一章 4

 結局、天気予報は外れ、雨どころか曇りにすらならずに、十八時も十分前を迎えた頃だ。普段と違って店内アナウンスで退店準備を促す放送が流れている中、ほんの十数秒間だが夕焼け空に目を奪われ、俺は時間も奪われた。

 そんな綺麗な夕焼けも新歓の為のスペース作りが終わる頃には夜空へと変わり、都会の明るさに飲まれて掻き消された星々の見えない空は、ただのっぺりとした紺色の絵具が塗りたくられたキャンバスの様に味気のないものだと、シャッターを閉める時にそう思った。

「品里!えっと、あと暇そうなのは…三号だな。二人で倉庫からテーブルを二つ持ってきてくれ。はい鍵な」

 そう言って渡された鍵を持って三号さんを引き連れバックルームを通り、倉庫へと向かう。途中、三号さんが大きなあくびをしたので、「寝不足ですか?」そう訊くと、

「昨日、仕事終わった後で都さんとプロレスしてたら十二時を過ぎててな。電車無くて歩いて帰ったんだ。あ、プロレスってのはゲームだからな?」

 と、最後に念を押された。

「わかってますよ」

 雑に返しながら倉庫のドアの鍵を開け、ドアノブを捻り倉庫の中へと入る。

 倉庫の中を見るのは初めてだったが、聞いて想像していた通りに狭く細い倉庫で、想像以上に埃っぽかった。ただ、明かりを点けなくても廊下から入ってくる光で大体何があるのかが分かる。

 中は雑に積まれた段ボールなどにより、只でさえ狭い倉庫は人が蟹歩きですれ違える位の幅しか足の踏み場がなく、入り口からでも辛うじて奥の方に見えるビデオゲームの筐体が、ギリギリ運び出せるかも怪しかった。

 そして極め付けが、放り込まれたまま床に放置されたのであろう、クマの着ぐるみの頭だ。それが頭頂部を下にして転がっており、埃で白くなっている。更にそれは光の当たり方が悪いのか、こちらを見つめているように見え、良い感じにホラーテイストを醸し出していた。

 他にも折り畳み式の小さなテーブルや予備の椅子、イベントで使うと思われる衣装が所々飛び出している段ボールなどが、入り口近くに積まれたり、立てかけられている。ざっと見た感じテーブルは、入り口付近の角にパイプ椅子と一緒に立てかけてある折り畳み式の物しか見当たらず、外で待つ三号さんに一応確認を取る。

「テーブルって折り畳み式のやつで良いんですか?」

「それそれ」

 と、返事が貰えたので、すぐにダンボールを崩さないよう頼まれたテーブルを持ち出そうと思ったが、せっかく普段入る機会の無い倉庫なので、気になる奥の筐体を確認してからでも良いだろうと、入り口付近にあった倉庫の明かりを点けた。

 すると、ようやくタイトルがはっきりと見える。筐体のフォルムや店長のことだからそうじゃないかと思っていたが、俺や純也が高校時代をそれに捧げたといっても過言ではないだろうゲーム「格闘ロボット大戦2」だった。

 それも対戦出来るように二台置いてあり店長のことを少し見直したが、筐体の前には壁際に積んであったであろう段ボールが崩れて中身を床にぶちまけているので、後で片付けるようにと提案しようと心に決めた。幸い埃はそれほど積もっていないので片付けは楽だろう。でもまぁ、それもあってまさに倉庫というに相応しい乱雑さでもあるので、芸術点くらいはあげてもいいかもしれない。

 さて、と、倉庫見学に満足した俺は、積まれたダンボールを崩さないよう慎重に折り畳み式のテーブルを引き出すと、外に居る三号さんに手渡してから自分の持っていく分のテーブルも引き出し脇に抱えて、最後に明かりを消して外へ出た。

 それから鍵をかけ、念のためドアノブを回して開かないことを確認してから、待っていてくれた三号さんと共に店内へと戻る。その途中、ふと気になって三号さんに訊いた。

「倉庫って最後に使ったのハロウィンの時ですか?」

「あぁうん、たぶんそう。そういえば大掃除も去年はやらなかった気がするなぁ。忘年会と新年会で騒いでた思い出しかないしな!」

「そうでしょうね…」

 と、呆れて。やはり店長は、子供みたいに楽しむことに全力なんだなと改めて思った。

 店内に戻るとシューティングゲームの筐体などを隅の方へ退けて、俺と三号さんが持ってきたテーブルを置くスペースが出来ていた。そして事前にバックルームから出して置いた折り畳み式のテーブルの上には、ジュースやおつまみなどが広げられており、今日が休みの人も含め集まった九人で囲んで待っていた。

「お待たせしました」

 そう言って俺は運んできたテーブルを置き、店長に倉庫の鍵を返した。

「さて、みんな揃ったので久々の新歓だーッ!飲むぞーッ!騒ぐぞーッ!明日あたしは休むぞーッ!」

 店長は相変わらずハイテンションで、俺も含め皆が合いの手を入れるほどノリノリだったが、最後だけ「オーッ!」ではなく、「えぇー?」と声が揃ったときの一体感は、それだけでも楽しかった。

 よく見るとテーブルの下に氷と水の入ったクーラーボックスが置いてある。その中に缶ビールがいっぱい詰め込まれていた。完全に、二日酔いなんて仕事休めば問題ないでしょ?と店長の暴論を体現しているようだ。流石に俺は明日も働くので程々にしておこうと、そう決める。ただでさえ常に音が鳴り響く空間なのに、それに二日酔いなんてものが合わされば、想像を絶する一日となるだろうからだ。

 まぁそんな事はお構い無しとばかりに、俺と霧海さんを除いた九人全員が既に缶ビール片手に酔いつぶれる未来を背負った戦士と化していた。

「おっと、みんなちょい待ち」

 缶ビール戦士達がこれからビールに口をつけようとした時、それを制止する声がなんと店長から上がった。

「うっかり忘れるところだった。二階のあたしの部屋からアレ持ってくる奴はまだ飲んじゃマズイだろ?」

 確かに酔って階段を踏み外したりしたら危ない。だとするとまだビールを手に持っていない霧海さんが持ってくれば、と提案しようとして止めた。少しでもサプライズ感を出すために秘密は必要だ。

 というわけで急遽、俺と霧海さんを除いた九人でじゃんけん大会が始まった。

「じゃんけん…ぽんッ!」

 そしてそれは一瞬で決着がついた。

 八人がまるで示し合わせたかのようにグーを出し、それに一人チョキで応えた五号さんがアレを店長の部屋から持ってくることになった。

「負けちまったもんはしょうがねぇ、ちょっくら行ってくるぜ!」

 五号さんはそう言い残し善は急げとばかりにバックルームへ消えていった。

「にしても陸(りく)はじゃんけん弱いよね」

と、八号さん。

「まぁそう言う明人は欲に弱いけどな」

 そう返したのは三号さんだった。

「土門(どもん)は欲がなさすぎだよ。しょっちゅう都さんの部屋行ってんだからゲーム以外の事もすればいいのに」

「いや、ゲーム以外のこともやってるぞ?プラモ作ったりとか、アクションフィギュアでモーションとらせて撮影したりとか、ねぇ都さん?」

「そうだな、三号機だけだなぁあたしの相手を今でもしてくれてるのは。酷いと思うよそーゆーの!昔はあんなに遊んでくれてたのに…おねーさんは悲しい」

 まだお酒を飲んでいないはずなのに、既に会話が飲み会のそれになりつつあるのを不思議と受け入れられている自分の順応力を褒めるべきか、嘆くべきか悩み所だなと思いつつ、クーラーボックスから缶ビールを一つ取ると、プルタブを上げてプシュっという良い音を聴いてビールを一口飲んだ。

「あの品里さん。アレって何が出てくると思います?」

 突然横からそう声を掛けられそちらを見ると、大学生の飲み会とは違う混沌とした空気から逃げてきたのか、霧海さんが居た。油断、後から考えてみればその言葉がしっくりくる。俺はついさっき自分で思ったことを失念していた。

「ケーキだろ?」

 俺のその言葉は、場を冷やすには十分すぎるほど効果的なものだった。

 皆の視線で、マズイな。と感じた。サプライズ感を出すために秘密は必要。今からでも誤魔化せるか?と思考する。でも、俺が答えを出すより先に店長の言葉が来た。

「どうしてそう断言出来る?」

 強烈な一撃。それは意外な物の事が多い。何気ない一言が致命傷にすらなりえる。ケーキが俺以外にとっての一撃なら、どうして?と訊かれることは俺にとっての致命傷になりうる一撃だった。

 店長から放たれた一撃により俺に用意された選択肢は二つになった。一つは何もかも話してしまい用意されたサプライズを破綻させること。もう一つは俺の発言を暈し薄めて有耶無耶にすることだ。

 前者なら俺以外が楽しみにしていたことの意味を失わせ用意されたサプライズも空しく終わる。

 後者なら俺以外はサプライズと言う名の仕掛けが成功し満足感を得て新歓を終わらせられる。

 普通に考えたら後者を選ぶべきだが、そこには欠点がある。俺が知らないことを演じきれずにサプライズに正しい反応を示せなかった時だ。それは前者より悲惨な結末だろう。

「待たせたなッ!」

 バンッ、とわざわざバックルームのドアを派手に開け放ちながら叫び、両手で持った大きな箱を土台に紙皿を積み重ね、更にその上に重石代わりにフォークを乗せて、まるで大道芸人のような格好で五号さんが戻ってきた。が、ここに居る誰もが反応に困り一言も喋れない。それを自分のせいだと思ったのか五号さんは訊いてきた。

「あれ?オレすべった?」

 五号さんの軽いノリが今の俺には一番の救いに思えるが、この先はどの道地獄である。

「わかりました。話します。このままじゃ五号さんが言ったみたいに俺以外の全員がすべったと思うかもしれない。先に言っておきますが、誰も悪くないですよ。気づいてしまった俺が悪い」

 前置きはこれくらいでいいだろうと一呼吸入れて説明を開始した。

「それじゃあ、ケーキについては一旦置いておきます。これは最後についてきたものでしかないので。

 最初に何かあるなと思ったのは昨日でした。店長が新歓をやると言った時です。カーテンの中についてはそれまでも色々考えてはいたんですが、霧海さん関係の物だと思っていたので気にはしなかった。でも店長の言葉が色々と思い返してみるきっかけになった。

 昨日の朝、バックルームに入ったとき、カーテンは既に閉められ僅かに揺れていた。でも、そこには霧海さんは居なかった筈です。何故そう思ったか?

 それはバックルームから出た俺の前に現れた店長が、二本あるはずのモップを一本しか持っておらず、そのモップは俺が受け取りました。それからすぐ後です。俺に声をかけてきた霧海さんもモップを持っていた。これはおかしい。いつ霧海さんはモップを手に入れられたのか?

 最初バックルームにモップは残っていなかったので誰かが二本持っていったのだと思ってました。でも、その前提が違った。一人で二本はなく二人で一本ずつ持って出ていた。

 店長と霧海さんです。するとカーテンの中には霧海さんではなく、別の人が入ってたことになります。中に置いてあるであろう物を考慮すると、スペース的にあの日シフトに入っていながら遅れてきた二号さんか五号さんのどちらか一人でしょう」

 所々端折ったが、たぶん問題はないだろう。その証拠に誰からも質問の声は上がらない。なら、と話を先に進めた。

「次に引っかかったのは昼休憩が霧海さんと二人だった点です。今までは一人ずつだったのに昨日は二人一緒でした。それに加えカーテンが閉まっていたこともあり、バックルームは窮屈に感じられた。それを指示したのが店長です。そしてその昼休憩中、俺は霧海さんと親睦を深めます。その時はそれが店長の目論見と思いました。

 そしてカーテンの中を覗こうとした時、霧海さんに話しかけられ結果的に止められたのも、中に霧海さんの見られたくない何かがあると思ったからです。でもそれはさっき言った二号さんか五号さんが入ってたことにより否定されました。そうすると昼休憩が二人一緒なのも納得が行く。そうです店長は俺の監視役が欲しかった。

 そして今日、店長は午前中の仕事を休んだ。寝不足だと言ってたらしいですね。三号さんも同じ事を言ってました。店長と十二時過ぎまでプロレスのゲームをやっていたと。三号さんはそれで電車が無くて歩いて帰ったので、いつもの時間に起きたのなら寝不足でも良いんですよ。でも店長は違う。朝まで別のことをしていた。それは何か?

 少し戻ります、カーテンの中身についてです。二号さんか五号さんが入り、店長が霧海さんに見張らせてまで新歓の為に隠したかった物…違います。霧海さんも新人だ。ならば俺にだけ隠したかったものになる。

 ところで今日は俺の誕生日なんですよ。店長は履歴書を見ているので当然俺の生年月日を知っている。そして店長はつい先日、思いついた。新歓の皮を被せた誕生日パーティーを、だ。つまりカーテンの中身はプレゼント。朝までそれの用意に追われていた。だから昼まで寝ると言った」

 ここまで何事も無く俺の言葉は受け入れられているのか、何一つ反論をされない。

 自意識過剰だ。その一言で終わっても良かった。でも、誰もそれを口にしないなら、俺がこれから語ることで詰めきれるだろう。俺は初めて詰めたくないと思いながら言葉を吐き出し始めた。

「それじゃ最後です。ついさっき俺は三号さんと倉庫にテーブルを取りに行きました。そこでおかしな所が四つあった。一つはドアノブが綺麗だったこと。一つは床に転がっていた着ぐるみの頭のこと。一つは崩れた段ボールの中身。一つは格闘ロボット大戦2の筐体です。順に説明していきます。

 最初はドアノブだ。倉庫に入るときドアノブに触れるのは必然です。そして俺がドアノブに触れたとき埃が手に付かなかった。これだけでは何もおかしな話ではありません。が、この店だとおかしな話だ。普段から掃除を面倒くさがる店長でも店内は綺麗にしています。でもそれすら面倒だと他の人に任せることもある。そんな店長が裏の廊下を掃除するわけが無い。なのに俺が触れたドアノブには殆ど埃が付いていなかった」

「あの!」

 と、俺が説明を始めてから、初めて声が上がった。

「良いよ」

 手を上げた霧海さんに、そう続きを促す。

「誰か他の人が掃除した可能性は…」

 それはありえる。例えば三号さんとかだな。ただ俺は、その事で反論する気がなかった。別にドアノブは、それほど重要じゃないからだ。説明を続ける。

「その可能性はある。ドアノブの埃は掃除された。それでも構わない。だが、倉庫の中はそうはいかない。二つめのおかしな点は着ぐるみの頭ですが、入り口より少し進んだ所の床に落ちていました。次に三つめのおかしな点である崩れた段ボール。これは倉庫の奥の方に置かれた筐体の前に崩れて、中に入っていた物が床に散乱していました。

 ところでこれは一緒に倉庫へ行った三号さんから聞いたんですが、去年のハロウィンから年末の大掃除すらしてなかったらしい。これでは倉庫内に埃も積もるわけだ。ここで二つめと三つめのおかしな点に繋がります。積まれた段ボールが崩れ、中に入っていた物が倉庫の床に散乱していた。が、その上に埃が積もっていなかった。そして床に転がっていた着ぐるみの頭は埃まみれだった。つまり積んであった段ボールは最近崩れ、着ぐるみの頭は放置されて随分と時間が経過していた。中に掃除に入ったのなら、そうはならない。

 さて、最後のおかしな点だ。これが倉庫に置いてあるのを確認するまでは、憶測でしかなかったことがあります。昨日の昼休憩のとき、霧海さんとロボゲーの話になったんですが、俺が2の話題を出した途端に話を切り上げ、本を読み始めた。これも最初は『俺の話に熱が入りすぎて、ついて行くのが大変そうに思えたからだ』。と、考えた。実際熱が入ってたので頷ける。でも、もしかしたらと、色々考えていく内に、とある仮説が立ちました。

 もし新歓が俺の誕生日を祝うパーティーだとしたら、それの為に何かサプライズを用意しているとしたら、それは霧海さんが会話を打ち切らなければ知りすぎているとボロが出てしまいそうな事だとしたら、それが一畳ほどのスペースに隠せて調整を行える物なら、それはもしかしたら、一番の傑作である「格闘ロボット大戦2」かもしれない、と。

 それが倉庫に二台並んでいるのを見て、確信に変わった。このゲームの後継機である3を高校生に混ざってまで遊びまくっている店長が二台しか持っていないはずがない。ここに居る皆さんは知っているはずです。霧海さんにも昨日の昼休憩の時に話してある。「格闘ロボット大戦」は最大四人プレイが可能なゲームだ。だから倉庫に二台しかないのはおかしいんですよ。元は四台置いてあった。だから、そのスペースが開いて積んであった段ボールが崩れた。

 では、何故倉庫から出してまでカーテンの裏で作業したのか?倉庫が筐体を開けて中を掃除したりするには環境が劣悪だったから場所を変えた。店長の部屋を使わなかったのは、二階だという事と運び入れる際の事故を避ける為、それがバックルームのカーテンの裏を使った理由だ。

 そしてここまで言ったら分かると思いますが、わざわざクーラーボックスまで用意して缶ビールを持ってきているのに、新歓用の何かを店長の部屋から追加で持ってくる。まぁ無くはないだろう。でも誕生日を祝うパーティーなら別だ。バックルームには冷蔵庫が無い。だから店長の部屋の冷蔵庫で保管するしかなかった。そんな冷蔵庫で保管しなければならない誕生日が絡むもの、つまりケーキ、というわけだ」

 長々とした説明の終わりに五号さんが持ってきた箱を開け、中を確認する。苺のショートケーキがホールで入っていた。話している途中、何度も箱の中身がケーキじゃなければ、そう思った。誰かがそこは間違っていると指摘すれば全てが崩れ去ってくれたかもしれない。でも、そうはならなかった。

 こうなってしまってはどうしようもない。純也がどうして俺にだけ推論を披露していたのか今なら良く分かる。ビックリ箱を渡された人間が中身を知っていたなら、渡したほうも渡されたほうも楽しめない。

「それじゃ、帰ります。サプライズを駄目にして、すみません」

 俺はそう言ってバックルームへ向かう。幸いこの場にはまだ霧海さんが居る。彼女さえ居れば新歓としてはやっていけるだろう。そしてそこに俺が居ては邪魔になる。潔く退場するべきだ。この選択は正しいと俺は思った。だから声が掛かるとは想定していなかった。

「待て待て、待てーい!」

 その声と死角から伸びてきた腕によって俺はその場で半回転しただけで止められた。

「サプライズはお前によって無に帰したが、それ以外のプログラムは死んではいない!それをも殺すというのか!なんて酷い奴だ!」

 店長は酔っているのか五号さんのような言い回しだったが、確かに、と納得出来るものがあった。

 いつもは暴論で人の諦めを誘う店長だが、今回は単純に俺の視野の狭さを指摘されたので、納得せざるを得なかった訳だ。サプライズだけ見れば失敗になる。が、一歩引いた所から見てみれば大したことではない、それだけの事だ。つまりはそう言いたいのだろう。

 そうして俺の中で考えがまとまった頃、別の視点を得た人も居た。

「てか、学は良いとこに気づいた!都さん、バックルームに冷蔵庫を設置してください。ホテルにあるような小さいやつでいいので!仕事終わりにビール飲めますよ。ビール!」

「お、市丘、それは良い案だ!さっそく検討しよう」

 目的も手段も一致した提案ほどあっさり通るものもないだろう。近々バックルームに小型の冷蔵庫が設置されることになるはずだ。ちなみに市丘(いちおか)とは瑠璃子さんのことではあるが、そう呼ぶのは店長だけなので覚えておく必要は無いだろう。

「冷蔵庫よりもバックルームに水道を引いてくださいよ。外かトイレに水を汲みに行くの面倒なんですよ?ロボットフィギュアに今回の筐体修理のパーツ。それと刀に合鍵、モデルガンと、何でもござれの友人に頼んでくださいよ」

 誰が言ったのかは分からないし、色々と物騒な物が混ざっていた気がしないでもないが、水汲みが面倒なのはそのとおりだと俺も無言で頷く。

 そんなやり取りを起点としてか、一度は静まり返った店内に声音が溢れ始めた。

 一つ失敗したところで全てが機能しなくなることはまず無い。もし一つが駄目になっただけで全てが駄目になるような事があったら、それは根本から見直したほうが良いだろう。

 最近つくづく思うのだが、杉村純也という奴は俺に的確な言葉を授けていたらしい。

「さて、サプライズは品里の無慈悲で無限大なビッグバンの嵐に飲まれて消し飛んだわけだが、まだ戦いは始まってすらいない!品里、ケーキのチョコプレートを賭けて、あたしと勝負だ!」

 何かが始まるのはいつも突然だと言うが、店長のそれはいつも暴力的な速度によって飛び込んでくるせいで対応が自然と肯定になる。

「単純に勢いで押されて肯定しているだけだろ」

 と、純也ならそう言うだろう。しかも人の心を見透かして、だ。

「仕方ない、受けて立ちますよ」

 俺が流れに任せてそう答えると、二号さんと五号さんが、「よし来た!」と、出番を待ちわびていたように飲んでいたビールを置いて、二人してバックルームに消えた。それから、すぐに「格闘ロボット大戦2」を抱えて現れる。持ってきた一台を置くと二号さんだけ残り、今度は一号さんを連れて五号さんは再度バックルームに消え、すぐにもう一台も運び出してきた。

 その後、残っていた二号さんは既にセッティングを済ませており、後からセッティングを始めた五号さんを手伝い、開始から僅か数分で戦いの舞台が完成した。

 実に手際のいい。八つ子ならではコンビネーションと言ったところか。

「よし!」

 と、席に着いた店長を見てから、俺も席に着く。

 懐かしい機体選択画面を上下にスクロールしてお目当ての機体を見つけ選んだ。

 赤く細身のフォルムに大きな右手、それに翼のついた俺のお気に入り。七年ぶりに操るこいつで勝てるだろうか?少々の不安を胸に、フィールド画面へ移り店長の機体と向かい合う。緊張からかスティックを握る手が汗ばんできた。

 そして画面に表示された開始の合図と共に俺が操る機体は空へ飛んだ。

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