第6話 暴漢

「ねえ、ジュリヤ。気付いてた?」


「うん。やっぱりそうだよね。何者かな?」


 新しい配信用マイクを買った帰り道、姉弟は坂道をわざとゆっくり歩いていた。

 最寄り駅から自宅まで、真っ直ぐ進んであと五分。

 たが二人は、急に自宅とは違う方向に進路を変える。



「家電屋からつけてるわぁ。二人組みたい。もう一人は少し離れて尾行してるわね……」


「ねーチャンのファンなら、もっと早くに声を掛けて来るよね」


「自宅を知りたいのかも知れないわぁ。なら、このまま帰るのはマズイし……あっ!前の奴が走って回り込んだ。先回りして待ち伏せしてる。挟み撃ちにする気だわぁ」


「それ何分前の過去?」


「3分前。あっ!ほらっ、出て来た」


 姉弟の前方からペイズリー柄のシャツを着た、角刈りの男がやってくる。

 かなり体格が良い。

 そして二人の後ろからも、同じペイズリー柄のシャツを着た、口髭を生やした男が近づいている。


「あんたはその辻を右、私は左。2匹とも私の方に来るなら、一匹はお願いね」


「アンダースタンド!」


 姉弟は走り出し、すぐ前方の十字路を左右に別れた。

 前からの角刈り男はジュエリを追う。

 後からの口髭男もジュエリを追う。

 それを見てジュリヤはUターンをした。

 そしてジュリヤは、口髭男に接近しながら声を掛けた。


「お兄さん。姉に何か御用ですか?」


 口髭男は立ち止まり、振り向きざまにいきなり拳をあげてきた。

 ジュリヤは重心移動しながら両手でブロックするが、勢いで少し後退る。


「ちょっとー!いきなり大人が中学生にマジパンチですか?ひでぇーなー!」


 構わず口髭男は鋭い連打をジュリヤに浴びせた……



 ――――



 一方のジュエリは目を閉じたまま走っていた。


「ふーん……なるほーどねー……」


 目を開けると、いきなり立ち止まり、後ろを振り返る。


「ダッサッ!ブサ男がカルガモの子供みたいに美少女の後を追うなんて。ダサいにも程が有るわぁ!」


 後ろの角刈り男も、ニメートルの間合いで立ち止まった。


「テメー何者だ?」


「あんたが何者よ?!」


「どこで那智の情報を手に入れた?」


「あっ!あんた那智のお友達?なるほどねー。それでかー」


「ちょっと、ツラ貸せ」


「断ったら?」


「拉致るだけだ」


「やってみれば?」


 ふたりは殆んど構えずに睨み合った。

 背丈は同じ位。

 だが角刈り男の横幅は、ジュエリの倍ほど大きかった。


 角刈り男は思った。


(怯む様子が無い。この女は、男とも喧嘩慣れしている。こういう女は絶対に股間か、目を狙って攻撃してくる。プロテクターを着けてるので股間は大丈夫。顔面攻撃の方を躱して奴の髪の毛を掴んだらこっちのもの。引きずり倒して抑え込めば勝ちだ。流石に馬力では俺の方が上だろう)


 角刈り男が手を伸ばした時、ジュエリの足が上がる。


(見ろ!やっぱり股間を狙ってきた!)


 角刈り男は読み通りと思ったが――


「股間を蹴ると思った?」


「えっ?」


 次の瞬間ジュエリの掌底が、角刈り男の左胸下にカウンター気味に入った。


「グワッ!!」


 男は予期せぬ攻撃を、まともに食らってしまう。

 見るとジュエリは手に懐中時計を握りながら掌底を当てていた。

 角刈り男は苦しみながら後退る。


「アナタ3日前の喧嘩で肋骨にヒビが入ってたんでしょ。悪いけど、その近くを狙わしてもらったわぁ」


「な、何でその事知ってる?お前まさか、本当に――」


 言い終わる前に強烈なジュエリのハイキックが、角刈り男の顎横に見事に入る。

 勝敗はあっさり決した。

 角刈り男は悶絶して、やがて動かなく成った。



「ねーチャン!!」


「あらッ!ジュリヤ!大丈夫?!」


 倒れてる角刈り男の後から、ジュリヤが頬を抑えながら現れた。

 両手が所々赤く腫れている。


「ねーチャン!アイツ、ヤバいよ!ボコボコにされたよ!無茶苦茶強いよ!」


「それでアイツは?」


「何とか勝ったけど……」


 ジュリヤが指す後方に、口髭も気絶して倒れていた。


「大人とは言え、アナタが苦戦するなんて。コイツら相当強いわね」


「何者なの?」


「那智の仲間よ。私が配信で喋ったから復讐に来たんだわぁ」


「だったら他にも仲間いないかな?」


「そういえば駅下りた時、電話してた!」


 ジュエリは目を瞑り、辺りの過去を覗く。



 ◀ ◀ ◀


 街の様子が、三百メートル上空から映っている。

 近くの空き地前に、見慣れない車が2台止まっていた。

 ペイズリー柄の男が車から出てくる。

 全部で六人。

 

 ▶ ▶ ▶



「仲間がもう近くに来てるわぁ!こんな奴等が六人は、流石にキツイか……」


「どうする?ここからなら安達先生家が近いから、一旦匿ってもらう?」


「待って!この時間なら――」


 ジュエリは再び目を瞑り、辺りを覗く。


「居た!近くまで来てる。ムカつくけどアイツを利用しましょう!」


「ねーチャン!向こう!同じシャツ着た奴ら!」


 ジュリヤが指す方向に、3人のペイズリー柄のシャツを着た男達が見えた。

 仲間が倒れている事に気付き、走ってくる。


「ジュリヤ!こっち!」


 ジュエリとジュリヤが走った。

 走りながら角を曲がった途端、シルバー色の外車が見えた。

 運転席には眉間に皺を寄せた、オールバックの厳つい男が乗っている。

 運転席の男はジュエリ達に気付くと、車のスピードを緩め、パワーウィンドウを開けた。


「おぅ!!何走ってんだ?!トレーニングか?!」


「暴漢に追われてんのよ!!」


「何ッ?!」


 運転席の男、小巻こまき信二しんじは車を止めると、険しい顔で降りてきた。

 ジュエリ達二人は信二の後に回る。

 そこにペイズリー柄の男二人が追いついてきた。


「テメェら何だッ!!!俺の娘に――」


 __バキッ!

 __ドスッ!


「父さん!!」


 __ドサッ!!


 信二が何かを言い終わる前に、一瞬で倒れてしまった。

 追ってきた男二人が……


「しまったッ!『俺の娘に手を出すんじゃねえ』って、言う前に俺が手を出してしまった……」


「父さん駄目だよ!この人達、諦めて引き返そうとしてたのに……」


「先に手を出したから正当防衛にならないわね。暫く留置所で過ごせばいいわぁ」


「いやいや、お前を襲おうとしたんたろ?」


「ふん!」


 ジュエリはソッポを向くと同時に目を瞑った。



 ◀ ◀ ◀


 仲間を倒されたのを見て、追ってきたもう一人が慌てて残った仲間の所に走って行く。

 残った男達は、先に倒れていた角刈り男達を介抱しながら車に乗せていた。

 断念したのか二人置き去りのまま、車に乗ってその場を去って行く。


 ▶ ▶ ▶



「ジュリヤ、警察は?」


「連絡してあるから、もう来ると思う」


「私、先に帰ってるわぁ。あとお願い」


「オイッ!いったい何が有ったんだ?!教えろや!ジュエリ?!」


「だから暴漢に追われてたと言ったでしょ!!クソオヤジ!!」


 そう言って怒鳴ると、父親には目も合わせずに、ジュエリは自宅の方に歩いて行った。


「アイツどうしたんだ?最近急に変わったよな。あれだけ好きだった筋トレ部屋にも出入りしなく成ったし、今更反抗期か?」


「父さん。母さんに黙ってキャバクラ行ってんの?」


「んなッ?!な、何言ってんだッ!行くわけ無いだろ!そんなとこ――」


「ねーチャンにバレてるよ。それでねーチャン怒ってんだよ」


「えっ?なんでアイツ知ってんの?」


 パトカーのサイレンが近づいていた。

 ジュエリは那智の事は言わず、いきなり暴漢が襲ってきたと言うつもりだった。

 ペイズリー柄達が捕まって何かを言ったとしても、しらばっくれるつもりだった。


 だが……


 この時には既にジュエリの超能力値の高さに気付いた者が複数おり、彼女を巡って様々な組織が動いていた。

 その中には警察も含まれている。


 そして、この事件を切っ掛けに、ある人物がジュエリの居場所を知る事に成る。

 それはずっと昔からジュエリの存在を知る人物だった……

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