フラワーミスト

七夕と言えば、多くの人達の願いが短冊に集められる。

書かれているものは、恋人が欲しいだとか、お金が欲しいだとか、本来の趣旨とは変わった願い事をする人が増えてしまった。

本当は、習い事の上達や健康祈願など本来は、自分が叶えるための目標を書くものだったりする。


でも、時には残酷でどれだけ上手になろうと努力した所で出来る限界という物があり、努力すればプロになれるという事はない。

そして、元から叶える事が出来ない人だっている。


そんな人たちにはささやかな贈り物ギフトを送る。

彼らは世界中に多く存在するが、目で見る事は出来ない。

肉体を持たず、自我も有さない。

ただ願いに反応し時に手助けをする存在。

観測されないため知られることはなく、そもそも本当に存在しているのかすら怪しい。

でも、彼らは存在し続け、叶わぬ夢を全力で追いかける者に幸せを運ぶ。





「倉科、遅いぞ!」

「すみません、片付けに時間がかかってしまって。」


教室の扉を開けると、クラスのみんなは席に座り、教卓には先生が立っていた。

遅れてきたことにクスクスと笑われながらも席の間を通って自分の席に座った。

先生は俺が座ったことを確認するとホームルームを再開した。


「倉科、また練習してたのか?」

「当たり前だろ?俺はプロのサッカー選手になるからな。」


話しかけてきたこいつは幼馴染の三鷹。

同じサッカーチームに入っていて、認めたくはないが俺よりもサッカーが得意だ。


「お前も懲りないな。サッカー下手糞なんだから練習しても意味ないだろ?」

「言ってろ。俺はいつか誰よりも上手なサッカー選手になって見せるんだ!お前だってあっという間に超えてやる!」


宣言はしたものの、その壁はとても高かった。

昼休憩になるといつものようにグラウンドでの一対一。

お互いが相手がどう動くかを予測する頭脳戦を繰り広げながら、動き出せば体をぶつかり合わせる体力勝負。


「やっぱりまだ甘いな。」

「何をっ!‥…うわっ!?」


あと少しでボールが取れそうだったのに、一瞬にして体の力を受け流されると同時にボールまで持って行かれた。

今回はうまくいったと思ったのに、三鷹に言われた通り詰めが甘かった。


「くっそ、次は勝つ!」

「まだ無理だろ。お前、顔に出るんだもん。やる事バレバレ。それに、体運びも甘々だし、思考自体全て自分が優位で運んでる。」


言われた事すべて当たっていた。

しかし、当たっていたとして現状を変えられるほど俺は出来な人間じゃない。

なら、ともかく行動し続けて体に覚えさせる事しか出来ない。


「次だ次!」

「なあ、別に俺はいいんだが、どうして急にディフェンス側をしたいなんて言い出したんだよ。お前オフェンスだろ?」

「お前がいっつも考えろって言うからだ。ディフェンスがやられて困る事は俺には分からなかった。だから、実際にやればわかると思ってな。」

「‥‥そ。まあ、その行動力だけはプロ並みだな。」


三鷹はその一点のみは感心してくれているが、そこに結果はついて来ていない。

結果が付いてこない過程なんてスポーツの世界では意味を成さない。


「なあ、お前もそろそろ分かってるだろ?才能が無ければこの界隈ではやっていくことは難しい。努力では何ともならないんだよ。」

「それぐらい分てる。でも、最後までやり遂げたいんだ。」

「そうは言っても、この前なんて得点ゼロで勝ち無し。俺でもやめようかと思ってるぐらいなんだ。夢を追い続ける事が悪いことだとは言わないけど、諦める事も大事だって気づけよ。せめて、期間ぐらいは儲けろよ。」


それぐらい俺が一番分かってる。

才能がない俺がその辛さを一番分かってる。

努力だけでは解決しないことだって。


「期間は決めてる。」

「へー。で、いつなんだ?」

「明後日の試合で一試合も勝てなかったら俺はサッカーチームを抜ける。」

「は?明後日?本当に言ってるのか?さすがにそんなに早くなくてもいいだろ。」

「いや、もっと前から決めてたんだ。それに、お前が言ったんだ。それぐらい責任持てよ。」


昼休憩の間、俺は一度もボールを取る事が出来なかった。

明後日の試合で勝ちが無ければやめると宣言しているにもかかわらず情けない。

残りの授業の間、ほとんどはないを聞けていなかった。

ただひたすらに頭の中で三鷹に勝つシミュレーションをしていた。


放課後になると、みんなが一斉に帰り支度を始める。

俺もすぐに帰って練習がしたいのでなるべく時間をかけないようにしている。


「倉科、今日寄り道しない?」

「今日って何か特別な事でもあるのか?」

「何言ってんだよ。今日は七夕だろ?駄菓子屋のおばちゃんがお菓子を5個まで好きに持って行っていいて言ってたから行こうぜ。」

「そうなのか、それはいいな。」


俺たちはいつもの駄菓子屋に向かった。

言って見ると、ガキたちがたくさんいた。

みんなお貸し目当てのようで、そこらへんで友達と食べたり駄弁ったりしている。


「おばちゃん、遊びに来たよー。」

「よく来てくれたね。」

「こんちわー。」


元気よく挨拶をしてから、並べられている駄菓子を見て行く。

このお店は小さい頃から会って、今までさんざんお世話になっている。


「俺コレとコレは確定だな。」


手に取ったのは、ラムネ瓶を催した入れ物に入っている駄菓子と、笛の形をしていて実際にならす事も出来る容器に粒上のチョコが入っている駄菓子。

これは後でも楽しめるからいつもの定番として買っている。


それから品定めをして行く。

駄菓子は種類が豊富だから中々迷ってしまう。


「これで決まりだな。倉科まだか?」

「俺も決まった。おばちゃん、俺コレにするね。」

「あいよ。ほら、ついでにこれも持って行きな。」


おばちゃんから長方形に切られた折り紙を渡された。

今日は七夕で渡されたものを推察するにこれは短冊だ。


「笹を用意してるから書いて行っておくれ。」


来てくれた人には一枚ずつ渡しているみたいで、店の横に笹が立てられていた。

そこには色とりどりの折り紙が吊るしてあった。


「何書こうかな?」

「おいおい、サッカー選手になりたいじゃないのかよ。」

「う、うっせいな。願い事なら不可能な事を書きたいんだよ。」


そう言うと三鷹に笑われてしまった。

自分でもちょっとばからしい考えだと思ってしまった。


「そう言えばさ、フラワーミストって覚えてるか?」

「なんだそれ?」

「今日の授業中に線背が言ってたじゃん。」

「悪い、授業中の話聞いてない。」


先生が授業中に話していたことを再度三鷹からきことになった。

いわく、海外では昔からフラワーミストと呼ばれる精霊が信じられていて、願い事をかなえてくれるとてもいい精霊だと言われていたらしい。

実際に存在していたかは分からないが、七夕には夜空に天の川が出来るけど、あれはフラワーミストで、彦星と織姫の会いたいという願いをかなえるために集まっていてそれが星の集合体のように見えているだけだと昔は思われていたらしい。

そして、たくさん集まるから七夕の日に願い事をすると、フラワーミストがたくさん集まっているので願い事をかなえる力が大きくなり、かなえやすくなるとか。


実際に昔は信じられていて、今ではすたれたおとぎ話らしい。

けど、七夕はフラワーミストが集まる事を利用する儀式の派生という話もあるらしい。


「だからさ、お前サッカー下手だけど、願い事に書いとけばもしかしたらフラワーミストが願いをかなえてくれるかもしれないぞ。」

「何だよそれ。ま、願い事は元々決まってるから書くけどさ。」


三鷹にはこういったものの、その話を聞いて内心嬉しかった。

もし本当だったら、フラワーミストが叶えてくれる。

俺は努力しても天才には勝てない。

それを覆せるんだ。


「でも、やっぱり虚しいよな。」


自分で頑張るから楽しいのに、誰かの力で上手になってもそれは楽しくないよな。

家に帰って、ベットの上で寝そべりながらもう一度考えてみた。

あの時はああいわれて書いたが、やっぱり、よくなかったかもしれない。


寝る前にもあの話がぐるぐると頭の中を回っていた。

そして、いつの間にか俺は夢の中へと入っていた。





きらきらとした星の中、俺は誰かに呼ばれていた。

その声ははっきし聞こえるものではなく、なんとなく感じるようなものだった。


「誰が呼んでるんだ!」


大きな声を出してみるが返答が帰ってくることはなかった。

代わりに、そのキラキラしたものはより光を増すばかり。

そして、集まったその集合体は小さな箱のような形になった。


アケテ、アケテ。


一瞬そんなことを言われた気がした。

でも、こんな怪しげなものを開ける気にはなれない。


キミ、エライ。

タダシイキミニハプレゼント。

ダイジョウブダヨ、アケテ。


また同じように声がした。

そして、俺は触れるだけ触れてみようとその箱に手をかざすと、なぜかひとりでにその箱は開いてしまった。


「な、どうなってるんだ!?」


箱からは光があふれだし、目の前が真っ白になり何も見えなくなってしまった。

でも、その光はどこか暖かくて心地がいいものだった。





今日はついに期限の日になった。

サッカーの試合は全部で3回。

この試合全てに負ければ俺はサッカーをやめる。


「固くなってんな。もっと楽に行こうぜ。」

「う、うっせぇ!」


これはあくまで固まっているわけではない。

神経を鋭くするために集中しているだけだ。

決してビビっているとかそんなんじゃない。


「まずは一本目。集中を切らさず行こう。」


キャプテンの声を聴きみんなが高らかに返事をする。

みんなはいつも通りのようだが、俺だけは違った。

キャプテンが言ったように一本目が大切だ。

何でも最初を制さなければその後のプレーに影響が出る。


だから、トップである俺はがむしゃらに走った。

相手はどんどんパス回しをしていくが、俺はそれを追い続けた。

でも、ただ何も考えずに走っているわけではない。

これまで三鷹と練習したおかげか、相手が何処にボールを出したいか分かる。

そこは右、次も右、その次は左。

相手がパスを出したい方を責める事で、相手はパスを回してはいるものの、思うようなプレーは出来ていないかった。


「そこだ!」


苦し紛れのパスを続けたせいか、ここに来てパスを出す相手がいなくなり、隙が生まれていた。

ずっと追いかけていた俺はその気を逃す事はなく、まずは完全にパスを出せないように立ちふさがった。

こうなったら本格的に練習通りの一対一。

追いかけ続ければこうなる事は分かっていたので、練習したかいがあった。


「そうなったら、ドリブルしかないよな。でも、絶対奪う!」


ここで取ればゴールとの間にキーパー一人だ。

最高のシチュエーション。


しかし、相手もそれを承知の上で勝負を仕掛けてくる。

体を左右に動かし、ボールを足の裏で自由自在に動かす。


ディフェンスに回ればいつだって後出しになってしまう。

こうなったら、瞬発力か頭脳戦で制するしかない。

でも、俺にはどちらも才能がない。

だから、常に先手を打つ。


俺は左から攻めた。

そうすれば必ず右に避ける。

後ろに行くかもと思ったが、ここで引いたら余計に状況が悪くなるからディデンスの直観ではその行動をしない。

だから、右に行かせるつもりで攻め込み、相手が抜けると思ったその瞬間を付く。


「取った!」


抜けそうになれば誰だって一瞬油断してしまう。

俺はそのタイミングで必ずとれるように体のバランスを傾けていたのでその一瞬を付けた。


ボールを取った後の俺は電撃のように点を取った。

ゴールキーパーと一対一なら簡単。

相手が前に出て来ていれば抜けばいい。

ゴール下で構えているのなら左右に散らすようにシュート。

今回はゴール下で止まっていたので右端を狙い、狙い通りゴールをした。


「倉科、よくやったな!」

「おいおいどうしたんだよ!今日のお前冴えてるな。」

「今までどんな練習をしてたんだよ。」


ゴールを決めた後はチームメイトから喜びの声を貰った。

このチームにとって久々の得点。

誰が点を取っても喜びを隠せない。


それから俺たちはゴールを決められることもなく、無理と追加点を取って久々の白星だった。

その後の試合も、点を取られて危ない状況になったが、点を取り返して勝つ事が出来た。


「今日のお前凄いな。5得点だろ?」

「今日の俺は冴えてたからな。」

「もしかしてあれか、七夕の日に短冊に書いたからか?」

「まさか。練習の成果に決まってるだろ!」

「でも、フラワーミストのおかげかもしれないだろ?で、実際のところ、どうなんだよ?急に強くなったのか?」

「だから、本当に練習の成果だって。お前と練習したから相手の行動を読みやすくて偶々ゴール近くで取って、そのままシュート。それだけだって。」

「ま、確かにそうだよな。実際練習と同じように動いてたし。でも、俺も短冊に書いとけばよかったな。来年書こうかな。」


帰り際は久々に笑顔を浮かべて帰ることになった。




その日から俺は急激にサッカーが上手くなっていた。

と言っても、毎日朝から夜遅くまで練習した結果だ。

今までは努力しても結果が付いてこなかったが、今ではそれは違う。


「ついに、プロの世界に来たんだ!」


会場に足を踏み入れると、人工芝が足を誘っていた。

観客席には応援の弾幕や、リームの応援グッズを持った人で溢れかえっていた。


「一足遅かったとは言え、夢を叶えたな。」

「ああ。でも、三坂と同じチームとは思ってなかったよ。これからもよろしくな。」

「精々、下手なりに頑張れよ。」


これから俺は世界で活躍していくんだ!

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