一章 2
今日の晩飯は何にしようかと候補を選定していると、ふと気がつけば仕事が終わる時間を迎えていた。時間の流れを正しく認識できなかったのは、いつもより暇だったからだろう。その原因は店長にあった。
授業が早めに終わったのか近所の高校に通う学生服を着た生徒たちが、普段より早い時間から店を訪れていたため、店長が仕事を放り出して高校生相手に全力で対戦ゲームの勝負に挑んでいた。それもあってか割と暇だったというわけだ。
よく考えてみれば高校生だった頃から十年くらい経っても、俺と同じように楽しくゲームを遊んでる姿を見ると懐かしく感じる。それに俺や純也も店長相手に戦ってたなと、今では良い思い出になっていた。
そんな高校生たちが六時を過ぎ、店を出て行く中。バックルームから八護町兄弟三人と、
「おっすー、お姉さんが来たからもう安心だぞ!」
一人だけいつもと変わらないハイテンションで現れた人がいた。先輩で店長を除くと最年長の瑠璃子さんだった。
「お姉さんって歳じゃないだろ…」
「んだと?ふざけんなよ楽十(がくと)!」
瑠璃子さんの隣に居た一号機と書かれた帽子を被った二十八歳が、たぶんノリで地雷を踏み抜いた途端に襟を掴まれ、そのまま足を払われて床に組み伏せられた。一本だろう。
それを見ていた六号機と帽子に書かれた八護町さんも、
「あぁ、だからこの前言ったろ?瑠璃子が三十路をそろそろ踏むんだから気をつけろって」
そう言い放つと、一号さんを組み伏せていた体制から放たれた瑠璃子さんの蹴り上げをもろに股間にもらい、その場に崩れ落ちた。正直、見ているこっちも痛い。
「楽十も吾朗(ごろう)もアホ過ぎだろ。瑠璃姉だって人なんだから優しくしてあげないと傷つくだろ?」
「よしよし、明人(あきと)は良い子だな、今度デートでもしてあげようか!」
「残念だ瑠璃姉、オレは胸が小さい人は女性だとは思えないんだ」
こうして八号機も散った。アホだった。
あっという間にバックルームの入り口に屍が三体転がり、俺は三人の犠牲を受け入れて一番乗りでバックルームへと入る霧海さんの後を追い、本日の仕事を終えた。
俺が着替えていると引継ぎが済んだのかバックルームに店長と八護町兄弟の屍になってない方の三人が順々に入ってくる。八護町兄弟は三人とも部屋の中央で着替えを始め、店長はモニター群前の椅子に腰掛け伸びをし、口を開いた。
「ん~いやー今日も忙しかったねぇ諸君!少なくともあたしは死ぬほど疲れた!ねぇビール買ってきてくれない?」
「そりゃ三時間もぶっ続けでゲームやりゃあ疲れるでしょうよ。俺たちはその分、他に手が回って楽だったけど」
三号さんはそう言って制服を脱ぐと思い出したように、「そういや」と切り出した。
「都さん、一応確認でなんだけど明日でしたよね?シンカン」
「あぁうん、そーだそーだ。品里」
あまりに唐突だったので、シャツに腕を通してる途中で一瞬、動きが止まる。
「なんですか?」
と、着替えを再開させながら聞き返した。
「霧海には朝話してOKもらってるんだが、明日のシフトの後って暇?いや暇なんだけどさ。新歓やるんだよ。楽しみにしとけ?」
椅子に座ったままぐるぐる回りながら頑張って俺の方を向いて、理不尽にも明日の仕事が終わった後の予定を暇にされた。実際、暇だったのでいいのだが。そういう事は前もって話しておいてほしいものである。まぁ、店長には難しいことかもしれない。
それとは別で、最初に三号さんの言ったシンカンが新歓だとは思わなかった。確認があったので、てっきり新刊の方だと思っていたのだ。でも新歓とは懐かしい。まぁここで言う新歓は新入生歓迎会ではなく新人歓迎会の略だろうが。
そういえば会社に入ったときは無かった。あぁでも、そっちは新入社員歓迎会か。だとしても、学校などの年齢差が殆ど無い場所とは違うので面白そうだ。
「わかりました、楽しみにしておきます」
そう言った声は、想像が広がったせいか自分でも驚く程に楽しげだった。
始まりが早ければ終わりも早い。着替え始めが他の人たちより早かった俺が、一番乗りで着替え終わるのは必然だった。そんな俺に、「ちょうどいいな」と、店長はこの時を待っていたようで、モニターを見たまま雑用を押し付けてきた。
「帰る前にあのロボゲーのとこに女子高生が居るから、退店しろって言っておいて。おっかしーなー?さっき店の中ちゃんと確認してからここ入った気がするんだけどなぁ」
店長はうーむと悩み始めたので、「それじゃお先です」と、バックルームを出る。
「お、懐かしい制服、俊子(としこ)が着てたやつだ。結構カワイ」
店内へと出てドアが閉まり八護町兄弟の誰かの声は、途切れて聞こえなくなった。
さてと、ロボゲーの筐体はバックルームを出てすぐの所にある。だが、この位置からでは制服を着た女子の姿は見えなかった。奥のスペースに詰め込めるだけ詰め込みました感が否めないこの店なら仕方がない。筐体の影にでも居るのだろう。少し面倒だがそこまで行って伝えるしかないようだった。
コの字の壁に並べられた数々のゲームの筐体に今は誰も居らず、ロボゲーはコの字の中央に空いたスペースに、背中合わせの状態で並べられ置かれている。案の定、数歩進んだところでベージュのブレザーに身を包んでいる女子高生が視界に入った。
髪はよく見ると茶髪だが、暗めで一瞬黒髪にも見える。ふわっと軽くウェーブのかかったセミロングは、制服の色のせいか正直言って似合ってないな、と。そんな感想を抱いた。
そんな第一印象がまぁまぁの女子高生は、鞄を太ももに乗せてゲームをプレイしていた。後ろまで行くと、ちょうど彼女が操る黒と金色の機体がフックのような形をした翼で相手機体を捕らえて、とどめを刺すところだった。
画面にYOUWINと映し出されたのを確認してから、俺は彼女に声をかける。
「上手いな」
「ありがとう」
その声はゲーム音が混ざり合って騒音となったBGMに呑まれることなく俺の耳へと届き、拒絶の意思が突き刺さった。店の制服を着てる人が言いに来た方が良かったのでは?と今にして思う。説明するのは手間だがしょうがない、これも仕事だ。
「俺、ここの店員なんだ。ついさっきまで働いてたんだけどな、見てないか?」
「見てない」
「そうか…それでなんだが、高校生は十八時で退店してもらう決まりなんだ」
「そうなの。じゃあ、帰るわ」
明らかに拒絶を感じさせていたのに、意外と聞きわけのよかった女子高生は、言いつつ鞄の持ち手を取って立ち上がると、速くもなく遅くもない足取りで少なくない人を避けながら、店の入り口の方へと消えていった。
彼女が操っていた機体は乗り手が居なくなったことにより棒立ちとなり、相手機体に容赦なく破壊され、GAMEOVERの文字が画面に表示された。
「あ、まだ居たんですね」
声のした方へ首だけ動かし視線をやると、そこには霧海さんが立っていた。
「制服着てなかったから、たぶんナンパだと思われたんだ。それで手間取った」
「あぁー確かに」
納得されてしまった。そんなに俺はチャラく見えるのだろうか?
「それより、少し遊んでいく?」
話題を変えようとそう訊くと良い笑顔で笑われた。
「ナンパですか?良いですよ、少しだけなら。お昼にもやるつもりって言いましたし」
そう言って席に着いた霧海さんがついでとばかりに、「そういえば」と訊いてきた。
「都さんが探したときに女子高生が見つからなかったのってどうしてか分かります?」
あぁそれなら。と、わかっているので簡単に説明してあげた。
「店の外から新たに入ってくることは店長以外も見ていて出来ないし、バックルームには俺や霧海さんが居たんだから裏からの進入も出来ない。ならトイレに居たんだ。女子トイレは個室。いくら店長だろうと鍵のかかった個室の中までは確認しないだろう」
「あぁー確かに」
今度は正しく納得してもらえたようだった。
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