第3話 おそなえものです
「また街中に、魔物が発生したらしいな。今度は東町の方だとよ」
「そうらしいな。なんだか新しく発生する度に、段々と強力な魔物が出現してるって話じゃないか。自警団をやってる奴らにも、何人か犠牲が出ているらしいぞ」
まるで他人事かのように話すロード達の噂話が、集会所のカウンターで魔導器の順番待ちをする、ニーナの耳に聞こえてきた。
きっとああいう連中は、いざ自分がその危機に見舞われてみないと、本当の意味での危機意識を持つことはできないんだろうな、などと、物憂げな気分になる。
死というものは、本当に突然に、前触れもなく訪れるものなのだ。ロードであれば、尚更に。それは幼い頃に、ロードだった母を亡くしたニーナには、痛いほどの実感だった。
ニーナがベルメティアに訪れてから、一ヶ月が経とうとしていた。
戦地であるアクロティア西部ではついに、帝国軍とビズニス・アクロティアの連合軍がぶつかり、熾烈な攻防が繰り広げられているという。
戦いは帝国軍の方が、やや優勢であり、アクロティア西部のいくつかの都市はすでに、壊滅状態に陥っていた。
平和な世界の崩壊は、もうすぐそこにまで、その跫音を響かせつつあった。
ニーナはというと、まるでアレクに言われたことが予言であったかのように、ロードらの中で孤立状態にあった。
徐々に、徐々にそうなっていったことだ。別にニーナが悪いわけでもなければ、都会のしきたりに習う他のロード達が、悪いわけでもない。
何度か、男のロードに誘われたこともあった。
一緒にクエストを受けないか、うちのギルドのパーティに参加しないか、今夜食事に行かないか。
それらの全てが、いやらしいことが目的なのだということは、一目瞭然だった。ニーナの身体に向けられる、上から下へと舐め回すような、下心が見え見えの視線。
なので下心を感じる度にニーナは、竹を割るようにスッパリと、関係を断った。そんなことが続く度に徐々にニーナは、少しずつ孤立していったのだ。
ロードであっても……いやロードであるからこそ、身体を使って関係を築き上げていくというのも、都会のロード達の間では、当たり前のことだ。それが結婚しているだとか、彼氏の一人でもいるだとかいうことになれば、また話も変わってくるのだろうが、ニーナのようにソロのロードであれば、そういうわけにもいかない。
友達のジュリーを含めた、女のロードらも、最近ではニーナと距離を置きつつあった。それも、当然のことであっただろう。
自分達は、そんなこと、でも我慢して立ち回っているのだ。自分だけが綺麗なままでいるニーナが、疎ましく思えたのだろう。
──都会のロードの立ち回りって、田舎とはまるで違うんだなぁ──
憂鬱さを感じてため息が出る。
魔導器の順番待ちをしていると、ニーナの前に並ぶ男女のロードが、楽しげに会話をしているのが、嫌でも目に入った。
恋人がロードである者は、楽だ。一緒にクエストを受けられる相手が、すぐ隣にいるのだから。
仮にニーナ一人で受けられる仕事が見つかったとしても、その報酬は高が知れているだろう。
割りの合わない、儲からない仕事も多いし、良さげな仕事が発注されれば、ものの一分と経たずに、あっという間に受注されてしまう。
だからといって四六時中、受付カウンターに張り付こうにも、順番待ちは長いし、ギルドの序列が高い方が、圧倒的に有利なのだ。
一人でやっていくことの厳しさを、今さらながらに実感したニーナだった。
大手ギルドならば、クエストの閲覧や受注のできる魔導器が、それぞれの事務所にも設置されていて、ソロのニーナが集会所に入り浸り、可能な限りクエストをチェックしていたとしても、競争に勝ち抜くのは奇跡に近かった。
お手頃なクエストの多い中級ロードのクエストは、ほぼ全てが上位ギルドに独占されている状態であり、ギルドに所属していない者は、割りの合わない低報酬の仕事を引き受けるしかなかった。
ようやく順番が回ってきて、白銀のプレート状のパネルを操作し、発注されているクエストを閲覧する。
プレート状に浮き上がった文字が、ランクごとに発注されているクエストを表示していった。いくつかの文字をタッチし、気になったクエストの詳細を確認する。
割りの良さそうな仕事はすでに、予約で一杯の状態だった。先着順でチェックを入れた者から、クエストを吟味する時間が与えられ、パスした場合に、次の予約者に権利が移る。
すでに予約がされているクエストを、いくら閲覧したとて、全くの無駄な行為だ。少なくとも五つ以上の予約の入れられているクエストならば、どれだけ待っても吟味の順番が回ってくることはないだろう。
「おい、早くしろよ。後ろがつかえてんだぞ」
背後から声をかけられ、思わずムッと唇を噛み締める。
一人十分の時間制限には、まだまだ余裕があるはずだ。チラリと肩越しに振り返ってみる。
先日、食事の誘いを断ったロードの顔が、そこにはあった。
「すぐ、終わるから」
結局、制限時間の十分を待たずに、ニーナは男に順番を譲った。
ため息まじりに、一息つこうと中級ルームのカフェの方に向かおうとしたが、どう見ても、席が空いているようには見えなかった。一つのテーブルごと空いている席もいくつかあるが、そこは上位のギルドに所属している、中級の顔とも呼べる連中の指定席である。それは正式なものでなく、暗黙の了解ではあったのだが、だからといって厚顔無恥に座ってしまうわけにもいかなかった。
いっそのこと、田舎に帰ってしまおうか、などとも考えた。それでもまだ、仕事がなくともやっていけるだけの、貯えは残っているのだ。
敬愛する田舎のギルマス夫婦の顔が思い浮かぶ。その顔はまだ、頑張ってみろと励ましてくれているような気がした。
と、中級ロードらが挙って、上級ルームの入り口の方に殺到しているのに気がついた。
上級ロードの誰かが、クエストを受けたのだろう。仕事の内容の説明を受けながら、どう周りを出し抜いて雇ってもらおうかと、誰もがギラついた目つきで、上級ロードの説明に聞き入っていた。どうやら二名ほど、所属するギルド以外のロードを、雇う方針であるらしい。
ふと、上級ルームの方に視線がいく。
C級以上の上級ロードの方が、その下のロードに比べて圧倒的に数が少ない上に、個別に魔導器の設置された席が、いくつもあるのが、上級ルームだ。そちらには時間制限もなく、自由に仕事を探すことができる。
あっちで探せたらなぁ、と羨ましく思った。
そして、パッと思いついてしまった。
──アレクさんに頼んで、上級ルームの魔導器、使わせてもらえないかしら?──
上級ルームの魔導器であろうと、中級のクエストの閲覧もできれば、受注もできるはずだ。
それはニーナにとって、素晴らしいアイデアなのだと思えた。
──多分アレクさんは、嫌な顔をするだろうな。絶対にめんどくさがりな人だもの。でも、いつもお腹を空かせているし、焼き鳥……だと流石にしょぼいか。ご飯でも奢ってあげれば、一度くらい許してもらえるかも──
ダメで元々。思い立ったが吉日とニーナは、アレクを探しに、集会所を出た。
いつものようにアレクは、いつもの場所で、毛布に包まって寝息を立てていた。
アレクに会うのは、あのとき無碍に追い返されて以来だった。あれから何度も近くを通りがかっては、路地裏をこっそりと覗き込んだものだが、そのほとんどのときにアレクは、毛布をスッポリとかぶって、木箱の上で寝転がっていた。
件の焼き鳥の屋台で購入した、焼き鳥の入った紙袋を手に、ニーナはゆっくりと、静かに、慎重に忍び足で、木箱のそばへと近づいていった。
うーん……と寝返りを打たれ、びくりと背筋を伸ばして強張る。もしニーナに尻尾があれば、一直線に真上に伸びてしまっていたことだろう。
スースーと聞こえる、静かな寝息。
──いつの時間に通りがかっても、いつも寝てるなー。一日中、寝ているのかしら──
そんなことを思いつつ、そっと寝顔を覗き込んだ。
途端、パチリとアレクの両眼が開く。思わずニーナは、びくりとして背後に飛び退いた。
しばらく無言で見つめ合う。やがてニーナは、えへへと苦笑いを浮かべながら、ゆっくりとアレクの側に歩み寄った。
アレクが、やれやれといったふうに、小さく息を吐いた。
「また来たのか。近づくなと言ったろ」言ったのちに、今度は面白げに、ふっと鼻息を鳴らした。「……襲い掛かられるぞ?」
冗談ぽい目つきで言われてニーナは、どうやら怒っていなさそうだと、ホッと胸を撫で下ろした。
「あのコレ……おそなえものです」
言って、手にした紙袋を、アレクの顔の前に突き出す。
紙袋越しに、匂いが伝わったのだろうか。
てっきり突き返されるかと思っていたが、しばらくののちアレクは、ゴクリとツバを飲み込んだあと、無言のままに紙袋を受け取った。
パチクリと瞬きをしながら、焼き鳥を頬張るアレクを見つめるニーナ。
意外に素直なアレクを見て、この人はこうやって操ればいいのかと、可笑しな気持ちで一杯になった。
視線に気づいたアレクが、フンと口元を、それでも優しげに歪めさせた。
「お供物なら、受け取るさ。……父なる神だって、信者の供物を拒んだりはしてないだろ? いつだって教会の像の前に、置かれてる。……この街には、教会はないみたいだけどな」
ニーナの育った街には、父なる神を祀る教会があり、アレクの言った風景は、容易に思い浮かべることができた。
「あ、あの……実は、お願いがあるんです」
焼き鳥を頬張るアレクに、一生懸命に事情を説明してみせる。
大人しく話を聞いた後にアレクは、焼き鳥の最後の一本を、袋から取り出しながら、
「それは……できない相談だ。集会所の規定で、やってはいけないことになっている。
中級や下級のロードを、上級ルームに入れることはできるが、そいつらの仕事を探してやるのはご法度だ。必ず、俺が受けなきゃいけないことになる」
言われてニーナは、しょんぼりと肩を落とした。
「そうなんですか。‥…知りませんでした」つぶやき、悲しそうにうつむいた。
「………………」
無言のままアレクは、そんな落胆したニーナと、自分の手に持たれた焼き鳥とを、交互に見やった。
まともに食べ物を口にしたのは、いつ以来だっただろうと思った。食べなくても死ぬことがないアレクは、ただただ神力の消耗を抑えるために、寝て過ごすだけの毎日だった。……金もないのだ。されども死ななくとも、空腹にはなる。寝ても食べても回復されることのない神力は、もう幾許も残されてはいない。
しばらくののちアレクは、意を決したようにフンっと軽く鼻息を吹き出した。焼き鳥の最後の一本を頬張り、スックと木箱から立ち上がる。
「仕方がない。要は、バレなきゃいい話だ。……一つだけ、方法がある」言って、一人さっさと歩き出してしまう。
「え…?」呆気に取られたニーナが、アレクの薄汚れた背中を見つめていると、
「いくぞ。集会所だ」クルリと振り返ったアレクが、まるで別人のような柔らかな笑顔を浮かべた。
集会所に近づくにつれ、ロード達の好機の視線が、並んで歩く二人に注目された。
ヒソヒソと、乞食ロードとぼっちロードが…などという声が聞こえる。
アレクの隣を歩きながら、ニーナは赤い顔をしてうつむいていた。
──ぼっちロードなんて呼ばれているのか。随分と、肩身の狭い思いをしているんだろうな── うつむくニーナを横目で見つめながらアレクは、ニーナに聞こえないように、小さくため息をついた。
歩きながら、赤い顔でうつむくニーナと、自分の服とを見比べる。
──少しだけ。……少しだけ背中を押すだけだ。あるいは……──
何かを思い悩むように一瞬、唇を歪ませたアレクが、立ち止まり、ニーナの顔を真っ直ぐに見つめた。
先に歩きかけたニーナが立ち止まったアレクに気づき、振り返って小首を傾げる。
「どうしました?」
「いや……お前、好きな男はいるのか?」
問われたニーナが、唖然としてさらに首を傾げた。
「いえ……特には」
答えたあとにも、真っ直ぐに自分の顔を見つめるアレクの視線に、戸惑いうつむき気味にも、どうにか頑張って、アレクに視線を返した。
アレクは自分の顎に手をやって、ボサボサの髭を撫でながら、
「そうか……」とだけ、小さくつぶやいた。
その視線がニーナの胸元に、腰に、と下がってゆく。
途端にニーナは、今まで自分に声をかけてきた男ロードらが、今のアレクと全く同じ視線をしていたことを、思い出した。
どことなく寂しく、そして残念な思いを抱きながらもニーナは、自分もどこかで、そういうことに妥協していかなければならないんだろうなと思った。
みんなが、そういうことも受け入れてやっているのだ。そうでなければ、この先ずっと、何も変わることはないのだろう。落としかけた視線を、無理やりに戻し、アレクの顔を見つめ返す。
周りのロードらは、相変わらずヒソヒソと噂話をしていた。何を言っているのかは聞き取れなかったが、きっと、ろくなことを言われてはいないんだろうと、ニーナは思った。
そのあとにアレクに言われるかも知れないことに、心の中で半分ほどの覚悟を決めたときに、アレクはクルリと踵を返し、一人でさっさと集会所の方へと歩いていってしまう。
「どうした、早くいくぞ?」
急かされ呆然としながらもニーナは、慌ててアレクのあとを追った。
上級ルームに入ると、大きなカフェのテーブルのように並ぶ、大型のパネルのいくつかに、仕事を探す上級ロードの姿があった。
ここでもまた異色の二人に、好機の視線が集中したが、下級や中級のロードらとは違い、ヒソヒソと陰口を叩こうとする者は、誰一人としていなかった。分別があるのである。
空いている席もたくさんある。どこか目立たない席をと、ニーナが手頃な席を探してキョロキョロしていると、
「そっちじゃない。こっちだ」と、アレクの手がポンとニーナの肩を叩いた。
半ばアレクに肩を押され、抱かれるようにして、上級ルームのさらに向こうの、S級のマスターロードだけが入ることの許される、完全個室のマスタールームの方へと促されてゆく。
ガチャリと無造作にドアを開けたアレクが、チラリとカウンターの受付嬢に目で合図をしたのち、一人先にマスタールームへと入っていった。
警報も、鳴る気配がない。
それに対して愕然と目を見開いたのは、ニーナ一人ではなかった。居合わせた部屋中の上級ロードらが、口も半開きに、呆けたような驚愕の視線で、ドアの開かれたマスタールームを見つめていた。
この街には過去を遡っても、S級のマスターロードは一人も居らず、これまで一度も使われたことのない部屋だった。
部屋の広さはニーナの暮らしている部屋と比べても、大差のない広さだったが、清楚な部屋の様相に、ふかふかのソファーと、豪華なテーブル。テーブルの上は魔導器のパネルになっていて、そこからクエストの閲覧など、魔導器に搭載されている全ての機能を使用することができた。
部屋の奥に置かれた仮眠用のベッドも、無駄に豪華だ。飲み物の保管された保存庫もある。完全個室であるために、ニーナがこっそり自分の仕事を探しても、誰にもバレないだろう。
実際のところは、この部屋から受注された扱いになってしまうために、ロード協会の関係者には一発でバレてしまうのだが。マスターロードのやることには、ロード協会も文句を言ってくることがないのが、本当のところだ。
そもそもがロード協会の創立者が、父なる神であるウィル・アルヴァである。
「マスタールームに入るのも、久しぶりだな。知ってるか? どこの集会所も、マスタールームは全く同じ造りになっているんだ。ハハッ、このベッドも見覚えがある」笑いながらアレクが、白くふわふわのベッドをポンポンと叩いた。
無邪気なアレクの様子を見て、ようやくニーナの思考が、現実に追いついてくる。
「アレクさんって、マスターロード様だったんですか!? なんで黙って……なんで浮浪者!? なんで無一文なんですか!? なんで自分のギルドも持たずに、この街に!?」
矢継ぎ早に次々と繰り出される質問攻めに、思わずアレクが吹き出した。
「質問は一個ずつにして欲しいな。
とりあえず、そこの魔導器でゆっくり、仕事を探しといてくれ。すぐ、戻るから」
言ってアレクはニーナを部屋に残し、入ってきたのとは別のドアから、部屋を出ていった。
部屋を出たアレクは、綺麗な絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、先ほどのニーナの様子を思い出し、失笑していた。
よっぽど驚いたのだろうな。と、ニーナのどこか子供っぽい、健気で端麗な顔を思い浮かべる。
清流を思わせる肩口までの水色の髪に、白い肌は、どことなくファルナを連想させるものがある。いちいちオーバーに喜怒哀楽を滲ませる双眸に、滑らかな肌。そして見つめていると思わず触れてしまいそうになる、柔らかそうな口唇。
そこまで思い至ってしまってアレクは、ふうとため息を吐き、軽くかぶりを振った。
……ここまでしてやったからには、ちゃんと面倒を見てやらなければならないだろう。残された神力は少ないが、ラーヴィルが暴走してしまうまでには、まだ時間があるはずだ。
それまでには、ニーナをどうするのか、ちゃんと決めておかねばならない。いくつかの高レベルのシィルスティングでも与えて、独り立ちさせるか、あるいは、忌まわしきラーヴィルの呪いに、巻き込んでしまうのか。
そうして眼を伏せたアレクの目蓋の裏に、男も知らなそうな無垢なニーナの笑顔が浮かび、それはないな、と自嘲気味に笑った。
廊下の突き当たりのドアを開ける。そこは受付嬢ら、集会所のスタッフのいるカウンターの裏であり、アレクの姿に驚いた一人の女性スタッフが、慌てて駆け寄ってきた。
「わざわざ足を運んで頂かなくても、呼出し鈴を鳴らしてもらえれば、すぐに部屋にお伺い致しましたのに」
アレクはニコリと愛想良く笑い、
「悪いが、俺に合ったサイズの、まともな服を用意してもらえないか? それと、ヒゲも剃りたい。髪は……そうだな、シャワールームも、貸してもらえるだろうか?」
しばらくののち、髪を整え髭も剃って、まともな服装をしたアレクが、出ていったドアと同じドアから、マスタールームへと戻った。
ニーナは一瞬、それが誰なのか分からず、ソファーにちょこんと腰かけた姿勢のまま、ジッと部屋に入ってきた男の顔を見つめていたが、
「アレクさん!? ………若い!! ……痛いっ!」
すごい勢いでソファーから立ち上がったニーナが、そのままの勢いでテーブルの端にガタンと膝をぶつけ、ソファーに尻餅をついて涙目で膝をさする姿に、アレクはアハハと声を上げて笑った。
「笑わないでくださいぃぃ」涙目のままアレクを見上げ、全力で抗議する。
「悪い悪い。それより……これなら、一緒に歩いても、恥ずかしくなんかないだろ?」
言って両手を広げ、マスターロードらしく上質な布で作られた新品の服を、自慢げに披露してみせた。
ニーナの頰が、ぽわーと赤く染まる。
本当に、別人になってしまったのではないかと思った。しかしその声音も、深く青い瞳の色も、あたたかな笑顔も、ニーナには間違いなく、見覚えのあるものだ。
これなら抱かれても……などと変なことを考えてしまい、ニーナは慌ててブンブンとかぶりを振った。そうしてさらに頰を赤くして、アレクの顔をじっと見つめる。
「どうした?」
「いえ……なんでもありません」
「…? まぁいい。それより、仕事は見つかったのか?」言いながらソファーに歩み寄り、ニーナの隣に腰を下ろす。
ニーナは突然、現実に引き戻された思いで、
「今日はもう、割の良さそうな仕事は、売り切れちゃってるみたいです。あとはもう、新しい発注が出るのを待つしか……」ため息まじりに言った。
「そうか。まぁ、この時間はそうだよな。みんな、朝早くから粘って頑張ってるんだし……。
気の済むまで待つといい。今日がダメなら、また明日の朝一から粘るって手もある」
「明日も付き合ってくれるんですか!?」
思ってもなかった提案に、ニーナの顔がぱぁぁと笑顔に包まれる。
アレクはクスッと笑うと、
「お供物、もらっちゃったからな」
冗談めかして、肩を竦めてみせた。
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