ひよりちゃんは日和らない2~巫女集合編~

三駒丈路

その1:ひよりふたたび・甲羅鬼登場

「うええぇーーーっ! なんでーーっ?」

 叫びながら、俺の前を巫女姿の少女が走っている。俺も走っている。そして俺の後ろには亀の甲羅が浮かんでいて、俺たちを追いかけてきていた。

「なんでヘブンズストライクが効かないのーっ」


 そんなことを叫びながら前を走る巫女少女の名は、ひより。神界から俺たちの住む地上にやってきて、この街に現れる鬼を退治するのだという。見た目は小学生と言っても通じるくらいに幼いのだけど、本人曰く「わたしは十六歳で大人なんですっ」ということらしい。

 見た目は小学生か、おおまけして中学生なのだが、けっこう強い。鬼を退治するために神界から来たくらいなのだから、弱いわけもないのだけど。俺は彼女の「ヘブンズストライク」というのを何度も食らって悶絶している。そういうのは鬼に対してだけ放ってほしいもんだが。


「ひより! その角、左に曲がれ!」

「はいっ。メグルさん!」

 そして俺は、八代巡。ヤシロメグルだ。ひよりからはメグルさんと呼ばれている。十九歳のフリーター。ひと月ちょっと前にこの地、新潟市に越してきたばかりだ。

 ひょんなことから神界の巫女であるひよりと出会い、本来彼女が取り込むべき「封邪の護符」とやらを俺が取り込んでしまったために、一緒に鬼と戦う羽目になってしまった。

 ちなみに、俺は普通の人間、ひよりたちに言わせれば「地上人」に過ぎない。取り込んだ護符の力により、何かしらの変化はあるはずらしいのだが、その自覚はない。


 そんな俺とひよりは、つい先日、初めて鬼を退治した。あけぼの公園に現れた、通称「ロリコン鬼」。ひよりをロリっ子認定して恐れさせ、結局俺が相撲で戦うことになってしまった鬼だ。

 退治と言っても命を奪うわけではなく、この地上に来られないように「封印」するということなのだけど。それを行なうためには俺が取り込んだ「封邪の護符」の力が必要で、それゆえ俺が鬼退治のフィニッシュを請け負わなければならないのだ。


「よし! 次の道、また左! 敷地に入っちゃうけどな!」

「オーケーです。どうやらこの建物の敷地一帯、鬼の結界みたいです!」

 そして俺たちは今、次の鬼を封印するために戦っていた。「ロリコン鬼」を封印した数日後、ひよりが鬼出現の兆候反応をとらえたのだ。それは、ひよりが拠点とする「日和山住吉神社」のすぐ近くだった。


 日和山近くにあった湊小学校は統合されて廃校になったが、今は老人福祉施設と市営住宅になっている。そしてその前に「助賈地蔵院(すけごじぞういん)」というのがあって、六地蔵とか如意輪観音像とか梵字が書かれた碑とか大きな亀の甲羅とかが並んだ、ちょっと不思議な感じのスポットになっている。

 ひよりがとらえた鬼出現の反応は、どうやらその助賈地蔵院から出ていたようだった。


 そして俺たちが確認をしようとすると、そのうちの亀の甲羅が俺たちを迎え撃つように飛んできたのだ。いや、亀の甲羅そのものが飛んできたわけではない。それと同じ形のものが甲羅から抜け出すように出現し、俺たちに襲いかかってきた。

 先日の「ロリコン鬼」も、最初はあけぼの公園の鬼の像と同じ形で姿を表し、鬼の形に変化していた。最初から鬼の形で出現しないのは鬼側の理由があるらしいのだが、今回も同じで、鬼が亀の甲羅の形で出現したのだろう。


 飛んできた甲羅に対して、ひよりは

「うふふふふ。真正面から飛んでくるとは、飛んで火にいる何とやらです! ヘブンズストライクっ!」

 と、得意の必殺技であるヘブンズストライク(要は渾身のストレートパンチ)をカウンターで放ったのだが。

 甲羅は、スルリとパンチを受け流していた。その後、ひよりは何度か同様にヘブンズストライクを繰り出していたのだが、いずれも受け流された。呆然とするひよりに、甲羅が襲いかかる。

「だめだ! ひより! 少し離れろ!」

 俺はひよりの手を引き、走らせた。そして冒頭の場面になる。

「うええぇーーーっ! なんでーーっ?」


 俺たちは逃げながら、この鬼の結界の範囲を確認していた。

 鬼界からやってくる鬼。神界からやってくる、ひよりのような巫女。両者に共通なのは、媒介石と結界だ。

 媒介石とは、鬼や巫女と地上界を繋ぐ物質であり、彼ら彼女らの地上出入り口みたいなものになっている。それだけでなく、自分の分身や化身のような存在でもあるらしい。

 結界とは、その媒介石の周囲に形作られる自身のテリトリーのようなもので、その内部では自分に有利な効果が得られるらしい。特に鬼は、地上出現時には「酔い」があり、それをやり過ごすためにしばらく結界内で身を潜める必要があるのだとか。

 それ以外にも、地上人の意識に作用して、自身の存在を隠したり都合よく認知させたりするらしいのだけど、地上人である俺にはあんまりピンと来ない。


 ひよりにも媒介石や結界はあり、ひよりの結界は日和山一帯、媒介石は日和山山頂にある方角石だ。

 今回の鬼は、媒介石が助賈地蔵院のシンボルである亀の甲羅、結界が旧湊小学校の敷地一帯であるということらしい。こいつの結界はなかなか広範囲だな。

 一応、呼び名としては仮に「甲羅鬼」にしておくか。「ロリコン鬼」よりはカッコいいんじゃなかろうか。


 俺はさらに走りながら、ひよりに確認する。

「ヘブンズストライク、効かないのか?」

「そうなんです……。手応えがないっていうか、滑っちゃうというか」

「他の技も?」

「わたしの技、基本が打撃なので……。こないだのロリ……いえ、ヘンタイ鬼さんのときも、拳が作れなかったので封じられちゃいましたけど」

 ひよりは自分をロリっ子認定されたくないので、先日の「ロリコン鬼」を「ヘンタイ鬼」と言うことにしているらしい。いや、それは今どうでもいいが。

「んー。使えないヤツだなぁ」

「そんな言い方しなくてもっ」

「でも、今のところひよりの技が効く鬼っていないじゃん」

「うう……。それはそう……なんですけど……」

「冗談だよ。封邪の護符をひよりが取り込んでれば、もっと色々できたんだろうしな」

「でも、実際今のわたしには護符の力が使えないわけですし……」

「だ、か、ら、俺が一緒に戦ってるんだろ?」

「は、はいっ。そうですねっ。大事なバディのメグルさんっ」

「よしっ。それじゃ、こないだのロリコン鬼と同じ作戦だ。打撃が効かないなら、俺が直接封印してやる。ひよりはちょっと離れて方位指示してくれ」

「はいっ」


 ひよりたち、神界の巫女はそれぞれ色んな特殊能力を持っているらしい。まだ他の巫女には会ったことないけれども。

 ひよりの場合は「水先案内能力」があるのだという。ひよりの本拠地である日和山住吉神社に由来する能力ということだけれども、その能力で「吉方位」を知ることができるらしい。戦いにおいては、どの方向から攻撃すれば効果があるか、簡単に言えばそういうことがわかるのだ。

 ひより自身もそれを戦いに使えればいいのだけど、惜しむらくは、ひよりが徘徊老人以上の超弩級方向音痴なので、自分の戦いにはうまく使えない。それで、俺が方位の指示をもらって動くほうがうまくいくのだ。


「……とは言うものの、封印するためには幾ばくかのダメージを与えないとダメなんだよな。ひよりでもダメージ与えられないのに、どうすればいいんだ?」

「そうですね……。ロリ……ヘンタイ鬼さんのときは相撲の勝敗で自動ダメージが入りましたけど、今回はそういうのもなさそうですしね」

「グエグエグエ……。オレの、コノこうらニハダメージはアタエラレナイゾ……」

「うわ。しゃべった。でもやっぱりカタコトなのか」

「モウスグ、ヨイもサメル。ソシタラいためツケテヤル……!」

「酔いがさめる……。そうしたら本来の鬼の形になれるということか」

「この甲羅鬼さんは、今のままだとぶつかるくらいしか攻撃手段が無いんですね。でも、今の打撃無効防御に加えて攻撃手段も増えるとすると、厄介ですね」


 確かに、甲羅鬼はここまでぶつかってくるくらいしか攻撃していない。それも、それほどスピードがあるわけでもないから走って逃げられるし避けるのも難しくない。

「それじゃあ、走って体力使うよりも止まってるほうがいいな。ひより、止まろう。そしてこいつが鬼型になる前に封印してしまおうぜ」

「はい。でも……どうしましょう」

「グエグエグエ。オレもツカレテキタからソノほうがイイナ」

 俺たちは福祉施設の敷地内道路で対峙する。結界の効果で、入所者や住民に俺たちの姿は見えていないだろう。

 鬼が本来の力を取り戻す前に封印しなければ。

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