第16話 覗き見る者

 ◀ ◀ ◀


 透き通るような色白の少女だった。

 長い髪を両耳横で軽く縛り、額には赤い紐を巻いている。

 目尻と目の下には朱色の入れ墨。

 明らかに現代のファションでは無い。

 麻の貫頭衣かんとういと勾玉の首飾り、そして腰の刀子とうすがそれを物語っている。


 少女が切れ長の目を、こちらに向けた。

 氷柱つららのような冷気に満ちている。

 誰もがこの少女と目が合ったら、体中に悪寒が走り、硬直してしまうだろう。

 それほどの神秘的なオーラを放っている。


 色白の少女の後方には、小さな少年が居た。

 不思議な少年であった。

 体が異様に小さく、頭の大きさに比べて手足がやたら細くて小さい。

 まるで2歳位の幼児の体に、小学生位の少年の頭を乗せたような体型だ。

 少年も貫頭衣を着ており、髪を両耳横に束ねている。

 少年は猫背の姿勢でヒョコヒョコと、少女の後をつけていた。


 少年が突然何かに気づいたかのように、その大きなギョロっとした目をコチラに向けた。

 さっき少女がコチラに目線を向けた時とは様子が違う。

 少年は明らかにコチラに気付き、視線を向けながら窺っている。

 そう……

 コチラに気付いている――


 ▶ ▶ ▶



 ジュエリは目を覚まし、上半身を勢いよく起き上げた。

 時計が目に入る。

 見慣れた居間の掛け時計だ。

 自分が居間のソファーでいつの間にか、うたた寝をしていた事に気付く。


「んー?何だったの今の?夢?過去?」


 ジュエリは軽く背伸びをしてから、卓上の飲みかけジュースを口にする。


「……私、何度かあの少年に視られてる」


 ジュエリは夢の中で見た少年の事を思い返していた。

 夢の少年に既視感を感じたのだ。


「あの格好はどう見ても江戸時代では無いわよね。埋蔵金とは関係無いか……」


 赤城山の事件から2日経っていた。

 サルマーロとは、明後日再び赤城山で落ち合う約束に成っている。

 それまでに山伏の正体と、呪いを破る方法を見つける予定だったが……


「ハァー……《振り掛け》に戻されたわぁ」


「[振り出し]だよ。一度振った振り掛けを戻すの大変だよ。ご飯にベッチョリくっついてるからさあ」


「ジュリヤ、居たの?」


「ねーチャン気持ち良さそうに寝てたから、起こさなかったよ」


 ジュリヤは対面に座り、真剣な顔で姉に言った。


「なあ、ねーチャン。埋蔵金探し止めよう。危険すぎるよ」


「今更後には引けないわぁ。動画でも公表しちゃったし、見つけられ無かったら能力の信用問題よ」


「そんなの他で挽回すればいいよ」


「駄目!プライドが許さない。それに今すぐ大金が必要なの」


「命を失ったら、プライドも金も無意味だろ」


「怖いのならアナタは引けばいいわぁ。私一人でも見つけてみせる」


「ねーチャン!」


 ジュエリはジュリヤを尻目にして居間から出て行き、二階の自分の部屋に入った。

 そのままベッドに寝転がる。

 ベッドの上には幕末の本や、呪術、魔法の本が散らばっていた。

 虚ろな表情で天井を見つめるジュエリ。

 彼女は思案に暮れていた。


「あの結界を作ったのは何者なの……」


 赤城山から帰った次の日、ジュエリは妨害念波で邪魔をされた映像の続きを見た。

 山伏の正体と、謎の呪術結界の攻略方法を探る為に。

 だが続きを見たことで、謎はかえって深まってしまったのだ。


 ジュエリは手元に有った赤城山の写真を手に取り、150年前の赤城山をイメージする。


「〈パストビュー〉」


 目を瞑り、再びあの時の映像の続きを視だした……



 ◀ ◀ ◀


 白髭の老山伏は、呪文を唱え終わると巻物を懐に入れ、周りに居た鍬や鋤を持った手下に水の無い血の池を掘るように指示する。

 ただ土を掘る映像が続くので早送りにする。

 暫くして、手下の1人が老山伏の方に顔を向けながら首を振った。

 老山伏は長い白髭を擦りながら、何かを考えているように見える。

 老山伏が合図を送った。

 すると手下達は掘った穴を、元通り埋め直し始める。

 スロー再生して何度も確認するが、穴の中には何も入っていない。


 ▶ ▶ ▶



「何度見ても一緒だわぁ。三百万両どころか、一円玉一枚すら埋めて無いわぁ。血の池はダミー……いや、それとも何か条件が合わなかった……」


 ジュエリは再び続きを見る。



 ◀ ◀ ◀


 若い山伏の1人が法螺貝を吹く。

 山伏一行は辺りをうかがいながら、バラバラに山を降りだした。

 老山伏の後を早送りで追う。

 山小屋に入った老山伏は、そこで一夜を過ごした。

 翌日、山を降りて一軒の駅家に入ると、侍の格好に着替えて外に出て来た。

 駅家に繋がれていた馬にまたがると、そのまま駅路に向かう。

 早送りで時を進める。

 老山伏は2日かけて江戸に入ると、馬を町の駅に停め、少し歩いて古い屋敷に入って行った。

 屋敷の座敷で待っていた誰かと、老山伏は話し合っている。


 ▶ ▶ ▶



 ジュエリはここで目を開け、幕末の本を手にした。

 ページを捲り、ある写真に注目する。


「絶対この人よね。小栗上野介……」


 小栗上野介は幕末時の勘定奉行であり、頭脳も明晰だった為、江戸城の幕府御用金が無くなったのは、上野介が隠匿いんとくしたものと疑われる事に成り、その為に斬首されたとも言われている。

 徳川埋蔵金伝説の主要人物なのは間違いないが、本当に御用金を隠したのかは定かでは無く、斬首されたのも別の理由かも知れない。

 ただ、明治時代に上野介が徳川の財宝を隠したという噂が広まって、赤城山を中心に埋蔵金探しブームが起こったのは史実である。



 ◀ ◀ ◀


 老山伏は小栗上野介らしき男と密談を終えると、再び馬にまたがり駅路に向かう。

 早送りされ、3日後再び赤城山。

 老山伏は、若い山伏二人と落ち合う。

 若い山伏の一人の横に、別の人物が居た。

 恐らく10代半ばと思われる美少女。

 少女は丈の短い派手な鈴文柄の着物を身に纏い、頭には鈴簪すずかんざししていた。

 なぜか後ろ手にされ、縄で縛られている。

 鋤や鍬を持っていた連中が、今日はいない。

 四人はゆっくり山を登り始める。


 草紅葉が黄金色に染める山道を四人は歩く。

 少女は幾度となく足を止めるが、縄を持った山伏に歩くように促される。

 暫くして草むらから湖が現れた。

 周りの秋化粧の山々が、湖の端に写り込み、赤く映える。


 山伏は湖に少女を近づけようとするが、頑なに拒絶された。

 必死に抵抗する少女に対し、若い山伏は苛立ちを抑えきれず、持っていた錫杖で殴りつけようとする。

 暴力で無理矢理従わせようとしたようだが――

 振り上げた錫杖の柄が、硬いはずなのに真ん中からグニャと曲がった。

 曲がったのは錫杖だけでは無い。

 錫杖を持っていた若い山伏の四肢が有らぬ方向に曲がっていた。

 山伏はそのまま倒れ、もんどりを打つ。

 そして手足は更にグニャグニャとネジ曲がっていく。

 白目を剥き、叫喚する顔が痛々しい。

 その様子を少女は鼻で笑いながら見ていた。

 苦しむ仲間を見て居たたまれなかったのか、もう一人の若い山伏が苦しむ方の山伏の首をねて介錯をした。

 若い山伏が持っていた錫杖は、仕込み刀に成っていたようだ。

 首が転がり、大量の血が草むらを赤く染める。

 山伏はその血糊の付いた刃先を、少女に向けた。

 だが、その刀も徐々に曲がり出す。

 少女は眉間に皺を寄せながら、ほくそ笑むが――

 突然少女の体が炎に包まれた。

 後ろにいた老山伏が印を結びながら、何か呪文を唱えている。

 少女が怯んだ瞬間、若い山伏は少女を袈裟懸けにした。

 少女の胸から鮮血が吹き上げ、口からも吐血する。

 少女は血と炎で全身を赤く染めながら、湖の方にヨロヨロと向かう。

 最後に山伏達をもの凄い形相で睨み付けると、炎をかき消すかのように湖に身を投げた。

 少女の姿はすぐに見えなくなり、やがて紅葉とは違う、別の赤い物が湖の底から水面みなもを染める……


 ▶ ▶ ▶



「エッグッ!何度見てもこのシーンはエグいわぁ」


 ジュエリは怪訝そうな顔を作り、目を開けて再び考え込む。


「これがさっぱり分からないわぁ。何でこの子は殺されたの?明らかにこの子も超能力者よね。仲間割れ?ひょっとしてこの子が埋蔵金を盗んだ?」


 ジュエリは再び目を閉じ、続きを見る。



 ◀ ◀ ◀


 辺りに霧が立ち込める。

 老山伏は湖の方に向き、結んでいた印を変えながら、更に呪文を唱えた。

 沢山の大百足が湖の中から現れるも、老山伏は次々と焼き尽くしていく。

 湖の中央から水が持ち上がる。

 次に現れたのは蛇の形をした水だ。

 鎌首を持ち上げたような水の蛇は、岸の山伏達を睨んでいるようにも見える。

 老山伏が憤怒の形相で印を結ぶ速度を速め、怒鳴るように呪文を発する。

 水面に炎が上がった。

 だが水の蛇が首を降ると、たちまち炎は消え去る。

 必死で呪文を唱える山伏達の顔に、赤い血の筋が走る。

 氷のやいばだ。

 山伏二人の服や肌が、切り裂かれて行く。

 二人はそれを耐えながら呪文を唱え続ける。

 水の蛇と山伏達の間には、何か見えない大きなオーラがぶつかり合っているようにも思えた。

 一時間位この攻防は続いたが、時間が経つにつれて老山伏の顔は青褪あおざめて行き、ついに力尽きて後ろ向きに倒れた。

 気絶した老山伏を若い山伏がフラフラに成りながらも抱え上げ、その場を逃げるように退散する。

 山伏が去ると、水の蛇は水中に沈み、やがて霧が晴れる。

 湖と辺りは、元の静かで穏やかな姿を取り戻す……


 ▶ ▶ ▶



「結局埋蔵金を埋めた様子が無いわぁ。テレポートで湖の底に沈めたの?」


 ジュエリはパストビューで湖の中も調べたが、何も見つから無かった。


「そもそも水蛇は天狗さんの魔法じゃ無いわぁ。埋蔵金を守る為の魔法じゃ無かったんだわぁ……」


 ジュエリは山伏のその後も覗き見た。

 老山伏は闘いの疲労が癒えずに寝たきりと成り、三ヶ月後に息を引き取る。

 残された若い山伏も、老山伏の後を追うように自害をしてしまう。

 山伏達の歴を見た。

 密教か忍術かは分からないが、山でかなりの修行を積んだ手練の術者だった事は間違い無いようだ。


 鈴簪すずかんざしの少女の歴も見た。

 どうやら彼女は手妻てづまを見せる、大道芸人だったようだ。

 ただ、その奇術は本物の超能力である。

 鈴簪の少女は武家の出身では有ったが、特に幕府や山伏達と繋がりは無かったようだ。

 だが、一つ気に成る事が有った。


 それは――


 鈴簪の少女が産まれた年から、事件の日までの季節を数えた。


 十六歳だった。


【十六歳の少女は湖に引きずりこまれ、蛇神に成る】


 ジュエリはガイトの言った、伝説の事を思い返していた。


「まさか、あの水蛇は鈴の子の怨念?死んで蛇に成って復讐したの?」


 テュル、テュル、テュー――♪


 流行りの曲の電子音が鳴った。

 ジュエリのスマホの着信音だ。


「オッハッ!どうだった?」


 ジュエリは送信者を確認もせず、スマホの画面を見ながら電話に出る。

 どうやらテレビ電話のようだ。


「そう。アナタ達が近づいて発動しないなら、やっぱり結界は【十六歳の超能力少女が水場に入る】が、発動条件のようね。それで、どう?コンタクトは取れたの?……ふーん、そう。で?……?何よそれ?――」


 テレビ電話の相手との話は、暫く続いた。

 何かを打ち合わせてから、ジュエリはゆっくり通話を切る。


「何で十六歳何だろ?そして肝心の埋蔵金は何処よ!んー、なんにも分かんないわぁ。あーイライラするー!」


 ジュエリは気分を変える為に、制服に着替えて外に出る。

 外に出ると玄関前で、立山初衣がボールを持って立っていた。


「ジュエリおねぇちゃーん!公園行こぉー!」


 初衣は屈託の無い笑顔で言ってきた。


「仕方ないわねー。じゃあ行きましょう!」


 二人は何時いつもの近くの公園まで、手を繋いで歩いて行く。


 ジュエリは歩きながら色々考えていた。

 特にさっき、久しぶりに鳴ったスマホの着信音の事に、思いを巡らせる――











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