三章 過去の清算と、現在の解決

 七月七日。普段とは違う音に覚醒へと導かれた。

 川の音。木々が風に揺られて葉っぱ同士が擦れる音。そして鳥のさえずり。

 瞼を押し上げ視界に入ったのは寝袋に、布団に、畳の床で、見慣れたアパートの天井ではなかった。

「おはよう」

 俺が目覚めたことに気付いた誰かが、小声でそう挨拶をしてくれる。声は女性のもので少し低く柔らかいものだった。

「おはようございます」

 小声で返事をしながら首を縦に振ると、ポキっ、と良い音が鳴った。部屋の隅っこで座ったまま寝ていたせいか、体のあちこちが固まってしまったらしい。

 寝袋から両手を出して軽く伸びをすると、更にパキパキと音が鳴った。

「快適な眠り…とは、いかなかったみたいだね」

「贅沢は言えないです。こうして寝れただけでもありがたい」

 そう言いつつ部屋の中を軽く見まわしてみると、起きているのは俺に挨拶をしてくれた三十代後半くらいの女性一人だけで、他の人たちはまだ布団の中で眠っているようだった。

 時間が気になり、近くの床に放り出された自分の携帯電話を取って確認しようとしたが、充電が切れてしまったのか画面が点かない。

「今、何時ですか?」

 俺がそう訊くと女性は時計を確認する素振りを見せることなく即答した。

「六時を少し過ぎたところ」

「ありがとうございます」

 すぐさまお礼を言って、それから立ち上がると寝袋を器用に脱いでいった。

 昨日着ていた服のまま寝たので汗を吸っていて少し気持ち悪い。ただ、着替えを取りに部屋に戻るのは時間的に考えて同行者を起こしてしまったら悪いので、辞めといたほうがいいだろうと思った。

 役に立たない携帯電話を右のポケットにしまうと、寝袋をくるくると丸め、紐で縛って専用の布袋に入れて口を閉じた。

 立ち上がった状態で部屋に五人居る事を確認してから、寝ていた近くに置いてあるレジ袋を持って、顔を洗うために入り口付近の洗面所へと向かう。

 ドアの横にレジ袋と布袋を一旦置いて洗面所に入ると、蛇口を捻って出てきた水を両手に溜めて顔を洗う。ひんやりと冷たい水が寝起きでぼんやりとした頭を普段どおりの回転へと戻してくれた。

「よし!」

 と、小声で気合を入れて、着ている服で顔を拭くと洗面所を出た。唯一起きている女性に再度お礼を言ってから、荷物を持って部屋を後にする。

 七時まであと一時間近く、どうやって時間を潰そうかと考える。左右のポケットに手を入れて確認すると、右のポケットから携帯電話の他にお札が四枚と硬貨六枚が、左のポケットからは泊まっている部屋の鍵が出てきた。

 それらを元に戻し、早めの朝食でもと考えたが、すぐに撤回する。朝食は部屋に戻れば食べれるのだ。

 だとすると困ったな。朝の六時過ぎでどこの店もこんな早くから開いてるはずもなく、ポケットに入っていたお金を本来使う予定だったインターネットカフェは駅前にあるので、ここから歩いていくと三十分以上掛かる。故に時間つぶしには使えない。

 レジ袋の中を覗く。カラフルな五色のプラスチック粘土を組み合わせて出来た雄ライオンの手作りフィギュアが入っていた。十秒ほどそれを見つめ、そうだな。と、前を向いた。

「散歩でもするか」

 そうひとりごちて歩き出す。温泉に入るという手もあるが、少し考えたいことがあった。それには昨日歩いてまわった場所を見ておくことも重要だろうと、そう思ったのだ。

 旅館を出ると一度立ち止まって空を見上げる。

 このまま夜まで良い天気なら、今夜の花火は最高だろうな。

 ふと右を向けば富士山がすぐ近くに見えた。

 なんでこんな所に来てるんだろうな、と溜め息をつきたくなるが、それを堪えて一歩を踏み出した。

 事の始まりは二週間近く前まで遡る。

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