第14話 魂造
スリングショットのゴムはこれ以上ないぐらいに引かれていた。
「さて、何が出て来るでおざるか……」
「鬼が出るか……ジャガー出るか……」
「[蛇が出るか]だよ!ジャガー出ねえよ!ここ、アメリカかよッ!!」
「肉ジャガの事を言ってんのよッ!!」
「肉ジャガ出ても怖くねーよ!てかっ、そんな事どうでもいいよ!ねーチャン、早く逃げようよー!」
「五月蝿いわね!黙ってカメラ回しなさい」
「カメラも携帯も動かないんだよ!!かなりヤバいんだってッ!!」
まるでドライアイスを入れたかのように、血の池の表面は白い
だが水中に潜む何物かに、池が赤く染められているのだけは確認出来た。
その赤い物が水面に何かを出した。
「何?あの尖ったヤツ?まるで収穫忘れて育ちすぎちゃった、特大ヤングコーンみたいだわぁ!」
「それもうトウモロコシでいいジャン!アレはたぶん触角だよ。でも、今の地球上であんな大きい触角を持った生物はいないはず。伊勢エビの触角よりもデカい」
触角は水面から何本も、何本も突き出てくる。
気味が悪いぐらいに小刻みに動きながら。
そしてゆっくりと水中の物が、池の中から半身だけを上げた。
その姿は――
「いやああああぁぁぁ!!今度こそ百足さんなのぉー!!」
確かに
顔の形や大きさは、現存する百足とはかなり
唯でさえ異形とも言える顔が不気味なのに、鮮血のように赤い背中が更に
そいつが十数匹、池の中に潜んでいる。
「キッショ!デッカッ!エッグッ!何よ、アレッ!フサ付マフラー位あるじゃない!絶対首に巻きたく無いけど」
「いや、2メートルは有るでおざるよ。あんなのに噛まれたら人生終了でおざる」
そう言いながらサルマーロはスリングショットの一撃を一匹の百足に与えた。
スチール弾は見事に百足の額を貫いたが……
「ビクともしないでおざる。ジュリヤ殿!百足の弱点は何処でおざるか?」
「頭ですが完全に潰しても神経節が体中に有るから、動きは止まらないです。狙うなら一番危険な毒の有る部分、
「サンキューでおざる」
サルマーロは素早い動きで連射した。
弾は見事に二本の顎肢を粉砕する。
撃たれた百足は流石にのたうち回った。
「やるじゃない。じゃあ私も、エイッ!」
ジュエリも満を持して百足用殺虫剤を近づく百足に大量に撒いたのだが――
「あら?ビクともしないわぁ。使い方間違ってるのかしら?えーと、お子様の手の届かない、涼しい所に保管して下さい――」
眼前に迫る百足を尻目に、ジュエリは使用上の注意を読み始めた。
「ジュエリンちゃーん!!本物の百足さんじゃ無いのぉー!造り物なのぉー」
「どういう事?」
「危ない!!ねーチャン!!」
後ろを振り向いていたジュエリに、一匹の百足が襲いかかった。
既の所でジュリヤが手を引っ張り、池から引き上げて助ける。
ジュエリは引き上げられながら、その百足を強力な蹴りで弾き飛ばした。
「もう、ねーチャン!靴グショグショじゃないか!そんなんで走って逃げれるのかよ!」
「逃げる気ないわぁ。アイツら全部駆除して埋蔵金をいただくわぁ」
「ねーチャン、現状理解出来てる?相手は街の不良や害獣じゃ無いんだよ。祟りとか霊的な何かだよ」
「でも物理的攻撃は効くみたいよ。ホラッ!」
サルマーロはスリングショットの攻撃を面白いように決め、百足は次々に牙を砕かれていく。
だが……
「まずいでおざる……」
「どうしたの?」
「復活してるでおざる」
「へっ?」
確かに百足は牙を粉砕された。
しかし粉砕された顎の辺りから、ニョキニョキと新しい牙が
殆んどの百足の牙は元通りに生え揃っていた。
「腹立つわぁ。こう成ったら完全に頭を蹴り潰してやるわぁ」
「マロも散弾銃のように撃ち潰してやるでおざる」
「オイッ!無理だ!!コッチに来い!!」
ガイトが幾ら叫んでも、ジュエリとサルマーロは引く様子が無い。
「クソ!アイツらコッチに引きずり上げてやる!!」
そう言ってガイトが動いた時――
「グワッ!!」
「ガイトさん!!」
ガイトは突然叫びを上げ、足を押さえながら膝を突いた。
左足から出血している。
かなりの深手だ。
「大丈夫なのぉー?ガイトさん!」
「クッソー……こんなの聞いてねーぞ、イッテェー……」
ガイトはバッグから消毒液と三角巾を取り出し、自ら自分の足を治療する。
「何?オッサンの所にまで百足行って無いでしょ?どうして怪我したの?」
「ねーチャン気をつけて!見えない剃刀みたいなのが、空中から攻撃してくる。トンボがバラバラに成ったのもその剃刀のせいだ!」
「見えない剃刀……透明の弾……」
ジュエリは先日の喫茶店の事を思い返していた。
「ガイト殿。その怪我では血が止まるまで動かない方がいいでおざる。そこで黙って戦況を見守って欲しいでおざる」
「俺を置いてでも逃げろ!!相手は化け物だ!分からないのか!イテテ――」
「動いちゃ駄目なのぉー」
「りゃ、りゃむ子ちゃんだったけ?悪いが君だけでも逃げて誰か人を読んで来てくれ。山岳警備隊が近くにいるはずだ。この霧のせいか分からんが、携帯も無線も繋がらないんだよ」
「おそらくこの霧の外に出たら戻って来れないのぉー」
「ん?何故だ?何故、そんな事がわかる?」
「この場所は今、呪力結界に成ってるのぉー。異空間なのぉー。外からこの場所には誰も来れないのぉー。アタシは分かるのぉー……」
「そうか……霊感の強い子だと思っていたが、君もか……」
らゃむらゃむは意を決したような面持ちで、カラフルなサイドポーチから何かを取り出そうとしていた……
「ちょっとー!コイツら私ばっかり狙って来てない?ひょっとして♂?」
百足達はサルマーロの一撃で足止めされてはいるが、明らかにジュエリにの方に向かっていた。
「やばいでおざる。弾がもう尽きるでおざる。ウギギ、ならば奥の手を――」
「サルマーロさん、とりあえず小石集めておきました」
ジュリヤがサルマーロに、袋に入った小石を渡した。
「おお!気が利くでおざる。マロの弟とはデキが違うでおざる」
サルマーロが足止めし損ねた百足を、ジュエリは頭を狙ってハイキックを入れる。
蹴られた百足は螺旋状に渦を巻きながら、のたうち回った。
「クッソッ!死なないわねー」
「百足さん達に命は無いのぉー。多分この百足さんは、生物の死体や枯れ葉とかを集めて造られ、それに呪力で魂を入れられた物なのぉー」
「えっ?」
いつの間にかジュエリのすぐ後ろに、らゃむらゃむが立っていた。
「百足さんも、この霧の結界も、呪術者の呪力。その呪術者が生きてるか死んでいるか分かんないけど、トップクラスの呪術者なのぉー」
「だから何でアンタに分かるの?厨ニ病?」
「
「ユム?」
「アタシの名前なのぉー。本当は見せたらいけないんだけど、致し方無いのぉー」
らゃむらゃむこと
小瓶の中身はシアン、マゼンタ、イエロー、ブラック、そしてホワイトの色粉。
その五色の色粉を空中に撒きだした。
煙のように舞う空中の色粉を、彼女は両手で
「〈
まるで万華鏡のように、形や色彩を変えながら、円形に回っていた。
「何、アレ?」
目を凝らして見ると、空中に舞う色粉が何かを
それは人型だった。
全体がグレーに染まっていく。
顔の部分に目や口が出来てくる。
手には指が、足には靴が、体には衣装が。
首にピンクのモフモフが巻かれる。
頭に角と耳が出来上がった。
「らゃむらゃむだ……」
Vチューバキャラクター【らゃむらゃむ】が、キャンバスの無い空中に描かれた。
そして――
「動いたー!!」
立っていた空中の絵が、急にペタンと座り込んだ。
「キッショ!どうなってんの?何で空中にアニメ映像が流れるの?」
「アタシは描いた創造物に魂を造り込めるのぉー。つまり絵を動かす超能力が有るのぉー。配信している、らゃむらゃむのCG動画は、モーションキャプチャーとかを使って無いのぉー。CG画像もアタシの能力で動かしてるのぉー」
バーチャルキャラらゃむらゃむは、空中で割座状態のままキョトンとしていた。
しっかり瞬きもしている。
まるで3Dホログラムのようだ
「らゃむらゃむ!突撃なのぉー」
主人に言われ、らゃむらゃむは飛び上がると、空中を笑顔で走りながら百足の群れに向かって行った。
「アンタ何者なの?」
「アタシは内京大学サイキック研究会のメンバーなのぉー。らゃむらゃむの動画配信は、この能力の事を秘密にしながら実験でやってるのぉー。今回、埋蔵金発掘企画の事を知って『ジュエリちゃんにお近づきに成っといで』と、部長に言われて企画に参加したのぉー」
「あー!メールはアンタ達からだったのね」
アニイズム。
古来より日本には『万物に魂(アニマ)は宿る』という考えが有り、これは神道の八百万の神にも繋がっている。
故に日本人は、生命の無い物にも愛着を感じ、創造で意思を与えたり、動かしたくなる人が大人に成っても多い。
文字通りのアニメーション(魂を与えて動かす)は勿論、浄瑠璃、からくり人形、漫画、CPゲーム、ロボット、ボカロなど、時代が変わっても命無い物に魂を造って与える独特の文化を保っている。
彼女、
「見て、ねーチャン!百足が!」
グロテスクな百足の群の上空に、場違いな萌キャラが浮かんでいる。
百足達はその萌キャラに飛び上がって襲おうとするが、届かない。
萌キャラは、百足達にあっかんべーをしたり、お尻を降ったりと挑発する。
「何でアイツら、私からアニメにターゲット変えたの?」
「恐らく百足さんは念を感じ取り、より念の強い方に向かって襲うんだと思うのぉー。超能力を使って無い状態のジュエリちゃんより、今はらゃむらゃむの方が念が強いのぉー。もしかしたらこの呪力は、超能力を持った女性がこの場所に来たら発動し、百足さんは、その女性を優先して襲うように成ってるのかも知れないのぉー」
「朝、オッサンが言ってた十六歳の女が山に登ると、湖に引きずり込まれるって奴?」
「関係有るかも知れないのぉー。それより早くジュエリンちゃん達は霧の外に出るのぉー。アタシが足止めしておくのぉー」
ユムは手を前に翳し、らゃむらゃむを操っているようにも見える。
顔と声は余裕そうに見えるが、足がガクガク震えていた。
「アンタ!一人で百足達を相手にする気?」
「……アタシの力は戦闘向きじゃ無いから、足止めが精一杯なのぉー。霧の外に出たら研究会のメンバーに連絡して、援護を呼んで欲しいのぉー」
「ユムさん!全員で走って霧の外に出ましょう!」
「百足さんのスピードが上がってるのぉー!逃げようと気を緩めたら、ジュエリちゃんが襲われるのぉー」
「アンタ!その力は何分持つの?」
「さ、30分位……」
「30分?今から仲間呼んで、間に合うわけ無いでしょ!力尽きたら百足は超能力者のアナタを襲うわね。そしたら百足の餌よ。アハハハ――」
「ふぇえーん!百足さん嫌いなのぉー!!」
「オッサン!血は止まった?」
「あ、ああ……」
「ジュリヤをお願い!私とアニメ女で百足は何とかするわぁ。アナタ達は外からこの魔法を解く方法を考えて」
「……分かった。俺もソッチ系の知り合いが居る。連絡して、策がないか聞いてみる」
「ジュエリンちゃん!逃げないのぉー?」
「そんな生まれたての
「
「執事に命令よ!霧の外に背の高い男が居ると思うから、ソイツに助けを求めてらっしゃい。何とかしてくれると思うわぁ」
「妨害念波を出してた人?けど、会った事も無いし――」
「お願い。アナタなら出来る。頼りにしてるわぁ、弟者」
「……分かったよ姉者。その人見つけて外から必ず助け出す。だから、ちょっとだけ待ってて」
「オッケッ!私達兄弟が本気に成ったらどんなに怖いか、このクッソッ百足に見せつけてやりましょう!」
姉弟は口角を上げながら、力強くグータッチを交わした。
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