第2話 超能力少女

「見つけたわぁ!出しなさい!アナタが犯人なの判ってるんだから!」


「はぁ?いきなり何だ?お前?」


 制服を着た女子学生が、アラサー男に胸を突き出しながら詰め寄っていた。

 突き出す事によって胸元のペンダントチャームは持ち上がり、夏の陽射しを浴びて煌めいている。


「ホッラッ!この子、こんなに泣きじゃくってるじゃない!サッサと、を出しなさいよ!」


 女子学生の傍らには、腕で両目を覆った小学生位の女の子が居る。


 ここは喧騒響く繁華街のど真ん中だ。

 しかも休日の昼下りである。

 故に声を張り上げる女子学生に、嗚咽する小学生が並んでいるのを見て、何事かと歩を緩める者が後を絶たない。

 アラサー男は突然の不測の事態に目を丸くして焦っていた。


「お、おい!何言ってんだ?俺が何かぬすんだとでも言うのか?」


が悪いわね。そうよ!この子の乙女心を盗んだようなものだわぁ」


「はぁ?」


 男は本当に心当たりが無かった。

 だが、眼前の見知らぬ女子学生は自信満々に腕組みをしながら問い詰めてくる。

 その迫力に男は押され気味に成り、逡巡してしまった。


「い、いったい俺がその子の何をったというんだ?」


「さっきカメラで、この子の事をってたんでしょ。分かってるんだから。この変質者!」


「えっ?……あっ!」


 男は思い出した。

 3時間ほど前、となり町の公園をビデオカメラで撮影していた事を。

 その時、小学生位の子が近くで遊んでいた事を。


「この子の事を隠し撮りしてたんでしょ?さあ!カメラ出して、目の前で削除して!」


「ち、違う誤解だ!この子を撮ってたんじゃない!公園の風景を撮ってたんだ」


「嘘バッカッ!あんなえない公園を撮影する意味なんか無いわぁ。絶対この子を撮ってたんでしょ!」


 男は慌てながら首と手を同時に振った。


「本当に公園を撮っていただけなんだ!俺はオアシス系ユーチューバーなんだ」


「オアシス系ユーチューバー?」


「そう。公園や休憩所を撮影して紹介してるんだよ。営業マンにとっての公園は、無料ただで心身を癒せるオアシス。まあ、つまり良いサボり場所を動画で教えてるんだよ」


「ふぅーん、そうなの。でも、無断で赤の他人を撮影しちゃいけないわよね」


「勿論。偶然映った人には、編集でモザイクかけてるから安心してくれ」


「見知らぬ男に無断で撮影されたら、女の子は、どれほど精神的恐怖を感じるか、アナタは分かってる?怖くて『めて』とも言えないし」


 女子学生は上から諭すように説教を続けた。

 傍らの子はその間も、ずっと顔を伏せながら泣いている。


「だいたいこの子、ノン化粧のスッピン状態だったのよ。乙女には恥ずかしくて、死にたくなる案件だわぁ」


「いや……この子、小学生でしょ?」


「エーン。勝手にスッピン撮られたよー!」


(このクソガキ!)


 女の子が嘘泣きしているのに気付き、男は言い返してやろうと思ったが、いつの間にか3人は大勢のギャラリーに囲まれていた。

 皆が白い目で男を見ている。

 男が不利な状況なのは明らかだった。

 仕方なく男は女子学生の要求を飲むことにした。


「分かったよ。無断で撮影した俺が悪い。肖像権の侵害になる。動画は消すよ」


 そう言って肩に掛けたリュックからビデオカメラを取り出すと、さっき撮った公園の映像を再生しだした。


「これだろ?」


 映像には公園の風景と共に、すべり台近くで一人で遊んでいる女の子が映っていた。


「ソッレッ!間違いないわぁ」


 男は躊躇なく録画した映像を削除した。


「これでいいね」


「オッケッ。あと私達、アナタを追いかけるのに電車を使ったんだけど……」


「ああ!その電車賃は俺が持つよ」


「あと、これは余談なんだけど……私、あの店のプリンクレープがチョー好き」


 女子学生は真顔で近くのクレープ屋を指した。


初衣ウイもクレープ大好き!」


 小学生の女の子が笑顔で言った。


 男は何か当たり屋にしてやられたような気分になっていた。


 クレープを二つ買って渡し、往復の電車賃を女子学生達に渡そうとした時、男はある事に気付いて辺りを見渡す。


 沢山の人が行来していた。


 男と同じような白いシャツに黒いズボン、そしてリュックを肩にした男性が何人も居た。


 そして男は気付いた。


 そう、男は気付いたのだ……


 今、自分が置かれている状況が、とても不可解な事に……


(この子達はどうやって撮影者が俺だと特定出来たんだ?周りと見比べてみても俺の服装には、これといった特徴は無い。そして小学生の小さな女の子が、遠くでカメラを回していた俺の顔をハッキリ覚えていたとは、とても思えない)


 にこやかにクレープにかぶり付く女子学生の首には、装飾された派手なアンティークペンダントが掛けられていた。

 ハニーブラウンに染めたロングヘア。

 長身小顔で、遠目からでもけっこう目立つ容姿の子である。


(あの時、公園にこの女子学生は居なかった。それは間違いない。ビデオにも映っていなかったし……)


 財布から小銭を出す男の手が小刻みに震えていた。


(俺を見つける手掛かりは乏しいはずだ。無いに等しい。なのに何故俺にたどり着けた?しかも、あの公園からここまで5駅も離れているんだぞ。なぜ離れた場所の俺を探し当てれた?3時間も前に撮影場所の町からは立ち去っていたのに……)


 男はそう考えながら背筋が寒くなるのを感じた。


「なあ、君!」


「ん?にゃに?」


 クレープを頬張る女子学生は、男と目線を合わせた。

 大きな瞳を見つめ、改めてハイクラスな美形少女だと男は感嘆する。

 垢抜けたストリート系メイクは、凛々しさとセクシーさを押し上げ、モデルか芸能界の仕事をしていると言われても、おかしくない位のオーラを放っていた。


「君、どうやって撮影者が俺だと分かった?3時間前からずっと俺を尾行してたのか?」


「まさか!アナタの事はウイちゃんから30分前に聞いたとこよ。それで電車乗って真っ直ぐココに着たとこ」


「どうやって俺がココに居るのが分かったんだ?」


「〈パストビュー〉」


「えっ?!」


 __パチィンッ!!


 小気味の良い金属音が鳴った。

 それは女子学生が胸元のチャームを開けた音だった。


 ペンダントのチャームはロケット型になっており、中にはローマ数字に長針、短針、そして秒針。


 時計だ。


 彼女のペンダントは、洒落た開閉式の懐中時計に成っていた。


 女子学生は時計の文字盤を一瞬だけ見つめると、直ぐに目を閉じた。


「アナタ……この町に着いてから何を買うわけでもなく、本屋や靴屋をブラブラしてたみたいね」


 女子学生は目を閉じたまま言った。


「そしてさっきまで、そこのカフェで美味しそうなイチゴサンドを食べてたでしょ」


 全部その通りだった。

 男はやっぱり尾行されてたのだと思ったが――


「あっ!電車の領収証、一応渡しとくわぁ。片道分しか無いけどね」


 女子学生は目を開け、ラメの入ったポーチから領収証を取り出すと、男に渡した。

 領収証には今日の日付と30分前の時刻が記されている。

 さっき女子学生が言った通りだった。

 30分前に公園の有る町から来たのなら、男の行動が分かるはずなどない。

 男がイチゴサンドを食べていた時、彼女達はまだ電車の中だ。

 なのに……

 彼女は……


「ど、どういうトリックだ?あっ!分かった!実はもう一人近くに隠れているな。そいつが俺の事を公園から尾行してたんだろ?そうだろ?」


「さぁ、どうかしらねー」


 女子学生は意味有りげに微笑んだ。


「それよりアナタ、ユーチューバーって言ったわね」


「ああ」


「チャンネル登録者数は何人なの?」


「ん?あっ!そうだなー、今は千二百人ぐらいかな」


 男は自分の動画に興味を示してくれたんだと思って喜んだのだが――


「ザッコッ!」


「はあ?」


「雑魚だと言ったのよ。底辺にも程があるわぁ」


「な、なんだとー!お前も配信してるのかよ?!だったらお前は登録者数何人なんだよ?!」


(コイツはやっぱり芸能人で、有名ユーチューバーなんだ。そしてこれはドッキリ企画の撮影なんだな)


 男はそう思ったが――


「0人。まだデビュー前よ」


「はぁあぁぁあ?」


 女子学生は両手を腰に当て、得意気なポーズで宣言した。


「私はやがて、登録者数100億超えを成し遂げる女。エスパー系ユーチューバー・小巻こまき樹愛梨ジュエリよ!覚えておきなさい!」


 そう言いながら女子学生ジュエリは、男を見下すようにドヤ顔でほくそ笑んだ。


(あっ!これは触れてはいけない電波だ……)


 男はこれ以上この女子学生に関わらない事を胸に誓った。

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