第12話 赤き山

 オーギィーオーギィーキキキキキキ――


 独特な声がその場に鳴り響く。



「これ何の声?赤ちゃん?動物?」


「エゾハルゼミだね。この辺りにもいるんだ」


「鳴きゴキブリか……」


「蝉はゴキブリじゃ無い!!」


 緑に囲まれた駐車場に六人は降り立っていた。


「みんな!鈴は持ってるか?熊が出るかも知れないぞ。あと、登山者とすれ違ったら挨拶するのがマナーだ。おいッ!お前、どこ行く!戻って来い!」


 ガイトが注意事項を言っている間に、ジュエリはいきなり走って林の中に消えて行った。

 全員呆気に取られていたが、やがてジュエリは何かを抱えて戻ってきた。


「ねえねえ、どれが松茸?」


 抱えていたのは色んなキノコだった。


「どれも食べられないキノコだ。だいたい松茸の時期じゃ無いし、この辺りでは取れん」


「ザッコッ!使えない山だわぁ」


 ジュエリはその場にキノコを放り投げた。


「赤城山の神様ー!!姉が失礼な事言って申し訳御座いませーん!後で注意しときまーす!」



 赤城山。

 一言で赤城山と言っても、一つの峰を指す言葉では無く、カルデラ湖の大沼を中心に、黒檜山や駒ケ岳など、カルデラを取り囲んだ複数の峰々の総称である。

 その裾野の広さは直径20kmから30kmとも言われ、富士山に次いで日本では2番目に広い。

 故に赤城山に埋めた物を探せと言っても、どこから手をつければ良いかわからず、途方に暮れてしまう。

 一行はとりあえずサルマーロの発案で、余り探索されて無いであろう南側から責める事にした。

 車を中腹に有る小さな駐車場の一つに停め、ジュエリにパストビューでだいたいの捜索地域を決めてもらう。



「オイッ!狩猟禁止だろッ!そんな物を持ち出すな!捕まるぞッ!」


 サルマーロはワゴンのラゲッジスペースからリュックを下ろすと、中からスリングショットを取り出し、ゴムの強度を確認していた。


「一応熊対策の護身用でおざる。大体こんな小さいのは玩具でおざるよ。ガイト殿はクソ真面目でおざるな」


「熊対策なら逆効果だ!そんなのでは熊を怒らせるだけだ!」


「大丈夫でおざる。マロは先祖譲りの名手でおざる。熊の急所をまともに撃ち抜いてみせるでおざるよ」


「お前ら本当に山をなめてるな!そして、お前!いい加減何か履け!」


 ジュエリは山に付いてもまだショートパンツのままだった。


「だって、まだ暑いんだもん。虫対策の方ならバッチリよ!ホラッ!いっぱい殺虫剤持って来たから。蚊用でしょ、ゴキ用でしょ、百足用にダニ用、これは脇の下用、あっ!違う、これは制汗スプレーだ」


 ジュエリは10本のスプレーをリュックから取り出して見せびらかした。


「どんだけ虫を殺す気だよ!!ねーチャン!!」


「呆れて物も言えん。やっぱり中止するべきだった」


 それぞれがカメラのチェックや登山の準備をしている時、急にジュエリがキョロキョロしだした。


「どうしたの、ねーチャン?」


「んー、誰かに見られてるような気配がしたんだけど……」


 辺りはジュエリ達の車以外にも数台の車が停まってはいたが、人影は全く無かった。


「気のせいじゃない?誰もいないよ。あれ?そういえば――」


 ジュリヤもカメラを回しながら周りを見渡していたが、有る事に気づいた。


 一人足りない。


 運転していたジローマロが、いつの間にか又もや消えていた。


「ジローマロさんはどこ行ったんですか?」


「ヤヤ?たぶん、お花摘みだと思うのぉー」


 車の中では一言も発せず、見た目のインパクトと違い、存在感の薄い男で有る。


「あいつは辺りを見廻りに行ったんだと思うでおざる。すぐ戻ってくるでおざるよ。気にしないでいいでおざる」


「じゃあ、そろそろ始めるわぁ。カメラ撮る人は準備してよ。あと誰か大きい地図貸して。買いそびれたの」


 サルマーロに大きな地図を借り、東西南北を確認してもらいながら地面に広げた。

 ジュエリは地図を見て、山や湖の位置などの全体図を、だいたい頭に入れておく。

 そして首から懐中時計を外した。


「〈パストビュー〉」


 __パチィンッ!!


 小気味よい金属音が響いた。

 ジュエリは時計盤を眺め、針が逆回転するイメージを浮かべる。

 頭の中の針は高速でどんどん逆回転していき、映像をしっかり視る為に目を瞑った。



 ◀ ◀ ◀


 上空から見た赤城山周辺の映像。

 既にアスファルトで舗装された道路や、電信柱などは見当たらない。

 茅葺屋根の建物が少し見えるが、ほぼ大自然一色の景色である。

 太陽が東に沈み、映像はどんどん逆回転していく。

 夜と朝を繰り返し、山は四季折々に化粧替えしていった。


 ▶ ▶ ▶



「うわッーーー!!星空チョー綺麗!!何これーーー!?マジ、ヤバいんだけど」


「ウンウン。分かる、分かる。今も綺麗だが、昔は空が汚れてなかった分、もっと綺麗だったろうな――」


「エッモッ!!何、この一面真っ赤な光景!!チョー絶景だわぁー」 


「そうだろー。秋の赤城山は別格だからなー。【赤き山】の由来は紅葉であかく染め上げられるから、という説も有るんだ」


「うるさいわねー!黙っててよ!集中できないわぁ!」


「そいつはスマン……」


 ガイトは拗ねるように口を閉ざした。


「んとに、何で私しか視てない景色を偉そうに解説するのよ。さっきからゴトクを並べるだけで役に立たないくせに――」


「[御託ごたくを並べる]だよ!五徳ごとく並べて大量にお茶でも沸かすのかよ」 


 ジュエリは集中しながら、ゆっくり赤城山の南側を中心に観察しだした。


「案外山登りする人多いわぁ。あっ、みんな神社に御参りに行ってるのね」


「山岳信仰が盛んだった時代でおざる。人目に付かないよう金塊を埋めるなら、細い街道から行ったと思うでおざる」


 暫くして何やら変わった集団が屯っている場所を発見した。


「ねえ!天狗みたいな格好した人達が、3人居るんだけど……なんかお経読んでるわぁ」


「山伏だろ。気にするな」


「その人達の周りにさあ、畑仕事で使う――ワクだっけ?土を掘るやつ」


「クワ?」


「そう、ソッレッ!それを持った人らがいっぱい立ってるわぁ」



 ◀ ◀ ◀


 くわすきを持った集団は、少し拓けた場所に3人の山伏を取り囲んで立っていた。

 山伏3人のうちの1人、白い髭の年配者が巻物を広げて何かを唱えてるように見える。


 ▶ ▶ ▶



「それでおざる!山伏は幕府の隠密の可能性が有るでおざる。発見されないよう、埋める前に祈りの儀式をしてるのかも知れないでおざる!」


「ん?あれ?」


「どうしたでおざる?」


「えっ?何これ?」



 ◀ ◀ ◀


 鮮明だった映像が急にぐにゃりぐにゃりと曲がり出し、色彩が怪しくなってきた。

 人物は段々とグネリ始め、まるで妖怪のように成り、景色は全面真っ赤に染まる。

 まるで地獄絵図のようだ。

 そして映像は突然停止して別の画面が……


 白い背景の真ん中に数字だけが映る――


【404】


 ▶ ▶ ▶



「はあ?404?ウェブページが見つからないって事?アハハハハー、何これ?こんなの初めてー!」


「どういう事でおざる?」


「映像が途切れて視れなく成ったの。イミフだわぁ」


 ジュエリは仕方なく目を開けた。


「ひょっとしたら妨害念波ぼうがいねんぱなのぉー」


「ぼうがいねんぱ?」


 らゃむらゃむは顎に人差し指を当て、少し難しそうな顔をしながら喋った。


「テレパシーの一種で、念を使う超能力者に自分の念を送って邪魔をする力なのぉー。ジュエリちゃんの念は強力だから、これを邪魔するにはかなりの実力者で有る事と、絶対近距離にいないと無理なのぉー」


「えっ?じゃあ、近くに超能力者が居るってこと?」


「間違いないのぉー」


「てかっ、アンタ何でそんな事知ってんの?」


「えっ?あっ!ほらッ!らゃむらゃむは2次元の世界から来てるしー、動画で『魔法講座』やってるから、これ位は知ってて当然なのぉー」


「カメラ回って無い時までキャラ作らないで欲しいわぁ」


「ちょっと、ねーチャンいい?」


 ジュリヤは姉を手招きし、周りに聞こえないように耳元で囁く。


「ジローマロさん怪しくない?姿見えないし、あの人が妨害念波を送ってるんじゃないのかな?」


「あの運転手?馬鹿ね、あんな如何いかにも怪しげな奴は犯人じゃないわぁ。ほら!映画では怪しい奴はミスリードで、実は一番怪しくない奴が犯人ってパターンが多いでしょ……ん?!て、ことは犯人は――」


「犯人は?」


「ジュリヤ!アンタね!」


「まさかの俺?!流石姉者、この状況で実弟を疑うとは!恐れ入りやした」


「けど、企画発案者のサルマーロが邪魔するのはおかしいし、オッサンは硬物だから【404】なんてお茶目な発想出来ないだろうし……あッ!そッ!かッ!分かった!」


「誰?」


「アンタの知らない人。なるほどねー……アイツ、こっそり私を尾行して、近くに隠れてるんだわぁ。それでさっき視線を感じたんだ……」


 ジュエリは頭の中で、背の高いPSIGメンの姿を思い浮かべていた。


「ジュエリン殿!さっき見えてた場所は特定出来ないでおざるか?」


 サルマーロが焦るように聞いてきた。

 折角の手掛かりを失いたくないようだ。


「あっ!ちょっと待って!だいたい分かるわぁ」


 ジュエリは地図を見て、山伏達が立っていた場所を指そうとしたが――


「あれ?池だ?ウッソッ!水なんて無かったのにー!!」


「どこでおざる?」


「この【さらの池】って所」


「そこは【の池】でおざる」


「ええー!?ち、血の池!!本当だわぁ!【血】だったわぁ!何で血の池なのよ!?」


「血のように赤く染まるからでおざる。ここから近いでおざる。行ってみるでおざるか……」


 サルマーロが地図を終い、出発しようとした時に近くの茂みが揺れ、ジローマロが姿を現した。


「ジローマロさん、何処行ってたのぉー?」


 らゃむらゃむが不思議そうな顔で聞いた。


「ちょっと変な物が居たので、縛っておいた……」


 サングラスにマスク姿のジローマロの表情はさっぱり読めない。

 だが、声がどことなく笑っているように思えた。


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