第7話

 寿命は、自分では決められない。

 己で命を絶つ時すら、周囲や世の流れに押されてのものが多い。

 その上、死期は突然やって来るものだ。

 それならば、それに怯えて生きるよりも、その時その時を精一杯生きる。

 時が止まり、その大体の死期が図れなくなってしまった蓮は、そうやって戦の世を乗り切り今も生きていた。

 五十年ほど前に知り合った若者は、ようやく自分と同じくらいの年齢になった位の、幼い子供だったが、何もかも諦めた目をしていた。

 いつ死が自分を襲うかより、その死を受け入れなければならない周りの気持ちばかりを心配し、その為だけに、感情を殺し続けていた若者に、蓮は一つだけ約束させた。

「この国の人間は、大体六十で、寿命が尽きる」

「ふうん」

 気のない返事に、傍で聞いていた男が、相手に掴みかかろうとしたが、蓮はそれを制して続けた。

「恐らくは、他の国もその位じゃねえかと思う。それより長く生きろとは、言わねえよ。せめて、その年齢に近い年までは、どんなに見苦しくても生きてみろよ。どんな足掻き方でもいい。六十に近い年齢までは、絶対に死なねえと、ここで約束して行け」

「はあ? 何で、私が、そんなことを?」

 案の定、呆れた声で返す若者に、蓮は、わざとらしくため息を吐いて見せた。

「お前な、オレだってこんな約束させたくねえぞ。どう考えたって、お前よりも小さい子供が、病やそれこそ貧しさの上で、命を落としてるのを知ってるからな。もう大人の年のお前が、この後すぐに死のうが、長生きしようが関係ねえし」

「だったら、何でそんな、馬鹿らしい話を持ちかけるんだよ?」

「このままじゃあ、こいつの気が済まねえだろうがっ。その後始末が、オレの方に、全部かかっちまうのは、御免なんだよっ」

 心なし小声の訴えに、若者はちらりと、男の顔を伺う。

 その眉が顰められるのを見ながら、蓮は更に小声で言う。

「撥ね退けて行ったら、後が厄介だぜ。海を泳いで、お前らの後を、追うかもしれねえ」

「ま、まさか。そこまで、出来るはずが……」

「ああ。お前の元に辿り着けずに、でかい陸地を迷いさまようのが関の山、だろうな」

 重々しく頷く蓮を、若者はじっとりと睨む。

「それを止めないし、もしそうなっても助けに海を渡る気、ないんだね、あんたは」

「当たりめえだ。オレの非じゃねえのに、何で、そこまで面倒見なきゃならねえんだよ」

「……」

「嘘でも何でもいい。あいつを安心させて、この国から出て行け。どうせ、もう二度と会えねえのは、変わらねえんだろ?」

 げっそりとした顔になった若者は、渋々頷いたものだった。

 それが、本気の約束事になったのは、蓮の方の事情だった。

 その出来事の前に立ち会った、仲の良かった女の死は、蓮自身が思っているよりも強い衝撃だったらしく、その後どこに行くでもなく葵の住処で過ごしていた。

「いつもの通り、動いてる気でいたらしいんですけど、何か危なっかしい、って言えばいいんですかね」

「……お前に言われるくらいだから、相当だったんだな」

 混ぜっ返す気はなかったが、思わず男の昔話に口を挟んでしまってから、鏡月は先を促した。

 雨が降り出した為、一年前まで、ある一定の時期のみ、旅人が消える村があった場所のすぐ傍にそびえる、小さな山の中の、雅の住処にお邪魔した男たちは、熱で唸る蓮はその辺に転がしたまま、涙声の男の話に、耳を傾けている所だった。

 鼻をすする男は、鏡月から受け取った右腕を握りしめながら、ぽつぽつと話を続けるが、雅としてはまだ小さい戒の目に、長く留めていたい代物ではない。

 蓮の看病を戒に振り当てて、娘は昼間知り合ったばかりの大男を説得して、もう必要なくなったそれを、何とか子供の目の届かぬ所へ、持って行きたいと思っていた。

 図体ばかりはこの中で一番大きいその男は、市原いちはら葵一郎せいいちろうと名乗った。

「こいつが、江戸の殿様の側近の一人に付いてた関係で、オレもいつの間にか、名前の一文字とってあおいと呼ばれるようになったんで、そう呼んで下すっても」

 言葉使いは乱暴ながら、雅と鏡月が年上だとは察しているらしく、下手に出ながら大男はまずそう説明し、こちらは蓮の持ち物であるはずの石が、なぜ鏡月の元にあるのか聞き出すべく、事情を話し出したのだった。

「あいつが、蓮を訪ねて来たのは、そんな時でした。ある男に連れられてやって来たらしいです」

 言い方が曖昧なのは、葵はその時気を利かせて、蓮から離れて離れすぎてしまい、町を彷徨っていたからだ。

 弱っている蓮を見るのは辛いし、何よりも自分がそう思っているのを知られていると分かるから、傍で見ているのも気まずいと、葵なりに判断してのことだったが……。

 そこを見越したとしか思えないその日、その男は訪ねて来たのだ。

「蓮は、半分嫌がらせだと今でも思ってるらしいですが、嫌がらせでもあいつにとっては、いい薬になったと思います」

 その男は、カスミという人物だった。

 不思議な力を持ち、蓮と仲が良かった女の父親でもあったその男は、どういう手を使ったのか、ただ一人その若者を連れて来た。

 しかも……。

 そこまで言って詰まった葵は、咳払いをしてまだ眠っている蓮を伺った。

「まだ、起きないですね」

「一晩は目を覚まさん。心配せずに、洗いざらい話せ」

「は、はあ」

 その事を葵が知ったのは、放浪の末に自前の目を頼り、一直線で住処に戻る手を使った時だった。

「その時で、そいつが来て二晩経ってたらしく、すっかり意気投合してたんですよ」

「……」

 目を細めた鏡月の心境に気づかず、葵は続けた。

「どうも、話すうちに境遇が似てることが分かったらしくて」

「境遇?」

「蓮は、ガキの頃、兄弟と共にこの国に来たんです。お袋が死んじまってからずっと世話してくれてた宣教師と」

「え。この子、南蛮生まれ?」

 驚いた雅に、葵は頷いた。

「南蛮っていうか、大陸の端の、小さな村で生まれたらしいです」

「お前は、その話、聞いていたのか?」

「いえ。あの時、オレも初めて聞いたんですよ。兄弟がいたってのも、初めて聞きました」

 付き合いの長いはずの葵にすら、全く口に乗せなかった身の上話を、殆んど面識のなかったそいつは、たったの二晩で、聞き出してしまっていたのだ。

 その上、蓮は女の死の衝撃から、立ち直っていた。

 葵は内心ほっとしながら、二人に喚いた。

「だってずるいでしょう。オレはオレでそれぞれ二人を心配してたんです。それを知ってるはずなのに、二人してオレを探さず、道に迷わせてたんですよっ」

「……勝手に、迷っただけだろうが」

 ぼそりと呟く鏡月に構わず、葵は更に続けた。

「そしたら、二人して慌てちまって」

 久しぶりに会った若者はともかく、蓮が居心地悪い顔で慌てるさまは本当に珍しく、それを見て思わず嬉しくなって、涙ぐみそうになった。

 しかし、喜んでばかりいられる状況でもないと、その後聞いた話で知った。

「オレがそこに戻ったのは早朝だったですが、その日の夜にはカスミって男が、迎えに来ることになってたんです」

 蓮も相手の若者も、承知の上での、短い再会だった。

 しかも、前に会った時と、事情は全く変わっていなかった。

 蓮は、十代の若者のまま恐らくは長く生きるが、相手の方は少し会わなかった間に、幼さがなくなっている程に成長している。

 そして、長くても六十年後には、年老いて命は枯れるだろう。

「それを知っていながら、カスミって人は、蓮を慰める役をその子に振った?」

 また涙を流す大男に辟易しながら、雅が代わりに言ってみると葵は頷き、鏡月も相槌を打った。

「嫌がらせだな。半分どころか、完全な」

「それなのに、あいつら平然と別れちまって。ただ、蓮が一つだけ別れる前に、やったことがあるんですよ。それが……」

「これを、その相手に、渡したことなんだな?」

「そう、そうなんですっ」

 布袋を振って見せる鏡月に頷き、大男は身を乗り出した。

「どこで、手に入れたんですかっ。まさか本当に、人づてに、この国にまで戻って来てるとは……」

「それは……こら、ちょっと待てっ。話は順を追ってだな……」

 本気で身を引き、逃げる若者が、不意に葵の背後に顔を向けた。

 その隙に追い詰めた葵は、更に詰め寄った。

「あいつは、今どこに葬られて……」

「やかましいっ。他人様の住処で、喚いてんじゃねえっ」

 鞘付きの小刀が投げつけられ、勢いよく葵の後頭部に、直撃した。

 容赦ないその攻撃に、大男の体が大きく揺らぎ、その隙に鏡月は身を引く。

 そして、呑気に笑った。

「早い目覚めだな。どういう体力を隠し持っているんだ、お前は?」

 振り返った雅は、身を起こしている小柄な若者に気づいた。

「蓮、大丈夫なのか、もう起きても?」

「……起きねえと、こいつが何を口走るか、分かったもんじゃねえ」

 頭を抑えながらも言う所を見ると、それより前から目覚めてはいたらしい。

「どのくらい、寝てた?」

「あなたが倒れたのは、昼間で、さっき日が暮れたところだよ。まだ日も変わってない」

「何だったんだ、さっきの眩暈は……」

 溜息と共に呟いて、蓮は頭を上げ、気づいた。

 頭を抑えていた右手を凝視し、次いでようやく身を立て直した、葵の手に握られているモノを見る。

 一瞬、緊迫した空気が、狭い洞穴の中に走った。

「……葵、それ、どこかに捨ててくれ」

「お前、いくらなんでもそりゃあねえだろっ。今まで、お前にくっついてて、役に立ってたもんだろうがっ」

「もう、役に立たねえだろ」

「だったら、それなりの礼儀で、埋葬位してやれっ」

「埋葬ってな……」

 蓮は呆れて呟くが、聞いていた三人は、安堵と呆れを滲ませた溜息を吐いた。

 取りあえず、自分の腕だったそれを受け取り、若者は新顔の若者を見た。

「あんた、隣村の山の主、か?」

 鏡月は頷いた。

「あの山を、昔からねぐらにしている。山に登って来る者が鬱陶しくてな。力を解放して眠りこんでいたら、妙な話になっていたのだな」

「? どういう意味だ?」

「お蔭で、一年前に起こされるまで、誰も山に足を踏み入れず、踏み入れてもすぐに命を落としてくれたから、ぐっすり眠れた」

 呑気に言う若者を凝視し、蓮は慎重に問いかけた。

「随分長い間、あの山は厄災を招くと、言われていたはずだぜ。あんた、どの位ぐっすり寝てたんだ?」

「さあなあ。源が平に勝利して、その頭が落馬した後位からだな。ぐっすり眠っていた」

 鎌倉に政の中心が移っていた頃だ。

 話が見えない大小の連れの傍で、蓮は雅と揃って溜息を吐いた。

 それだけ長く、恐らくは難ありの治癒の力を垂れ流しにしていれば、恐れられても仕方がない。

「妖しの間でも有名だったらしいな。弟子仲間に聞かされるまで、人間だけの言い伝えだと思っていた。人間でない者なら、もしかしたら大丈夫だったのかもとな」

 呑気な表情が、僅かに陰った。

「だから、あいつも、大丈夫だったのかと思ったんだが……その知り合いの話だと、オレを引きずり出そうとした妖しも、全員命を落としたらしい」

「……」

「ちょっと、待って下さいよっ、あんた、そんな大変な技、蓮にぶちかましちまったんですかっ?」

 喚く葵の横で、それをぶちかまされた本人は、げっそりと肩を落としている。

 喚かれて、後ろめたい気持ちにはなっているのか、鏡月は気まずそうに笑いながら、軽く謝った。

「悪い悪い。だが、あいつが大丈夫だったんだ。お前も、大丈夫だろうと踏んでのことだ」

 実際、大丈夫だったのだからいいじゃないかと、若者があっさりと返すのに、大柄な男は更に喚くが、それを制して蓮が問いかけた。

「さっきから、引き合いに出してるあいつってのは、一体誰だ?」

 鏡月が、きょとんとして蓮を見た。

 見たが、妙にその視線が曖昧だ。

 すぐに、黒目の色が薄く、瞳の色と混じっているように見えるせいだと気付く。

「……あんたさ、目、見えてるか?」

 思わず、全く別なことを問いかけてしまった。

 突然、話が変わっても驚かず、それにはあっさりと答えた。

「いや。しばらく前から、全く見えん」

「あんたのしばらくは、何百年前だ?」

 思わずそう返してから、話を戻して先の問いの答えを待つと、鏡月は目を瞬きながらそれにも答えた。

「オレを、長い眠りから叩き起こしてくれた奴の事だが。知っているんじゃないのか?」

「本当に知り合いなのか、まだ確かめてねえから、何とも言えねえんだ」

 答えと共に問い返され、蓮は曖昧に答えた。

「オレは、容姿をお前さんに教える術がないから、お前さんの悩みを消してやれんが……やけに、匂いが薄い奴だ。そいつの父親も似たような感じだったが、あいつは男臭すらない」

「あいにく、オレは獣じゃねえんだ。鼻は利かねえ」

「そうか。残念だな」

 呑気に頷き、鏡月は布袋を差し出した。

「昼間、その鬼が、半泣きで立ち尽くしてるのを見て声を掛けたのは、この石に付いている匂いが、この鬼の体にも漂っていたせいだ」

「手放す前は、肌身離さず持ってたからな。染みついちまってたんだろ」

「そうか。持って行かんのか?」

差し出されたそれを見つつ、蓮は首を振った。

「やめとく。修繕のお代は、依頼した奴から貰ってくれ」

「前払いで、払って行ったらしいが」

 小首をかしげる鏡月の言葉に、小柄な若者は呆れた声を出した。

「金を持ってたのか。そいつ、どんだけ稼いでんだ」

「いや、京で散々、只働きさせたらしい」

「その知り合いってのにも興味がわいたぜ。もし、オレの知るあいつが、素直に只働きさせられたとすると、連れたちは、代替わりしてたってことか?」

 小さく笑っての呟きに、鏡月は少し考えて答えた。

「そうだな。カスミの馬鹿親父の代わりに、血の繋がらんオレの弟が、連れにいたな。後は、狼男の倅も一緒だったが。他は変わり映えせん連中だったぞ」

「……」

 その答えに、蓮は初めて考え込んだ。

 そして、気になったことをまず問う。

「血の繋がらない弟ってのは、まさか、カスミの親父の、倅の事か?」

「そうだが」

「ってことは、あんたまさか、あの人の、倅かっ?」

「血は、一滴も、繋がっていないがなっ」

「へえ、あんたが……」

 思わず、嫌そうに答える鏡月の顔を、蓮がしみじみと見つめてしまったのには理由があるが、それを怪訝に思って本人が問いかける前に、話を戻した。

「連れは、オレも見知った奴らみてえだが……そいつ本人とも、限らねえか」

「蓮、お前まさか、本人が、直に持ってここに舞い戻った、なんて考えてねえだろうな?」

 葵に小声で問われ、思わず首を竦めてしまった。

「おい、お前らしくねえぞ。そんな夢みてえな話、あるわけが……」

「分かってる。だが、血筋の可能性はあるだろ。あの連中が、あいつの後釜に付けようって、思えるほどの奴だぜ?」

 何より、形見を預かっている、という言い方に夕べから引っかかっている。

 本人とも、違うともとれる言葉だ。

 違うなら何も考えず、会うことも出来るが……もし、本人なら、話からすると、とても会いたくない状況になっていると思われる。

 だから、ここでその若者の正体が知れれば、これからどうするか考えることも出来ると思ったのだが……。

 まあ仕方ねえかと顔を上げた時、それまで黙って葵の顔を凝視していた雅が、口を開いた。

「この子が、人を喰らわない鬼?」

「ああ。喰うようには見えねえだろ?」

「うん、見えない。でも……世の中には、見た目で分からない鬼も多いからね」

 うっすらと笑う娘を見つめ、蓮がそっと問う。

「それは、この下の村に、巣くってた鬼の事か?」

 黙り込んだ雅に、鏡月が言い切った。

「匂いで分かるもんだろう。こいつは、長く人を口にしてない」

「当たりめえだ。そこまで飢えるほど、貧しい生活じゃねえよ」

 葵が、びくりと大きな体を震わせたが、蓮が返してつい笑った。

「まだ、染みついてんのかね。本当に、大昔の事だぜ。しかも、たったの一度きりだ」

「たったの一度でも、量が多かったのだな。だが、狂気の匂いはない。どうやって戻った?」

「そりゃあ秘密だ。だが、もう二度と、あんなことはさせねえ。オレの、目の届くところではな」

「……目の届く所って……一人で、江戸を出て来てるじゃないか」

「そうなんですよう。こいつ、江戸の殿様と大喧嘩しちまったらしくて、側近の方が探して来いと仰せで」

「へ、腹でも切らせる気で、探してんのか?」

「違えよ。必死で宥めて下すったんだぜ、その方が殿を。だから、戻って来てほしいんだと」

 葵の言う「その方」が誰か見当がついたのか、蓮は、うんざりとした溜息を吐いた。

「ったく、余計な事をしてくれるよな、あの人は」

「とにかく、何か用があるなら、それをさっさと片して、帰ろうぜ」

「……仕方ねえな」

 急に、しっかりと頷いた蓮は、表情を少し緩めた雅に、暇を告げた。

「ここまで来てなんだが、江戸に帰る。世話になっちまったな」

「え、ちょっと、会って行かないの?」

 目を丸くした雅に、蓮は苦笑して答えた。

「知り合いとは限らねえし、その石を返す気でこの国うろついてんなら、いずれ江戸まで来るだろ」

「でも、あの子、逃げるかもよ」

「……あ?」

 思わず、間抜けな声を上げた若者に、娘は首を傾げながらもう一度言った。

「あの子、あなたと会わずに何とか石だけ返して済ませたいんじゃないかな。そんな感じだったよ。少なくても、一年前は」

「どういう意味、ですか?」

 固まった蓮の傍で、葵が首を傾げる。

 その男にも優しく笑いながら、雅は言った。

「昔、這いつくばってでも老衰で死ねと、無茶を言った奴から、預かった大事な物。そう聞いたよ。この国では、珍しい程に色白の、綺麗なお侍さんだった。どうして大事な物を預けた人の話で、あんな複雑な顔になるのかって思ったけど……」

 そこで言葉を切り、娘は蓮を見た。

「なるほどねえ。あの子、昔はあなたより小さかった?」

「ええ、あいつ、蓮より頭一つ分位小さくて、そりゃあ、めんこい娘っこみてえで……」

「葵、少し黙れっ」

「だからかあ、遠慮してたんだね。出来れば会わずに、あなたの手に、石が戻るように考えてるんだよ」

 なるほどと頷く娘と、頭を抱える若者を交互に伺っていた鏡月が、不意に口を開いた。

「そうか、お前さんも会ったんだな。あいつに?」

「ええ。話もしました。ね、戒?」

 それまで黙っていた戒が、ぼそりと言った。

「……変な奴だった」

「うん。かなり、変な子だったね」

「だよな。オレがおかしいのかと思ったが、やはり変だよな?」

 身を乗り出して、盲目の若者が、念を押す。

「はい。だって、腕丸ごと持って行かれてすぐに、山の中を逃げ回るなんて」

「腕生えてすぐに、つけてた義手がないのに気付いて、山の中を探し歩いて、探し出して倒れていた」

「何だか、考え方が、周囲に危害が出ないようにする方に、向いてるんですよ」

「説教された。これじゃあ、綺麗な山なのに、動物一匹も住み着けない、人づきあいが嫌なら、せめて自分の住処の周りだけ近づけないようにしろと」

 盛り上がる三人の話を、江戸から来た二人は頭を抱えながら聞いている。

「………本人だ、完全にっ」

「だよな。どう考えても、あいつだっ」

「どうすんだ? 会って行かねえのか?」

「本人なら、会わねえっ」

 頑固に言う蓮に、大男が言い返した。

「何でだよっ。会って、よく来たなって、抱きしめてやろうぜ」

「お前なら出来るだろうが、オレに出来るか怪しいぜ。あいつの成長次第じゃあ・・・」

「逆に、抱きしめられるか。それでも、いいじゃないか」

 ひそひそと話していた二人の間に、雅が優しく割り込んだ。

「冗談じゃねえっ」

「なるほど、どういう顔をして再会すればいいのか、考えあぐねている訳か。分かるぞ。オレにもそういう時期はあった。もう考える事すら、しなくなったが」

 鏡月も頷いて言い、少し考えてから笑った。

 にやり、といってもいいくらい、人の悪い笑顔だ。

「良い手土産が出来たな。これと共に本人も連れて行って、向こうの出方を楽しむか」

「わあ、それ、面白いですね。私も同行していいですか?」

「そうだな。お前さんのこの村のこと、偉く気に病んでいたようだから、行って困らせてやるのも一興か」

 変な具合に、意気投合している男女を見つめ、反論も疲れて来た蓮が、それでも返した。

「オレが会うか会わないかは別として、あんたらが一緒であいつに害がねえか、心配なんだが」

 言われて、今度は二人してきょとんとなった。

 顔を見合わせ、互いに頷き合う。

「そうだな、ああも危ない橋を渡っている奴に、どこの骨とも分からん奴を引き合わせるわけにはいかんな」

「そうですね。では、遅まきながら名乗りましょうか」

「本当に遅えだろうがっ。それに、名前は聞いた。あんたの山の話は、もう先の村で聞いた。だが、雅、あんたの方は、名前と住まいが知れただけだ」

 見据えられ雅は頷き、優しく笑った。

「その通りだね。分かった。どうせなら、江戸への土産話として、聞いていく? 大昔、些細な怒りのせいで民が恐怖に陥り、本当の厄を呼び込んだ挙句、消えてしまった村の話を。神隠し村と呼ばれた村の、本当の昔話を」

 先の村で分けてもらった酒と、昼間取って来た魚を焼いて夕食にした後、雅はゆっくりと語りだした。

 本当の言い伝えの始まりを。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る