三章 12
午後九時を以て花火が終了し、部屋の後片付けを手早く済ませた俺と霧海さんが、旅館から駅に向かうためのバスに乗り込んだのは九時二十分を過ぎた頃だった。
祭りがあるからと今日だけは遅くまでバスが運行していて良かった。と、そう思う。流石に駅まで歩くのは昨日同様、気乗りしないからだ。
バスが暗い夜道を走る。窓の外は真っ暗で殆ど何も見えない。あと五分ほどでバスを降り、電車に乗って都会へと戻るわけだ。長いようで短い旅行だった。…いや、元々二泊三日で、それほど長い旅行じゃない。三日間、色々とあったせいか休まる暇が無かっただけだな。ようは長いというより内容の濃い旅行だったわけだ。
橋を渡る直前、隣に座る霧海さんがうつらうつらと眠たそうに舟を漕いでいる姿が窓に映る。あまり眠れなかったと言いながら、今日一日、彩音ちゃんの為にあちこち歩き回って疲れたのだろう。そっとしておくべきか、と窓の外に広がる祭りの余韻に目を向けつつ、思い出したことがあったので口にした。
「今回の旅行、霧海さんと来れて良かったよ」
「こちらこそ、私の我が侭に付き合ってもらって、ありがとうございました」
言葉が返ってくるとは思っていなかったので驚いたが、振り向く事はせずバスが目的地に着くまでの間、一言も発することなく窓の外を眺めて過ごした。
バスを降り、駅に入ると電車がホームに到着したところだったので、早足で改札を通って電車に乗り込んだ。空いてる席を見つけ霧海さんは端に、俺はその隣に腰を下ろす。それから発車を待つ間、旅行先に全てを置いていきたかったのか、霧海さんがひとり言のように呟いた。
「母の会社に就職するのをずるいと思ったのは、いつか後を継ぐためにと言われてるような気がしたからなんです。それは元々、兄の納まるべき場所で、そこを私が奪ったみたいじゃないですか。本当はそれが、私のせいじゃないとしてもです」
対して、俺は何も言わなかった。
そして九時三十五分。俺と霧海さんは短い旅行を終え、富士山を後にした。
「品里さん、着きました!」
そんな霧海さんの声で目が覚める。気づかない内に眠っていたらしい。ぼんやりとした意識の中、霧海さんの背中を追いかけるように電車を降りた。
生暖かい空気に出迎えられ、ゲームセンター若肉のある駅に戻ってきた。
「危うく乗り過ごすところでした」
「ほんとにな。霧海さんが気づいてくれて助かったよ」
そう言いながらホームに設置された時計を見ると、十一時四十五分を指していた。
ふと、辺りを見まわして勝手に、「どういうことだ?」と、声が出る。
俺と霧海さんが降り立ったホームは、富士山に向かう際に電車に乗り込んだホームと同じだったのだ。
三章 過去の清算と、現在の解決 終
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