イラストレーターがギャルゲー主人公になる
目を覚ますとすでにお昼を回っていた。今日は平日で学校に登校しなければならないけど、この時間から行っても最後の授業に間に合うかどうかだから諦めた。
代わりに、自分の机に置いてあるパソコンに電源を入れ、起動するまでの間携帯のメールアプリを開いて何か受信していないか確認する。何も連絡がない事を確認し終えると起動したパソコンを操作してお絵かきソフトを立ち上げて昨日の続きに取り掛かる。
しかし、何度クリックしても続きを始める事が出来ない。メッセージウィンドウにはエラーの文字しか映らず、これが意味するのはデータの破損だ。
「う、嘘、だろ⁉」
何度も確かめたが、そのデータだけは開く事が出来ず、復元も出来なくなっていた。このままではイラストレーターとしての仕事に支障が出てしまう。
しかし、このまま焦った所で現状が良くなることはないので、スケジュールの再調整と生存確認の意味を込めてマネージャーに電話を掛ける事にした。
「こんな時間からすみません、佳奈さん。今時間いいですか?」
「断然いいよ。でも君から、しかもこんな時間に電話をかけてくるとは珍しいね。学校で何かあったの?いじめとかの相談なら乗っては上げられるけど解決するかは分からないよ?」
いきなりいじめの相談電話と間違われるのは少しだけ癪に障るが、不登校気味の俺がクラスに馴染んでいないのは事実なのであまり言い返せない。
「実は、今週納期になっているイラストがあるじゃないですか。それのデータが破損して復元不可能になってしまったので、一から書き直すことになってしまいました。」
「なるほどなるほど。‥‥今回の電話は、スケジュールの再調整をして欲しいという事で間違いないかな?」
「そう言うことになりますね。迷惑をかけるとは思いますが、お願いできませんか?」
「良いんだけど、『お姉ちゃんお願いします』って、言ってくれたら考えてあげるよ。だって、迷惑をかけるのは分かっているんだよね?頼んでいるのはそっちだし、こっちのお願いを一つぐらい聞いてもいいよね?」
ここに来てマネージャーの悪いところが出てしまった。いつも頼みごとをする時はこんな感じでブラコンの様な頼みごとをしてくる。
マネージャーである佳奈さんとは従妹で家が近かったのもあって年の離れた姉と弟の様な距離で育ってきた。それもあってマネージャーはブラコン気質を持ったまま育ち、仕事の時でも姉のように接しようとしてくる。
だけど、一概にブラコンであるからここまで要求をしてくると言うわけではない。
僕には家族がもういない。父も母も妹も3年前、家族全員で遊園地へ遊びに行った帰りに落石にあい僕以外は助からなかった。当時は家族を亡くしたショックで病院を退院した後は学校にもいかず家に引きこもっていた。
その時に僕を家に外に連れ出してくれたのが佳奈さんだった。佳奈さんが姉の存在になること家族を失ったショックを和らげてくれた。だから、今回のように家族のように接しようとするのか僕が少しでも家族を感じさせられるようにするためだったりする。
「ほらほら~。言ってみ?」
「はぁ~。……お姉ちゃんお願いします。(棒読み)」
「いいね~‼やっぱり、弟に頼まれるとやる気が出ますな~。」
あれぐらいで満足してくれるだけまだましだ。ひどい時には本人がいる所まで行かないといけない事があるから、要求がエスカレートする前でよかった。
「スケジュール再調整したら、連絡お願いします。」
「ん。任せときなさい。」
「それじゃあ、お疲れさ‥」
「何切ろうとしているの?まだ話すことあるでしょ?」
終了ボタンを押そうとすると、佳奈さんに止められてしまった。こちらとしてはもう何も話すようなことは一つもないのだが、何を話せばいいのだろうか?
「決まっているじゃん。学校の事だよん!この時間に掛けてきたってことは、学校、行ってないんだよね?」
「うげっ。」
気付いていないかもしれないと言う少しの希望を抱いていたが、ちゃんとバレているみたいだった。佳奈さんは姉のような存在と言っていたが、僕の保護者の様な存在でもある。だから、学校に行っていない事は保護者側からしたら注意しなければならない事なのだ。
「私はね、無理に学校に行けとは言いたくはないんだよ?君が、学校に行くことで辛い思いをしてしまう事が分かっているから強制はしない。でもね、留年もして欲しくはないんだよ。高卒で雇ってくれるところはあるとはいえ、留年と言う肩書があれば就職の難易度は上がってしまうんだ。」
「でも、僕には…」
佳奈さんの言う事はもっともだ。家族のいない僕が高校を卒業した後なんて就職の道しかない。大学に行くお金なんて用意できるわけがない。だから、高校卒業後、就職をするためには経歴に傷があってはいけない。
でも、僕はイラストレーターだ。自分で言うのは恥ずかしいが、界隈では少しだけ有名だったりする。今だって、ラノベの表紙絵・挿絵からエロゲー原画まで幅広い仕事が山ほどあって時間がどれだけあっても足らないんだ。
だから、就職をする必要なんてない。それなら、今ある仕事をどんどん熟していき、より有名になる方が将来的だ。高校生活を適当に過ごすよりも、イラスト用に資料を集めて、絵の練習をひたすらやる方が大切だ。
「それでもだよ。まだ分かってないみたいだけど、君がいつまで生存してられるのか分からないんだよ?絵が上手い子なんてどんどん増えて行っているんだよ?これも、デジタルが浸透してきた結果いいことかもしれないけど、代わりに君たちイラストレーターの世代交代が早くなってきているって事でもあるんだよ。」
そんなの十分分かっていた。いつ自分がこの界隈から消えてしまうか分からない。だからこそ、人気な時に稼げるときに稼ぎたいんだ。名前が消えてしまう前に、やれるだけやっておきたい。
「君の意志が固いのは分かったよ。それなら、こっちにおいで。お姉ちゃんのもとで一緒に暮らさない?」
「は?」
何でそうなるんだ?
こちとら忙しいのは分かっているよな?あんたがスケジュールを組んでいるんだよな?冗談はやめ欲しいんだが。
「だってさー、学校行こうとする気が無いんでしょ?なら、こっちに来て私が少し面倒を見た方がまだいいかなって?学校に行かないにしても、今みたいに生活のリズムが崩れた状態から、私が面倒見て生活リズムだけでも直した方がいいかなって。」
「そ、それは…」
グーの音も出ないまっとうすぎる意見に黙って聞く事しか出来なかった。
「でも、そっちに行くとして学校はどうなるんですか?確か、学校から距離ありましたよね?一応学校へ偶には行っているので、そっちに引っ越せば完全に不登校になりますよ。」
前に佳奈さんがアパートか何かの管理人をしていると聞いたことがある。引っ越すのはそこの事だろうとは思うけど、記憶が正しければ町二つ以上は離れていた気がする。そんなところから学校に登校とか通学時間が無駄だ。それなら絶対学校に行かない。心に誓ってもいい。
「だからね、転校も一緒にしよう。こっちの近くには私の知り合いが働いている学校があるから、そこに頼めば入れてくれるよ。」
「でも、転校って…」
「君、前期中間試験受けなかったよね?それに、出席日数ギリギリ。ほぼ留年が確定しているよね?私が知らないとでも思っているの?」
もちろん、保護者扱いである佳奈さんに高校生活において大切な成績を知らされていないなんてことはない事を十分知っている。どうあっても、僕が佳奈さんよりも下の立場である以上逆らえない。
「それと、もしこの件を飲み込めないようだったら、新しく貰った案件もパーだからね。」
「ど、どういうことですか⁉」
「実は、新しく案件が来てて、学園ものの(エロ)ゲームの原画を頼まれてるんだよね。でも、学校に行かず、崩れた生活リズムをしている君にはそんなもの絶対描けないでしょ?」
さらに追い打ちをかけられ、俺はイエスの一択しかない選択を迫られ、泣く泣く佳奈さんの所でお世話になることになった。
とはいえ、承諾したから今すぐ引っ越しの準備をするわけではないので、心の整理をすることにした。そして、消えたデータ分の仕事を早くやらなければならない事に気づき急いで書き始めるのであった。
それから数日して佳奈さんから引っ越し、転校、案件の詳細メッセージを貰った。
引っ越しについてだが、衣服のみを持って指定された場所まで来てくれればいいという事だった。家電製品などは佳那さんのアパートに持って行っても、すでにあるので邪魔とかで僕がいなくなってから勝手に処分してくれるらしい。かなり適当な書き方をされていたので多少心配ではあるが、何か意見しても聞く耳を持ってもらえなさそうだったので詳しく聞いたりはしなかった。
転校に関しては、すでに色々やってくれているらしく、落としていた単位のいくらかも回収した形になっているらしい。本当なら必要な編入試験も免除で、犯罪まがいの行動だが、バレなきゃ犯罪ではないとの言い分で共犯である以上黙っていろと心を読まれているのかの様なことまで書かれていた。こちらは共犯になりたくてなったわけでもなければ、むしろ勝手に色々されて被害者と言っても過言ではないのだが、すでにやられた以上バレた時に僕まで被害を受ける事は確定しているので黙っている事しか出来なかった。
最後に案件の事だが、これまたひどい内容だった。一度も真面目な学園生活を送ったことがない以上詳細を教えられないと一切何も知らされていなかった。つまり、学校に行かないと仕事をさせないつもりだ。
しかし、これに関してはいずれ(エロ)ゲーム会社の公式から作家・絵師の発表があるので、日々新作(エロ)ゲームの情報を確認していればいい。納品に間に合わないスケジュールになったとしても、これに関しては佳奈さんが文句を言われるだけだ。
そうして時間が過ぎ、佳奈さんとの約束の日になった。
目的の場所は記されていないものの、大まかな道導だけは教えてもらってので、それに従いながら進むことにした。
「この角を進んでいいんだよな?」
しかし、道順は地図で示しているわけではなく、文章で書き起こされているので何かと確認しづらくあっているのか分からない。
ただあっていると信じて突き進み、目的場所に着いたと思った。
そこは自分の通っていた高校の2倍の面積のありそうな場所だった。
立派な門らしきものがあり、夕方という事もあって学生らしき人達が校門から出て来ていた。
それから数分待っているのだが、佳奈さんが現れる事はなく、電話をしても出て来てくれない。
果ては校門から出てくる生徒たちから怪しいものを見るような目で見られ、精神的につらかった。
そして、その後も全然姿を現す気配がなかったので、思い切って出てくる生徒たちに声をかける事にしてみた。
「すみません…」
「ひっ!?」
しかし、声をかけてみたら、怖がられて走り去られてしまった。
同じように何人かにも声をかけてみたがみんなから逃げられてしまった。
それにしても、さっきから校門から出てくるのは女子ばかりで、数人は男子は出てきてはいるが手で数えられる人数だった。
「あそこだ、出撃!!」
肩を落としてめげそうになっていた所、校内の方から大きな声が聞こえてきた。
すると、多くの生徒らしき人達に取り囲まれてしまった。
「な、なんだ!?どうなってるんだ!?」
足りない頭で思考を続けるが、フル回転をさせても現状を理解することはできなかった。
そして、目の前に1人の女性が現れたと思ったら、背負い投げをされてしまった。
思いっきり地面に叩きつけられたので、その衝撃で意識に飛びそうになった。
「貴様、何者だ!」
意識を強く保つためにすべてを使っていたせいか、口を回す事が出来なかった。
答えれずにいると、更に抑えが強くなり、もうろうとしている意識がはっきりした。
「もう一度言うぞ!貴様は何者だ!」
「樋口(ひぐち)枇々(ひび)木(き)です!」
「ほう。それで、ここに何ようだ!」
「ここで、待ち合わせをしていた人を待っていたんです!」
命乞いをするように必死に声をあげた。
しかし、信じてもらえなかったのか、押さえつける強さはさらに増した。
「さっきから我が校の生徒に手を出していると報告を聞いたが?本当の事を言え!」
「本当なんです!手を出していません!待ち合わせの人が来ないので話を聞こうと思っただけなんです!信じてください!」
「まだ噓を付くか!」
喋れば喋るほど押さえつけは強くなり、呼吸するのがしんどくなってくる。
このままでは、意識を失っていつの間にか死んでもおかしくない。
佳奈さんの言われた通りにここに来ただけだったのに、いきなり取り押さえられてこんなところで死にそうになって、人生風な事ばかりだ。
「みんなどうしたの?」
もうろうとする中で一人の生徒が囲んでいる生徒に声をかけていた。
「今不審者を取り押さえている所です。」
不審者ではないのだが、勝手に決めつけられた。
「そうなんだ。…ちょっと通してくれる?」
「しかし、相手は不審者ですよ?先輩の頼みでも…」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと通してくれればいいから。」
囲んでいる生徒の中から出てきた先輩と言われる人が出てきた。
朗らかそうな顔つきの人で、いかにも人生楽しんでいるような人だった。
「君が不審者さん?思ったより若いんだね。」
「ち、違います!誤解です!無罪です!」
ここぞとばかりに声をあげた。
先輩というからには権力的には大きいはず。
この人だけでも誤解が解ければ解放される可能性がある。
「鳴華ちゃん、こう言ってるけど、どうなの?」
「いえ、報告によると、女子生徒ばかりに手を出そうとしていたと言聞いているので。」
「そうなの?」
「違います。女子しか出てこなかったので、女子ばかりに話を聞いていただけで、手を出そうとしてません!」
「そうなの?」
どっちの意見に加担することはせず、1人で考えている感じだった。
抑えている人や周りは、一向に話を聞こうとしなかったので、この先輩らしき人みたいに話を聞いてくれる人は嬉しかった。
これなら、5割の確率で助かるかもしれない。
可能性が出てきたので少しだけ心が落ち着きを取り戻していく。
「一先ず、取り押さえているの、やめてあげよっか。」
「何を言うんですか!?不審者が暴れ出す可能性があります。」
「でも、襲う気はないみたいだから、解放してあげてもいいと思うよ。それに、苦しそうだし、今にも死にそう。」
「分かりました。」
この先輩という人のおかげで一葉解放されることになった。
しかし、包囲されている事には変わらず、変な動きをすればすぐにでも襲われそうだった。。
「助かりました。」
「いいよ。それより、どうしてこの学園に来たのかな?」
「僕は、待ち合わせをしていて、それで約束をしてきた人が全然現れないので校門から出てくる人に聞いていただけなんです。」
「待ち合わせ?名前は教えてくれる?」
「野口佳奈さんです。」
「‥‥もしかして、野口先生の事かな?という事はもしかして、君は樋口枇々木君かな?」
「はい、多分そうです!」
この人はどうやら佳奈さんの知り合いのようだった。
これなら助かる方向に行きそうだった。
「君が、枇々木君なんだ‥‥。そっか、君が‥…。」
僕の名前を知ると、少し悲しそうな目になった。
佳奈さんとも知り合いのようだし、もしかしたら、両親がいない事を聞いていて、憐れんでいるのかもしれない。
はっきり言って、憐れむような目で見られると、切なくなってくるのでやめて欲しい。
「おーい、これは何の騒ぎだ!」
誰かが走ってきた。
そして、その声は知っているもので、顔を表したら確信した。
「枇々木、何やらかしたんだ?お姉ちゃんが来なくて、女子生徒でも襲っちゃったかい?」
だいぶ遅れて、約束を勝手にしてきた張本人が現れた。
しかし、取り囲んでいる生徒たちと同じような事を言いだすし、今回ばかりは少々頭に来た。
「遅すぎるよ!姉を名乗るなら、時間よりも早く来てください!」
「ごめん、ごめん。話し合いが長引いて、遅くなっちゃった。てへぺろ。」
佳奈さんのせいで痛い思いまでしたのに、当の本人は全く反省していないようだった。
ヘラヘラと笑っていて怒りは込み上げてくるも、逆に気が抜けてしまう。
雪の降る冬の短編集 雪の降る冬 @yukinofurufuyu
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