第4話 迷子の子猫

 見上げると太陽は、上空の一等地を我が物顔で陣取り、容赦なくおのが光線を降り注いでいる。

 まだまだ夜と交代する気は無いみたいだ。


 ジュエリとジュリヤの姉弟は、陽射しを真面に浴びないよう、出来るだけ陰のある所を選んで進んでいた。

 二人は歩きながら、部屋での会話の続きをしている。



「ねーチャン!マジかよ!絶対バレるって!ニックネーム使わないと――」


「大丈夫よ。【ジュエリ】って文字通りのキラキラネーム、誰も本名だと思わないわよ」


「同級生や近所の人が気付くよ!ねーチャンは唯でさえ見た目に特徴有るし、マスクしてても絶対誤魔化し切れないよ」


「心配性ね。ヘーキヘーキ」


「どうなっても知らないからね」


 二人は当てもなく近所を探索していた。

 探しものはネタ。

 ただ大雑把すぎて、見つけられないでいる。


「記念すべき初動画だから、派手なのが良いんだけどなぁ……」


「アッチー!アッチーよー。外こんなに暑いんだし、部屋の中でネタを考えてから出たらいいのにー。もう少し計画立てて行動しようぜ」


「うるさいわね。[重いコンダラキツキツ]とか言うじゃない。すぐに行動に移さないと」


「何の諺と間違ってんだよ?[思い立ったが吉日]?」


「たぶん、ソッレッ!」


「会話も少しは考えてから喋れよ!」


「ジュエリおねぇーちゃーんー!!」


 会話中の二人の元に、テケテケ走りながら小学生の女の子がやって来た。


「あら!?ウイちゃん!」


 小学生、立山たてやま初衣ういはそのままジュエリの両足に笑いながら抱きついた。


「あんた、まだ家に帰ってなかったの?」


「ぅんー!まだママお家に居ないから」


「はあ?どこ行ったのよ!小学生の女の子を放ったらかしにしてー」


「ママ、安達さんとこの猫ちゃんを一緒に探してるみたいだよー」


「猫?」


 聞くと近所に住む安達家の飼っていた子猫が、3日前から行方不明に成っていて、初衣の母親は親しい安達家の為に一緒に探しているらしいのだ。

 それを聞いたジュリヤは、姉に提案した。


「えっ?猫探しに協力するの?」


「そう。ねーチャンの力で先生ん家の猫を見つけようよ。俺がバッチリその様子をカメラに収めるから」


「嫌よ!3日経ってるんでしょ?カラスに襲われたのに決まってるわぁ!そんな現場見たくない!」


「いや、まだ見ないと分からないし、生きてる可能性も有ると思うよ」


「ジュエリおねぇーちゃん。お願い、一緒に探してあげてー」


「えええー」


 弟と初衣にせがまれ、ジュエリは渋々安達家の元に行くことにした。

 安達家にはものの五分で着き、ジュエリは鉄門前から中を覗く。



「あっ!おばさん居た!ウイちゃんのママも一緒ね」


 安達家はかなり大きな一軒家だ。

 庭には綺麗にカットされた大きな植木が立ち並び、ガレージや倉庫、姉弟が以前通っていた道場と、子猫が隠れる場所が沢山有った。

 とりあえずジュエリ達は門を開き、庭で子猫の名前を叫んでいる主婦に声を掛けた。


「こんちはー」


「あら!ジュエリちゃん!久しぶりねー。どうしたの?」


「久しぶりだわぁ、おばさん!先生は元気?実はさっき、ウイちゃんから聞いてね――」


 言いかけて、ジュエリは自分の正体を隠さなければいけない事に気付く。


「違う、違う!私は小巻樹愛梨では無いわぁ!私は謎のエスパー、ジュエリ!あなたがお困りだと聞いて助けに来たわぁ」


「何の遊び?ジュリヤ君?」


「あっ!余り気にしないで下さい。それより猫が行方不明なんですよね?姉が見つけてくれるそうです」


「本当に?でも、家中探したけど見つからないのよ。近所の人にも心当たりないか聞いてるんだけど……」


「大丈夫だわぁ!だけど猫が死骸で見つかっても気を落とさないでね。おばさんはお金持ちなんだから、新しいのを買えば済む話なんだし――」


「そ、そんな、モモちゃんが死んでるなんて……」


 泣きそうに成った主婦の顔を見て、慌ててジュリヤが仲に入る。


「だぁああああ!ねーチャン言い方ッ!ス、スイマセン!ペットだって大事な家族ですよね!新らしいの買うなんて、そんなお金で解決する問題じゃ無いですよね!うん!気持ち分かります。僕もクワガタを飼ってるんですが、僕にとってクワガタは大事な家族の一員で――」


「ちょっと!ジュリヤ!私とゴキブリが同列なの!」


「ねーチャン、話ややこしくなるから黙っててッ!」


 ジュリヤは安達に聞こえない所まで姉を引っ張って連れていき、耳元で話した。


「ねーチャン、ドライ過ぎ!動画撮るんだよ!今の発言を猫好きの人が見たら大炎上だよ」


「えっ?慰めてるつもりなんだけど」


「とりあえず、もし万が一、死体で見つけてもストレートに言わないこと。演技でもいいから、悲しそうに伝えるんだよ」


「分かってるわよ。それぐらい」


「本当に?『カラスに内蔵を穿ほじくられてたわぁ』とか、間違っても言っちゃ駄目だよ」


「グッロッ!やめてよ!そんなシーン見たく無いわぁ!」


 二人は軽い打ち合わせして、安達婦人に撮影の許可を取り、いよいよ始める事にした。


「ねーチャン準備はいい」


「いつでもオッケッだわぁ」


「じゃあ行くよー!ハイ、スタート!」


 ジュリヤの掛け声に、安達と初衣の母親は何が始めるか分からずに、顔を見合わせてキョトンとした。

 初衣は嬉しそうにジュエリを眺めている。


「ンッ!んー!始めまして、私の名はジュエリと言うわぁ。突然ですが、あなたは超能力を信じます?信じてない人は、この動画を見たら考えが変わると思うわぁ」


 そう言うと、ジュエリは胸の懐中時計を首から外し、カメラに見せつけるように翳した。


「今から、この家で迷子に成った子猫を見つけるわぁ。因みに私は、その子猫がどんな種類の猫で、どんなルーティンなのか全く知らないわぁ。手掛かりは、ほとんど無い。有るのは3日前に、この家から居なくなったという事だけ。でも、それで十分……」


 __パチィンッ!!


 懐中時計の蓋が開く。

 中の秒針は正確に時を刻んでいた。

 ジュエリは一瞬だけ時計盤に目をやると、瞼を閉じる。

 そして一言……


「〈パストビュー〉」


 それだけだった。


 安達にも、立山親子にも、ジュリヤにも、ジュエリはただ目を閉じ、突っ立ってるだけに見える。


 だがジュエリは視ていた。


 頭の中の映像を……



 ◀ ◀ ◀


 音の無い映像。

 その映像は鮮明ではないが、ハッキリわかる。

 色はついて無いが、色は認識出来る。

 例えるなら夢を見ているような感じに近い。


 今、ジュエリの頭の中の映像は、三日前の安達家の様子を上空およそ100メートルの地点から捉えている。

 まるでドローンを使ってるかのような映像。

 だがドローンで無いのが直ぐに分かる。

 映像は安達家にズームしていき、屋根をすり抜けて部屋の中をうつしたのだ。

 アングルが一瞬で次々切り替わり、キッチン、寝室、居間と、各部屋の様子が映し出される。

 一瞬、二階の廊下で窓を眺める小さな猫がうつった。

 ターゲットだ。

 ロックオンしたかのように、映像は猫の様子しか撮さなくなった。


 猫が動きだした。

 窓が少し開いていたので、頭を押し込み外に出る。

 

 ここから急に映像は少し早送りになる。

 猫が庇を伝って歩く様子が見える。

 何かを見付けたのか、耳を動かしながら立ち止まった。

 見つめる先は木造の古い倉庫。

 倉庫の上がズームアップされ、鼠が映る。

 鼠は倉庫の屋根に有る、僅かな隙間に入った。

 画面が切り替わり、猫が庇から倉庫の屋根に飛び移り、鼠を追って屋根の隙間に無理やり体を入れる。

 猫が隙間の中に消えた。


 そこから暫く映像は数倍速で早送りされるが、猫は隙間から出てこない。


 更に早送りされ、二回夜が明ける。


 早送りが止まり、庭の様子に映像が切り替わった。

 そこには門からジュエリ達が入ってくる様子が映る。

 切り替わり、倉庫屋根の隙間に映像は戻されズームされる。

 倉庫の屋根裏と天井との間に、ほんの僅かな隙間があった。

 猫はそこに挟まって動けないでいた。

 顔が圧迫され、声も出せないでいる。

 弱っているが、まだ息はあった。


 ▶ ▶ ▶



「見つけた!」


 ジェエリは目を開けた。

 目を閉じてから三秒。

 僅か三秒でジュエリは、今の映像を頭の中で視たのだ。


「倉庫の屋根裏に居る!まだ生きてるわぁ!」



 パストビューイング。

 過去視、過去知、ポストコグニションとも言われる。

 自分の知らない過去の事柄を見る力で有り、所謂いわゆる【千里眼】の一種である。


 よく似た超能力で、サイコメトリーというのが有るが、サイコメトリーは物の残留思念から過去を認知する能力で、その対象物に触れないと過去を視ることが出来ない。

 対してジュエリのパストビューは、対象物に触れなくても「何時間前が見たい」と、念じるだけで過去が視れる。

 しかも彼女の意思で視たい対象物も自由に変えられる上、遠隔透視(リモートビューイング)まで無限に出来るので、サイコメトリーの完全上位互換なのである。


 実は彼女は、自分の能力の凄さに今一気付いていない。

 彼女はこの能力を得てから日が浅いのに、既に十万年前の過去や、大気圏を越えた月の裏側までも視ていた。

 故にその気に成れば何億年前の過去も、遥か銀河の果てまでも、視れる力を秘めているのだ。

 これはつまり、宇宙の誕生【ビックバン】まで視れる可能性が有り、彼女が人類史上最高クラスの過去視能力者だという事を示す。

 だが彼女はそんな事に興味は無く、彼女が思い付いたこの能力の使い道は、動画配信して有名に成り、てっとり早くお金持ちに成る事であった。



「ねーチャン!俺が行こうか?」


「いいわぁ、私が行く。あなたはカメラを回していて」


 安達はジュエリの言葉に半信半疑でオロオロしていたが、ジュエリが倉庫の屋根に登ろとしたので、慌てて制して脚立を探しに行こうとした。


「大丈夫だわぁ。これぐらい登れるから」


 ジュエリはそう言って倉庫の庇を両手で掴むと、懸垂の要領で上体を上げ、足を上げたかと思ったら、軽々と倉庫屋根に登ってしまった。


「さすが信二さんの娘さんだわ。うちの人が『資質が段違い』と、言ってただけ有るわね」


 安達が感心していると、数十秒でジュエリが倉庫上から飛び降りて戻って来た。

 胸にはしっかり子猫を抱えている。


「モモちゃん!!」


「ミュー……」


 弱々しく鳴く子猫が、ジュエリの手から飼い主の手にゆっくり渡る。

 飼い主安達は「怖かったねー、ごめんねー」と言いながら泣いた。

 安達はそのままジュエリ達に御礼をするから少し待つように告げると、子猫に餌と水を与える為に家に入っていった。

 後に残った立山婦人は、驚きの顔を隠せなかった。

 ウイは結果が分かってたのか、笑顔で拍手をしている。


「ジュリヤ!エンディングよ!」


 ジュエリがジュリヤの持つカメラに目線を向け、腕組みしながらドヤ顔を作る。


「インチキやお芝居だと思った人!遠慮は要らないわぁ。コメント欄にどんどん書き込んで!そんなあなたの過去を覗いてあげるから」

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