一章 5

 夜も随分、更けたと思う。

 結局、初戦はギリギリのところで勝てたのだが、店長がプレート欲しさにトーナメントしようと言い出し戦いは九時過ぎまで続いた。

 それから片づけをのんびりとしていたら十時を過ぎてしまい、少し遅い解散となった。

「おやすみー」

 そんな言葉を掛け合う中、明日が休みだからと二次会でカラオケに行くと言う人達も居て、宴はまだ続くようだった。ただ、明日もシフトの入っている俺は、その集団に混ざる事無く帰ってさっさと寝てしまうつもりでいた。

「品里、ちょっといいか?」

 そう呼び止められたのは、二次会メンバーを見送り、背を向けた時だった。踏み出そうとしていた足が止まり、振り向く事で結果的に一回転する羽目になる。

「何ですか?店長」

 ついでに文句の一つでも言おうかとも思ったが、それは止めておいた。理不尽だと思うからだ。

「上で話そう。通りじゃ視線が多い」

 言って店長は、自宅への階段を上り始めた。

 確かに言うとおりで、通りは十時を過ぎたというのに、まだ人の往来がそれなりにある。俺も後を追いかけるように階段へと足を乗せた。

 階段を上がってすぐのスペースは、薄暗く道路からも殆ど見えない死角になっている。そんなゲームセンターの二階で、部屋にも入らず店長と向かい合った。見た目だけは若い店長の軽く俯き、足元へ視線を落としている姿に少しドキリとしてしまう。

「部屋、入らないんですか?」

 酔った店長を気遣って、そう訊いた。

「入ったら君は朝まで出てこれないよ。八護町達とは違う。大人のかわし方を知らないだろう?だから入るのは止めとけ……よいしょっと、そこを動くなよ?お前は立ってろ」

 言いつつ店長は壁を背に座り込み、それから言葉を続けた。

「品里、あたしはお前が親友を捜していることを知っている。そして今日、お前がとんでもなく頭が良いと知った。何故諦めた?」

 その言葉に俺は首を横に振りたくなった。店長の言葉は正確ではない。俺は特別頭が良いわけじゃないし、諦めたわけでもない。どうしようもなく行き詰っているだけだ。でも、店長に言われて、そうか。とも思った。

「諦めているように…見えますか?」

「見えるな」

 即答だった。

 俺は深くため息をついて立ったままで壁に背中を預ける。ひんやりとしたコンクリートの壁は、騒いだせいなのか、酒が入ってるせいなのかは良く分からないが、火照った身体には気持ちの良い冷たさだった。

 その冷たさに体温を奪われ頭が少し冴えて苛立ちを隠せなくなった。

「そうですか。でも、仕方がないだろう。店長は杉村純也という人間を知らない。知らないと言われ続ける人間を見つけるのは、俺には不可能だ!誰も知らない、痕跡も無い、説明のしようが無い。そんな人間は見つけられない!」

 店長は珍しく、「ふふっ」と女性らしく笑った。そして続ける。

「そんな事はないだろ品里、お前だけは覚えてるんだ。お前以外には不可能だよ。捜してやれ、ゆっくりでもいいから。どうせ時間はたっぷりある。お前はまだ二十五歳なんだから…な」

 声が途切れ代わりに、すぅすぅと寝息が聞こえる。どうやら店長は寝てしまったらしい。ただ、いつもの店長とは違いすぎて、余計に可愛く見える。純也がだいぶ歳の離れた女性を好きになったカラクリが、今ようやく分かった気がした。確かに写真に残しておきたいと思えるが、許可をもらっていないので止めておく。

 さてそろそろ帰ろうか、と思ったが、このまま放って帰るわけにもいかないので、とりあえず声をかけて起こすことにする。一応、裏口からこの場所までを捜せば鍵はあるはずが、それは最後の手段でいいだろう。店長に言われたことを無視して近づき、しゃがんで身体を揺すりながら声を掛けた。

「店長、起きてください!」

「ハッ!寝てたか!」

 意外とあっさり起きてくれたので助かる。

「あー、まぁいっか」

 店長は俺の肩を使って立ち上がりながら、何かを面倒になって諦めたようで、「おやすみ」。と、言いつつ鍵を開けて部屋に入っていった。

 俺は立ち上がり階段を下りる。通りに出ると未だ絶えない人の流れに加わって、自分の住んでいるアパートへ向けて歩き出した。

 そして歩みを進めながら、アルコールによって回転の悪くなった頭を、記憶の……いや、純也ならこう言うだろう。

 アルコールによって回転の悪くなった頭を、記録の再生装置として使い。思い返してみれば色々と大変な二日間だったが、案外楽しかったな。と、そう思い笑った。


一章 状況の開始と、その選択 終

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