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いちはじめ

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「今日のゲストは、先ごろ霊の存在を科学的に証明したと発表された、今最も注目されているこの方です」

 TV画面には、笑顔を振りまいている女性アナウンサーの姿があった。彼女の紺色のタイトスカートと、薄ピンク色のブラウスがそのスタイルの良さを引き立てている。

 彼女は、毎週金曜午後十時に放送されている、インタビュー番組のMCだ。この番組は、世間の耳目を集める時の人を招き、その人となりに迫ることを売りにしていた。彼女の美貌と、ユーモアにあふれる当意即妙なインタビューが受け、この手の番組としてはなかなかの視聴率を稼いでいた。

「では教授、よろしくお願いたします」

 彼女の反対側に、グレーのジャケットに臙脂色のネクタイを絞めた、少し緊張した面持ちの初老の教授が丸椅子に腰掛けている。

「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」といってポケットからハンケチを取り出し額の汗を拭いた。

「さて、霊が存在するのかしないのか、長らくの間論争の的になっていました。それを今回教授が、その存在を科学的に証明されたということですが、教授は霊の存在を信じておられたのでしょうか」

「信じていたというより、死を挟んで、脳と肉体がどのように変化するのかを研究していたのですが、その結果、そこに何かあるのではないかと感じていたのです」

「その何かが霊であったと」

「そうです、科学的に証明された何かを、私は便宜上『霊』と呼んでいます」

「臨死体験なども研究の対象にされたのでしょうか。」

「いいえ。スピリチュアルな霊界通信なども含めて、それらは主観的なものですので、別の分野の、例えば心理学とか宗教学とかの対象になるでしょう」

「では、教授の論文は、死後の世界や霊界の存在を証明したことにはならない訳ですね」

「残念ながらそうなります。その点ではひどく叩かれていますけど」と教授は自嘲気味に笑みを浮かべた。

 そこから番組は、教授の論文を分かりやすくまとめた五分ほどの資料映像を流した。


「なるほど。非常に画期的な研究成果ですね。人間の生命活動が、霊的活動との相乗によって営まれている、という事実に大変驚かされました」

「今後は、その点をもっと解明していくつもりです。生命の概念がドラスティックに変わっていくことでしょう」

 教授は番組冒頭とは打って変わって、自信に満ちた口調で答えている。

「ズバリ聞きますが、霊と人間はどんな関係にあるのでしょう」

「いい質問ですね。例えば真核細胞内に存在して、その細胞にエネルギーを供給しているミトコンドリアという器官があります。これはもともと別の生物で、それが細胞内に侵入し共生したものだと言われています。人間と霊の関係もこれ同じ共生だと考えられます。この共生が人間の進化に大きな影響を与えたのではないでしょうか」

 そう言い終わると教授は、手元のテーブルに用意されたグラスを口に運んだ。

 ここで彼女は丸椅子からやおら腰を上げると、教授に向かって歩み寄っていった。

 彼女の顔から表情が消え失せ、蝋人形のような不気味さが漂っている。

 教授は、様子がおかしい彼女の行動に動揺し、他の撮影スタッフに救いの目を向けたが、彼らも戸惑いを隠せないようだった。

「共生ですか、私はそうは思いません」

 彼女は、その美しい手で教授の顔を包み、話を続けた。

「むしろ寄生なのでは。ご存じかしら? ある種の寄生生物は宿主を操り、宿主が捕食者に捕食されやすいように行動させます。そして捕食されることによって、自分の卵をその捕食者にばら撒いてもらうの」

 彼女の顔が崩れ始めている。

「な、何を言っているんだ、君は」

 それが教授の最後の言葉となった。教授の頭は、人間とは思えぬ力で彼女の胸に押しつけられている。少しの間もがいていた教授であったが、もうピクリとも動いてはいない。

「霊はサル同然だった人間に寄生し、匿ってもらう代わりに知性を与えた。その知性によって人間は文明を築き、発展させ、霊の存在を証明するまでになった。それはなぜ?」

 彼女はもはや人間とは言い難い何かに変形していたが、声だけはそのままだった。

「それはぁ、霊が成熟して食べ頃になったというサインなのよ」

 教授の頭が、彼女の胸から突き出てきた肋骨に挟まれ、グシャリと音を立てて潰れた。

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