第7話 サイキックディテクティブ

「ジュエリおねぇーちゃんー!」


 自宅に入ろうとしたジュエリの後方から声がした。

 聞き覚えの有る声に、ジュエリは笑顔で振り向いた。


「ウイちゃーんー!ん?アンタ誰?」


 立山初衣の横に薄いグレーのスーツを着た、見知らぬ男が立っていた。

 170センチを超えるジュエリより、頭半分大きい。

 軽いウェーブヘアのボサボサ頭。

 細くて大きな目が特長的で、一見真面目そうに見える。

 男は優しそうな笑顔で、ジュエリに身分証明書を見せながら挨拶した。


「初めまして。警視庁の谷口と言います。今日は先日の事件について聞き込み調査をしておりまして、こちらのウイさんにも貴女あなたの事をお伺いしておりました」


「そうなんだ。犯人は全員捕まった?」


「はい。その事何ですが……今、お時間はよろしいですか?」


「えー!今から警察行くのー?」


「あっ!いいえ。もし宜しければご自宅でお話しをしたいのですが」


「今、両親は留守よ」


「構いません。ジュエリさん本人にお伝えしたい事が有りますので」


 谷口と名乗る男は初衣を隣の立山家まで送ると、お辞儀をして小巻家に入って来た。

 ジュエリは谷口を居間に通すと、ソファに座るように促した。


「麦茶でいい?」


「あっ!どうぞ、お構いなく」


 ジュエリがキッチンに行ってる間に、谷口は鞄から封筒型のクラッチバッグを取り出していた。


 程なくジュエリが麦茶のペットボトルを持って戻ってくる。

 麦茶とコップを机の上に置きながらジュエリが聞いた。


「アイツら何者だったの?」


「いわゆる半グレグループですね。違法ドラッグや傷害に詐欺、色々余罪も有りましたので暫くは出て来れないでしょう。那智にも間もなく逮捕状が出ます」


「……那智って?」


「貴女が配信で言ったとおりです。那智カケルはそのグループの仲間でした」


「なんの事か分からないわぁ」


「隠さなくても大丈夫です。共有サイトでの動画配信の件は存じておりますし、今はご家族には伏せておきます。その為に御両親が居ない時間帯に来させていただきました」


 谷口は持っていたクラッチバッグの口を開け、中から書類の束を取り出す。


「これに目を通していただけますか」


「何これ?ちょーかんおぼまと――」


 ジュエリは谷口の向いに座り、手渡された書類の束を手にすると、一番上に置かれた紙に目をやった。

 そこには【超感覚的知覚者認定証】と書かれ、下段には【小巻樹愛梨】とジュエリの名前も記されている。


超感覚的知覚ちょうかんかくてきちかく。ESP(Extra Sensory Perception)の事です。貴女は国から超能力者と認められました。その合格証明書です」


「……私、こんな国家試験受けてないだけど」


「試験を受けなくても、無届でも、国が認めたら超能力者です。しかも貴女は1級超能力者と認められました。おめでとうございます」


「うそッ?!本当に?私、資格はそろばん3級と空手2級しか持ってないから嬉しいわぁ!いや、違うわぁ!いらない、いらない!勝手にこんなの作らないで欲しいわぁ」


「まぁ、そう言わずに全ての書類に目を通して下さい。分からない事があれば質問を受け付けますので。読んでいただいて納得いただければ、一番最後のページの所にサインをお願い致します」


 ジュエリはその30枚位の書類の束の一枚目を捲ってみた。


「何これ!?規約って!エスパーって、何か守らなけばならない約束事が有るの?!」


「はい。そうです。特別な力をお持ちなので、一般人とは違うルールが定められています。特に犯罪行為は通常より重い罰則ばっそくが課せられます」


「えっ?!あっ!いや、私、お風呂覗いてないわよ!アレはジョークよ!ジョーク!第一証拠ないでしょ!」


「そうですね。証拠は掴めません。その事に関しては、本人のモラルに任せるしかありません」


「そ、そうよね。私、常識人だから大丈夫だわぁ」


「ですが発表前のゲームの企画書を盗み見て、動画で公言するのは頂けませんね」


「あ、あれは偶然当たっただけだわぁ。マグレよマグレ」


「マグレで当てるには不可能な内容です。企業秘密を漏洩し、その企業に不利益を与えたなら、損害賠償を請求されても文句が言えませんよ」


「だから本当にマグレなのよ!あの配信はエスパーごっこしてるだけで、私、超能力なんか本当は持って無いの![鳩の豆鉄砲もかず撃ちゃ当たる]って言うでしょ?沢山デタラメ言ってたら偶々たまたま当たったのよ!もう、警察も子供の遊びに本気になっちゃって……いやだわぁ」


 ジュエリは急に早口に成り、谷口から目線を逸らした。

 内心かなり焦っているのが、誰の目からも明らかだった。


「まあ、いいでしょう。今回は初犯という事で目を瞑ります。その代わりに動画配信を続ける行為は止めてもらいたいですね」


「はぁ?何よ!アンタ、ただの刑事でしょ?そんな事を言う権限無いはずよ。偉そうに」


 そう言われて、谷口はニコリと爽やかな笑顔を見せた。


「失礼致しました。そうですね。でも、貴女の担当に成った以上、全力で説得させてもらいます」


「担当?何の話?」


「実は今から言う事は内密にしていただきたいのですが――」


 谷口は一旦天井を見つめてから語り始めた。


「実はわたくし、先程警視庁を名乗りましたが、本当は特別司法警察職員で有りまして、一般警察官とは違います。ある特別な部署に配属されており、仮の名で【PSIGメン】と、させていただきます」


かり?」


「本当の所属名は言えません。【谷口】って名前も偽名です。我々は国の安全を守る為に、公安警察とは又違った情報収集活動を行なっております」


「情報収集?スパイなの?」


「そうですね。わたくし共は主に超能力や霊能力などの超常現象による犯罪の防止対策、又は逆に、超能力による事件解決をも行なっております。サイキックディテクティブ(超能力捜査官)って、ご存知ですか?」


「いいえ」


「簡単に言えば超能力を使って捜査をする人の事です。外国でもサイキックディテクティブによる行方不明者の捜査や犯人の特定などを行っている事は有名です。ただ、どこの国も一緒ですが、この事はトップシークレットとされており、表向きは国も警察庁もその存在を認めてはおりません」


「へぇー、そうなんだ。やっぱり私以外でも超能力者は居るのね。あっ!だったらアナタも超能力者なわけ?」


「はい」


「ウッソッ!マジで?どんな超能力なの?!気になるわぁー!見せて、見せて!!」


「残念ですが、お見せする事も、どんな超能力なのかも、お教え出来ません」


「えーーー!ケッチッ!」


「ですが、わたくし共の仲間に成ればお教えします」


「仲間?」


「そうです。今日来た本当の目的はスカウトです」


「えっ?私にその秘密警察に成れってこと?嫌よ!公務員は給料安いんでしょ?!私、ユーチューバーに成るんだもん!」


「貴女は特例なので、初任給が月収百万以上有りますよ。退職金も破格です」


「ヤッスッ!私は月1億稼ぐつもりよ!若いうちにパッと遊んで使いたいから、退職金なんかに興味無いわぁ。ん?あれ?……待って!待って!待ってー!国が存在を否定してるのに、を寄越すなんておかしくない?」


 ジュエリは慌てて書類の束を読み漁りだした。


「ちょっとー!!これッ!私が秘密警察に成る契約書でしょー!?危うくサインするとこだったわぁー!!」


「バレましたか……」


 谷口は頭を掻きながら照れ笑いをした。


「騙されるとこだったわぁ!私がこういう規約書、面倒だから読まずにサインするタイプだと分かってやったわね。詐欺よ、詐欺!」


「最初に納得してからサインを下さいと、言いましたよ」


 谷口は笑いながら答えた。

 悪びれない爽やかな笑顔に、ジュエリも憎めない奴だと感じた。


「でも、これは貴女の為にお勧めします。未成年ですから御両親の許可も必要なので、今すぐとは言いません。学校を卒業されてからで結構です。とりあえず今、内定の形にしておけば、わたくし共は貴女を24時間お守り致します」


「守る?アンチの誹謗中傷から?大丈夫よ。私、メタルメンタルだから。それに私も弟もガチで強いし、少々の揉め事ぐらい――」


「相手が国際テロリストでもですか?」


「えっ?」


「このまま動画配信を続け、世界中に有名に成ったら恐らく国際テロリストや、世界的犯罪組織からの勧誘が来るでしょう。貴女が国家機密や、軍事機密を簡単に盗み見ることが出来るからです。貴女以上の諜報活動が出来る人間は、この世に存在しません」


「はあああ?勧誘?心配しなくてもテロリストに加担なんかしないわぁ!私、そこまで馬鹿じゃ無いわよ!」


「もし、勧誘を断われば貴女は殺されます。なにせテロリストにとっては、簡単にアジトを見つてしまう厄介な人間です。貴方が味方に成らないなら放って置くわけないです」


「…………」


「下手したらこの家に爆弾を仕掛けるかも知れませんよ。そうなれば貴女だけじゃ無い。家族も、先程の小さな女の子も、この辺り一帯が巻き添えに成ります」


「……要塞」


「えっ?」


「お城みたいな要塞を建てるわぁ!塀に爆弾避けバリヤを付けるの。屋上には迎撃ミサイルを装備して、地下には核シェルター。庭には番犬や野生のライオンを放し飼いにし、プールからは格闘ロボットが出てくるようにするわあ!ウイちゃんは可愛いから一緒に守ってあげるー」


「……素敵な発想ですね」


「その為にもミリオンユーチューバーに成って、億万長者に成るの!どお?」


「面白いですが、現実的には難しいでしょう」


「ふん!やってみるわよ!悪いけど私は絶対公務員には成らない。公務員って、上の人の命令を聞かないといけないんでしょ?私、人に使われるの嫌なの。だからユーチューバー目指すんだから」


「ですが――」


 言いかけて谷口は急に口を止め、再び天井を見つめた。


「どうしたの?天井にゴキブリいる?」


「あっ!いいえ。今日はこのあたりで帰ります。書類の方は全部読んで保管しといて下さい。できれば次回来るまでに、サインをしておいて貰えれば助かります」


「しないわぁ!」


 二人は立ち上がり、玄関に向かった。

 谷口は靴を履き、戸を開ける前にジュエリの方に向いて念を押した。


「本当にくれぐれも気を付けて下さい。既に貴女の事を知り、複数の組織が動いています。配信を止め、我々の元に来る事が最善の策だと、今一度申し上げときます」


「残念だけど無理だわぁ。性格的にも警察向いてないの。人助けなんかしたくない」


「又、説得に現れます。では失礼します」


「バイバイー」


 谷口が出ていき、ジュエリは玄関のドアノブに『ガチャ』っと音を立てて鍵を掛けた。

 居間に戻ろうと後ろを向いた時、再びドアノブが『ガチャガチャ』と音を立てる。

 すぐに扉は開き、弟のジュリヤが入って来た。


「あっ!ねーチャン。ただいまー」


「あら、ジュリヤ。アナタ今、背の高い男の人とすれ違わなかった?」


「えっ?いや?誰ともすれ違わなかったけど?誰か居たの?」


「そう……いや、何でも無いわぁ」


 ジュエリは首を傾げながら居間に戻り、先程の書類を手にしながら呟いた。


「ジュリヤの帰って来るタイミングが分かってたんだわぁ。予知能力かしら?……いやッ!ま、ま、まさかッ!?そんな!!」


 ジュエリは慌てて天井を見回しながら、後ろに居るジュリヤに聞いた。


「ジュリヤ!!って、何虫がお知らせに来るの?まさかゴキブリじゃ無いわよねッ?!」


「ジュリヤがそろそろ帰って来るよー」と、谷口に通告しているゴキブリの姿を、ジュエリは怯えながら想像していた。

 勿論谷口はそんな超能力など使ってはいない……

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