第13話 幻の池
まるで別世界に誘うような木々のトンネルを抜けると、その池は静かに姿を現す。
池の前に立てられた看板にはこう書かれていた。
『昔、赤城の原に老夫婦と美人の娘が住んでおりました。娘は多くの男に言い寄られるので、それをいやがり【この空地に井戸を掘り、もし水が出たら嫁になりましょう】と、言いました。ある男が毎日休まず掘った所、ついに水が出ると分かった時、娘は急死し、その血が井戸に入りました。そこを血の池というように――』
看板を読んでたジュエリは、ウンウンと頷いていた。
「血反吐を吐いて死ぬぐらい結婚したく無かったのね。井戸掘り男がよっぽどブ男だったんだわぁ」
「おい!何で俺の方を
「その通りだけど、気にしないでいいわぁ」
「気にするに決まってるだろ!」
ガイトは怒りながら池の写真を撮っていた。
看板の下には池が赤く染まる本当の理由も書いて有り、それをジュリヤはビデオを回しながら読む。
「ミジンコが原因なんですね。赤潮もプランクトンが原因だと聞いた事が有ります」
「血の池は元々小さな火口だ。雨季や長雨の時にだけ、カルデラの凹みに水が溜まって池に成る。ミジンコで赤く染まる現象は、よっぽど長く雨水が溜まっていないと見れない幻の現象だよ。残念だが今日は赤く無いな」
「ココ、普段はお水が無いのぉー?」
「ああ、渇水期のココは原っぱだ。看板に書いて有るような井戸は無い」
「そうか!私がパスって視た時は、水の無い原っぱの時だったんだわぁ」
「でも何で水溜りなのに『掘った所から水が出た』って、看板には書いて有るんですかね?それに結婚を嫌がっての自殺なら納得いくけど、『急死』だとなんか心臓麻痺とかで突然死んだ風にも思えますよね」
「伝説だからココを掘るなという
「掘ると娘の死体が出てくるんだわぁ」
「ガクブルな事を言わないのぉー」
「オイ!サルマーロ!上がって来い!遊泳禁止だ!!」
サルマーロはズボンの裾を捲り上げた格好で、膝下ぐらいまで池の中に浸かっていた。
どうやら防水カメラとモニターで、池の中を覗いているようだ。
「この下に埋蔵金が眠っている可能性が有るでおざる。ちょっと調べるでおざるよ」
「その水位じゃ無理だ!深い所は1メートル以上あるぞ!第一血の池は観光名所だ。発掘の許可が下りるわけがない」
サルマーロとガイトのやり取りを聞いて何か閃いたのか、らゃむらゃむはポンッと手を叩いた。
「なるほどなのぉー!渇水期以外は天然の水蓋が出来るから、お池の底に埋蔵金を埋めたら中々見つからないのぉー」
「そうでおざる。絶好の隠し場所でおざる。らゃむらゃむ殿は頭が良いでおざる」
「そーなのぉー。らゃむらゃむは、こー見えても内京大学なのぉー」
「アンタ内京大学の学生なの?」
「しまった!ないしょだったのぉー……」
「へぇー、見た目アホそうなのにねぇ」
「世の中、天才のお馬鹿さんは沢山いるのぉー」
池の中を歩き回るサルマーロが何かを思い付いたか、看板の後ろで黙って立っているジローマロに向かって叫んだ。
「ジローマロ!車から水中ドローンを持って来て欲しいでおざる!」
言われてジローマロは足早に来た道を戻る。
「諦めの悪い奴だな。埋蔵金探しなんか止めてハイキングを堪能した方が面白いのに」
「アンタ何しに来たの?」
ジュエリは呆れ顔で聞いたが、ガイトは気にする風も無くニヤッと笑った。
「悪いが俺は埋蔵金には興味が無い。ただ案内役を引き受けただけだ」
「ダッルッ!そんな真剣味の無い奴と一緒に組みたく無いわぁ。コッチは命が掛かってるのに――」
「命?」
「何でも無いわぁ。それより長時間マスクしていると息苦しいわぁ。サルマーロ!素顔は取らないでね」
ジュエリは朝からずっとマスクをしていた。
彼女はここなら
「ヒュー!これはお美しいでおざる」
「ほう。確かにべっぴんさんだ。正直マスク詐欺だと思ってたよ。10代の俺なら惚れてたな」
「キッショ!発言が、セクハラオヤジだわぁ!」
「ガイトさん、見た目に騙されないで下さい。姉は黒いダイヤと言われるオオクワガタを、まるで虫ケラのように平気で殺すサイコパスですよ」
「クワガタは虫ケラだと思うが……」
「聞こえてるわよ、ジュリヤ!言っとくけど私は『イヤーン、怖いー』って、泣きながら虫さん達を殺虫してるんだからね」
「俺の姉がそんなに可愛いわけがない。あっ!ねーチャン、トンボ!」
ジュエリの帽子のツバに一匹の赤トンボが止まった。
「あん?何この赤ゴキブリ!まさか私に噛み付く気なの?面白いじゃない――いい物食らわしてやるわぁ!」
ジュエリはトンボを帽子から振り払うと、リュックから殺虫剤を取り出した。
そして逃げるトンボを追いかける。
「クッソッ!待ちなさい!」
「ねーチャン!『イヤーン、怖い』は?」
「イヤーン、怖いぃぃー……ので、ぶっ殺すわぁ!!」
「ねーチャン!足元見ないと!足っ!池に突っ込んでるから!」
相変わらず池の中を探索するサルマーロの横を、ジュエリはトンボを追いながら走り抜ける。
「ジュエリン殿!遊んでないで一緒に手掛かりを探して欲しいでおざる!」
「イッヤッ!娘の死体が出てくるかもしれないのよ!グロいわぁ。あんた金持ちなんでしょ?ここの土地買い取って、ショベルカー使えばいいじゃない!」
「そういえば夏なのに赤トンボさんがいるのぉー」
よく見ると上空には数匹の赤トンボが飛んでいた。
「アキアカネは暑さに弱いから、夏の間は涼しい山に居るんですよ。気温が下がったら平地に降りるそうです」
「ほう。君は中学生だろ?随分色々と虫に詳しいな」
「ちっちゃい時からの昆虫好きです。でも、ねーチャンが虫嫌いだから中々飼えないんですけどね」
「きゃあああぁぁ!百足さんなのぉー!」
急にらゃむらゃむが叫んで隣のジュリヤに抱きついた。
ジュリヤはらゃむらゃむが視線を送る熊笹の上を覗く。
「違いますよ、らゃむらゃむさん。よく見て下さい。これ、トンボですよ……ん?何でこのトンボ、
笹の上の赤トンボには翅が無く、飛び上がろうとしても出来ずに
「ジュリヤ君。どうした左手?ススキの葉で切ったのか?」
「えっ?」
見るとジュリヤの左手の甲が浅く切れており、薄っすら赤いスジが入っていた。
「あれ?いつの間に切ったんだろ?気づかなかった…」
「イツッ!」
「どうしました、ガイトさん?あっ!」
ガイトの頬に剃刀で切ったかのような切り傷が出来ており、血が滲んでいた。
「ヤダー!!らゃむらゃむもなのぉー」
「何処が切れました!らゃむらゃむさん!」
「ジャージさんが切り裂かれてるのぉー!」
らゃむらゃむのジャージの腰から太腿にかけて、まるでスリットのような切れ目が入っていた。
「何ですか、これ?カマイタチですか?」
「風が吹いてない……カマイタチなら強い風が吹いてる筈だ」
「じゃあ僕達やトンボは、何に切られたんですか?」
「ねぇ……アレ見て欲しいのぉー……」
らゃむらゃむが正面の池を指した。
いつの間にか辺りは霧に包まれ、空も池も白く
十メートル先の草木は、もう殆んど見えない。
「やばいな……ただの濃霧じゃないぞ、コレは――」
「凄い寒気を感じるのぉー。コレは強大な呪力なのぉー」
「ど、どういう事です?」
ガイト、らゃむらゃむ、ジュリヤの数メートル前で、池に足を浸しながら会話をしていたジュエリとサルマーロも異変に気付いていた。
「何コレ?雨?」
池の
正体は雨では無い。
トンボだった……
翅の無いトンボ。
頭の無いトンボ。
胴体が無いトンボ。
無残にも細切れにされた赤トンボが、ポトリポトリと上から堕ちてきて、水面に波紋を作っている。
それはまるで血の雫が、天空から垂れてくるようにも見えた……
「ウッソッ!この殺虫剤、効きすぎ!」
「ウキ?ジュエリン殿。どう見ても殺虫剤の威力では無いでおざるよ」
サルマーロは人懐っこい顔を崩し、ズボンのポケットからスリングショットとスチール弾を取り出した。
辺りに緊張が走る。
ふと、水面で藻掻いていた一個のトンボの半死骸が、水中に引きずられるように消えた。
いや、一個だけでは無い。
細切れにされたトンボの半死骸は、次々と水中に消えていく。
「水中に何か居るわぁ。魚?」
「この池に魚はいないでおざる。ジュエリン殿、ゆっくり
サルマーロはスリングショットを水面に向けて構えていた。
「二人とも早く其処から離れろー!逃げるぞー!」
「ジュリヤ君!早くもと来た道に戻るのぉー!」
「待って!ねーチャンが!!」
明らかに水中には、複数の何かが潜んでいる。
「ねーチャン!!早く、コッチに!!ソイツらは――」
「ふーん。面白いアトラクションだわぁ。何かファンタジーゲームみたいな展開ね」
「そうでおざるね。きっとココをクリアすれば大量のコインをゲット出来るでおざるよ」
ジュエリはポケットからマスクを取り出し、再び顔を覆った。
「ジュリヤ!!しっかりカメラを回しなさい!!ミリオン超え間違い無しよ!!」
水中に潜むものは次々と数を増し、池をどんどん赤く染めて行く……
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