第11話、コジロ恋話
俺の名はコジロ。
オニ族っていうヒト型モンスターっす。
額にある2cmの二本の角がなければ人間と変わらないっす。
ポジションは、中級ダンジョンのボス部屋前で、ロクサンヨンっていうもう一人のオニ族と二交代でボス部屋を守っているっす。
正直に言うと、ボスよりも二段階くらい強いっす。
中級ダンジョンでネイムドモンスター(名前持ち)は俺とロクサンヨンだけっす。
俺にはオフクロ(マオ様)とオヤジ(リュウジ様)がいるっすけど、まだ本人達の前では呼べないっす。
人前ではグランマとグラマスって呼んでます。
俺たち二人には、中級ダンジョン全体の管理も任されているっす。
あんまり難易度高いと、みんな来なくなっちゃいますから、匙加減が難しいっすね。
ロクサンヨンはパワー特化で、俺は技巧派っす。
身長180cm体重62kgのやせ型、肩までかかる髪は後ろで束ねてるっすよ。
遺伝?なのか、オヤジに似た顔立ちで、結構モテるっす。
俺っちの守る中級ダンジョンのボスを倒すと、エリクサーの入った宝箱が入手できるっす。
これまでエリクサーの入手は一例だけっすけど、オヤジさんからは2・3ヶ月おきに負けるよう言われてるっす。
だけど、わざと負けるのも難しいもんっすよ。
「ギンコさん、あの後どうするつもりだったんすか?」
「あらっ? あそこで死ぬつもりだったのよ。
コジロの手にかかって…ね」
「はあ………。 卑怯っすよあんなの。
5回目でしたっけ?
最初の頃は元気でしたけど、回をおうごとに顔色は悪くなるし、ボロボロになっていくし。
最後は、来るなり倒れるって…あり得ないっしょ」
「6回目よ。
コジロで3回、もう一人に2回。
身体も限界だったし、エリクサーにかけるしかないじゃない。
それに、どうせ死ぬならコジロの腕の中で死にたいって、本気だったのよ。
おかわりは… どなん でいいのね」
「お願いっす。
他の店にはないんすよね…」
「当たり前でしょ。
これはお酒じゃないの。
工業用アルコール!
何人か試したけど、みんな口から火を噴いてたわよ」
「オヤジの世界の酒っすよ。
俺っち、全属性の耐性があるんで、これくらいじゃないと酒って感じがしないっすよ」
「バッカじゃないの。
いいこと。このお酒には、耐性無効の特性がついてるの。
ほら、おとぎ話に出てくる邪龍を酔わせるお酒よ。
だ・か・ら、あんたみたいなウワバミでも酔うのよ。
モンスターの麻酔代わりに用意していたのを分けてもらっているンだから、感謝してほしいもんだわよ」
「感謝してるっすよ。
口に含んだ時に、アルコール特有の突き上げる感じと、仄かな甘みがあるっす。
このお酒と出会えたのはギンコさんのおかげっすから、感謝してるっすよ」
「感謝が足りないわよ!」
冒険者だったギンコさんは、ガンに侵され手の施しようが無い状態だった。
自暴自棄の状態で、エリクサーだけに望みを託しダンジョンに通い詰める。
あの時は、本当に帰る意志もなく、ひたすらに俺の元を目指していたという。
俺の前で倒れて、このまま死なせてと言ってギンコさんは意識を失った。
意識を失ったギンコさんに口移しで回復薬を飲ませ、ボス部屋のドアを開ける。
ボスにはしばらく姿を隠すよう指示し、宝箱からエリクサーを取り出した俺っちはギンコさんを背負ったままオヤジのもとに向かい顛末を報告した。
オヤジの手配で、エリクサーは国で買い取られ、開栓時にギンコさんも恩恵にあずかった。
これが中級ダンジョン攻略の顛末である。
オヤジの配下となったギンコさんは、エリクサー売却の資金でこの店を開き、外の町の顔役となった。
「それにしても、コジロさんが女の人に惚れるとは思いませんでしたわ」とリズ姉さんにからかわれたが、当然否定したっす。
まったく、女の勘ってやつは怖いっす………
「それで、今日は泊まっていけるの?」
「いえ、深夜にダンジョンの幹部会があるっす」
「そう…、寂しいから浮気しちゃおうかな…」
「いいっすね。子供は二人で育てるっす」
人間とモンスターの間に子供はできない。
そういうのもアリかなと本気で思っているっす。
「オヤジの子供なら最高っすけど……無理っすね……」
「バカッ!」
それから一か月ほど経ったある日、ボス部屋前に20人ほどの集団が現れた。
「もう少し腕のたつメンバーを集めないと無理っすよ」
「ふっ、おとなしくしないとこのモンスター達が死ぬことになるぞ。
仲間を見捨てられるのか?」
男達の腕には、初級ダンジョンの 鬼っ子 というベビーモンスターが捕まっていた。
「そういうの無駄っすよ。
俺っちは独立した個体なんで、そいつらは成長してもそのまんまっす」
「くそっ、じゃあこいつはどうだ…」
「キャー、怖いわ…」
「ギンコさん…何遊んでんですか…」
「だってェ…、この人数は一人じゃ無理よォ…」
「こいつがお前の女だって、調べはついてる。
抵抗したら女は殺すぞ!」
「はぁ…、いいっすよ通っても。
それにしても、モンスターはいいっすけど、人間を誘拐したら犯罪じゃないっすか」
「はぁっ?
ダンジョン内は無法地帯。
それが共通の認識だぜ!
お前さんを倒すってのも攻略に入ってんだ。
おい、やっちまいな!」
「まぁ、想定内っすからいいっすけどね…ぐふっ…」
痛みは感じないっす。
むしろ、達成感っていうか、満足感に満たされるっす。
当然っすよね。死ぬのが苦しかったら、俺たちモンスターはもっと無駄にあがくっすから。
「コジロ!」
悪党の腕を振りほどいてギンコさんが駆けつけてくれたっす。
「コジロ!あんたがやられる相手じゃないでしょ!
何で抵抗しないのよ!」
「まんいち…ってこともありますからね…
ギンコさん…このかたなを…あずかって…ください…
おにっこ…つうろ…つかって…ぎんこ………りゅうじ…さんの…とこへ……
ああ…ぎんこさん…むね…やわらかい……」
「そういいながらコジロは光の粒になって消えました………
スミマセン……私があんな奴らに捕まらなければ…」
「そっか。
ギンコさんのとこに、そういうのが行くって想定しなかった俺のミスだ…
ギンコさん、こんな事があったけど、これからも協力してくれるかな?」
「それは…、コジロとも約束しましたから…」
「ちょっと急ぎの用があるから、俺は失礼するけど、この二匹を連れて行って」
「これは…スライム…ですか?」
「うん。戦闘型スライムだよ。
体と一体化するタイプで、防御特化のマモルくんと、攻撃特化のセメルくん。
二匹がいれば、コジロと同じくらいの強さかな。
体の老廃物も吸収するから、お肌もツヤツヤ。
よろしくね」
どこをどう歩いたか記憶にないが、それでも自宅に帰ってきた。
何であんな奴らに抵抗もしないで捕まったのか…
分かっている…コジロに助けてほしかった…
私のために剣をふるうコジロを見たかった…
あの瞬間まで、コジロがその身に剣を受ける姿なんぞ想像もしなかった。
あの程度の悪党から逃れる術など、いくらでももっている。
ああしておけば…こうすればよかった…
無限にループする思考を抱えながら、お酒を飲み続けた。
コジロの刀を抱いたまま、三日目の夜を迎えた。
肌はボロボロ…ツヤツヤだった…髪もぼさぼさ…サラサラだ……スライム君、演出ってものを考えようよ。
これじゃあ、三日間飲み続けましたよって、微塵も感じないよ…
血中のアルコールを除去しないでくれるかな…
栄養補給も要らないからさ…
ほらっ!触手で料理なんてしなくていいから…ズタボロのハズが、元気ハツラツじゃないの。
愛する男を愚かにも失った感ゼロのまま、三日目の夜を迎えた。
カラン…
「お客さん?
悪いね、当分休業なんだ…
んっ、覆面なんかしてるけど、やめておいた方がいいよ。
こうみえても、おせっかいなボディーガードがいるんだ」
「ああ、今日は預けてたもんを返してもらいに来ただけっす。
この覆面なら、完璧に身元を隠せるっすよ」
「なっ! … … なんで … …」
「いやあ、元気すぎるのも…ちょっと寂しいっすね。
少しは落ち込んで… … ムグ!」
こんなに長い口づけは初めてかもしれない。
ボロボロとこぼれる涙が頬をつた……わらず、スライム君に吸収された。
おい、台無しだよ!
「なんで……生きてんのよ……」
「あれっ、言ってなかったっすか?」
「何を!」
「名前もちモンスターには、竜種の細胞が取り込まれていて、核さえ残っていれば復元されるっすよ。
少し曖昧な記憶はあるっすけど、丸二日あれば概ね元通りっす」
「き…い…て…ません。
それで、一日合わないんですけど…」
「ギンコさんに悪さした残党を狩ってきたっす。
殺してないっすよ…国の警備兵に引き渡したっす」
モンスターは、魔力拡散のため、死ぬことが前提となっているんだそうな。
名前もちも例外ではなく、今後も年に数回は死んでエリクサーを提供するんだって…
バッカじゃないの!
「確認のために、もう一度死んで!」
「止めるっすよ!
それよりも、考えたっすけど、孤児を引き取って二人の子供として育てませんか。
3才から5才くらいの男の子と女の子。
オヤジとリズ姉さんに相談したら、ギンコさんさえ良ければいいんじゃないって…
俺、あんまり家にいられないけど…」
もう、嗚咽と涙と涎でグシャグシャ…スライム君、お願いだから演出に協力を… … …
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