こうなれば、封印は成功だ。甲羅鬼はもうすぐ媒介石である本物の甲羅に吸い込まれ、もう地上には出てこれなくなるだろう。
「封印……できましたね」
「ああ。ひよりのヘブンズストライク、効いたな。腹側に当てればよかったのか。ひより自身の力も相当入ってたみたいだけどな」
「だって……。貧相だとか小学生だとか言うから……」
「それ、俺が言ったわけじゃないからな」
「メグルさんがこんな体操着姿にさせるからですよっ」
「結果的には正解だったじゃないか」
「勝算があったわけじゃなくて、単なる偶然じゃないですかっ」
そんなことを話していると、甲羅鬼の声がした。封印完了まで、ちょっと時間かかるんだよな。
「ク、クソぅ。マダなんニモシテナイのに。カンゼンなオニのスガタにもナッテナイのに……」
「まぁ、それはちょっと気の毒な気もするけど、鬼は排除しないと地上の平和が乱れるということらしくてな。……何か、地上でしたいことでもあったのか?」
「イヤ……マア……チョット、だいよートヤラへイッテミヨウかな……ト」
「だいよー……? あ。大要のことか? 俺も最近来たばかりだからよく知らないけど、そこ、もうやってないらしいぞ?」
「エッ。まじカ。クソ。ソレナラわざわざコナくてもヨカッタのに……。マア、どっちみちイケナカッタけどナ……。デモ、ばいんばいんヲ、ミタカッタ」
「残念だったな」
「……メグルさん。ダイヨーって、何ですか?」
「え……。それは、うーん。大人の女性になら言っても大丈夫か。大要ってのはな、この近くにあった、成人映画館だよ」
「せいじん……えいが……? あっ。も、もしかして、えっちな映画専門の映画館ですかっ」
「そうだな。惜しまれつつも閉館したらしいけどな」
「そんなのを観ようと、この鬼さんはっ? そして、メグルさんもなんでそんなの知ってるんですかっ」
「それはまぁ……大人のたしなみというやつ……かな」
「……そんな、えっちなことばっかり考えてる殿方には、ヘブンズクラッシュをお見舞いしてあげますっ」
「ヘブンズクラッシュ? 名前だけは聞いてたな。そういえば。どんな技だよ」
「これは、足技ですっ。相手の少し開いた足の間を、つま先で鋭く蹴り上げますっ」
「え。それはつまり、金的……」
「そして、クラッシュですっ!」
「「クラッシュっ!?」」
俺と甲羅鬼は同時に股間をおさえて足を閉じた。
ひよりが、じりじりと寄ってくる。
「ソ、ソレジャア、オレはフウインされるノデ、コノヘンで。めぐるトヤラ、アトはガンバレ」
「あ。待てこら。俺だけクラッシュされてたまるか」
そんな俺を置いて、甲羅鬼はゆらゆらと飛んでいく。媒介石に戻って封印されるのだろう。
「ア。ソウソウ。オシエテおいてヤル。オレはコンカイ、オヤジとクルはずダッタが、ベツベツにナッテシマッタ。ソノウチ、おやじガくるダロウから、ソノトキはヨロシクな」
「ん? おまえの親父が?」
「アア。オレなんかヨリずっとツヨいカラナ。カクゴしてオケ……」
そう言って、甲羅鬼は消えていった。
俺は迫ってくるひよりの肩をつかんで言う。
「ひより。聞いたか。あいつの親父が来るんだそうだ。あいつより強いって。気を引き締めていかなきゃな。うん。こんなことしてる場合じゃないな。作戦会議するか。そうしよう。日和山へレッツらゴーだ」
「しょうがないですね。今はクラッシュさせないでおいてあげます。…………メグルさんもあの鬼さんみたいに、ばいんばいんが好きなんですか?」
「え。いや……。俺は、外見に左右されたりはしないから……。はは」
「貧相でもいいと?」
「えっ。なんか言ったか? とにかく作戦会議だ。行くぞ!」
「あっ。……もう」
なんとかごまかして、俺とひよりは日和山へ向かった。
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