もし次があれば、先輩とハッピーエンドを迎えられますか?第0話

今日は何度目かの告白。

俺は大好きな先輩に何度も告白をしてきたが、ごめんなさいの一言で断られてきた。

それでも、俺の好きな気持ちは揺るがないし、諦めるつもりもない。

せめて、付き合ってもらえない理由が聞きたかった。

何度も謝られてばかりで理由も聞けず避けられてきたが、今日ばかりは答えてもらおうと意気込んでいた。


「何で付き合ってくれないんですか!?俺は先輩の事がこんなに好きなのに!!」

「分かってる。君が私の事を好きなのはとっくに知ってたよ。最初のころは隠してるみたいだったけどバレバレ。」


今日はいつもと違った。

普段はこの後ごめんの一言で逃げられてきたが、俺の姿勢がいつもと違うからか立ち止まって話してくれたのかもしれない。


「勘違いしてほしくないんだけどね、私も君の事は好きだよ?」

「なら、どうしてですか!?両想いなら俺と!!」


本当は好きな人がいて俺に申し訳なくだと思っていた。

でも本当は先輩も俺のこと好きでいてくれていた。

それでも付き合ってもらえないことが、恋人関係になれない今に不満しかなかった。


「ごめんね。それでも無理なの。あなたの事が好きだからこそ私は……あなたと付き合えない。」

「それは、先輩の家が関係してるからですか?先輩のお父さんがロクでもない人だってことは知ってます。」


先輩の家庭事情は複雑だ。

父親は酒飲みの上にパチカスで、先輩に暴力を振るうような糞。

母親は情緒不安定なうえに不倫をして、俺と先輩が出会ってから数日もしないうちに離れて行った。

元々いい人らしかったが、父親があんなのだから変わってしまったらしい。


先輩は母親に見捨てられ父親の元を離れる事が出来なかったらしい。

今では先輩が汗水たらしてアルバイトで稼いで生活をしているらしいが、そのお金の一部を父親は使い込んでいるとか。

また、父親は先輩に水商売をやらそうとして俺が一発ぶん殴った過去はある。


「俺を遠ぞけたいからですか?付き合えば俺もひどい目に合うと思ってるからですか?」

「それもある。……けど、それだけじゃないの。」

「なら一体何を気にしているんですか!?俺はどんなことがあっても先輩いられればそれだけで――」

「それ以上言わないで。もう私は無理なの。ごめん、もう君と話してるだけで辛いの。今日は帰るわ。」

「先輩待っ―――」


腕を掴もうとしたけど、俺の手は空を切った。

追いかければいいのに俺はただ立ち止まる事しか出来なかった。

最後に見せた表情が苦しそうで、涙を流しているものだから、何もできなかった。


それから数日は過ぎたが先輩とは会っていない。

学校で会えると思ったのに、登校すらしていなかった。

本当は嫌だったが、先輩の家にも訪れてみたらそこには父親しかいなかった。

一発殴ったこともあるから会うのは気が引けたが、ここ数日何も食べていないのか死にそうな顔をしていた。

先輩について強めに問い詰めたが知らないの一点張り。

本当に先輩の事を知らないらしく、先輩がいなくなったのは最後に告白した日だった。


その日を境に俺は走り回った。

先輩がどこか遠くに行ってしまう、あるいは消えてしまいそうで怖くて足掻きたくなった。

友だちの家とかに内緒で止まらせてもらっているかもと思い、一軒一軒聞きにまわったし、どこかいそうな場所も隅々まで探した。

そうして最後に辿り着いたのはなかなかの高さがあるビルの立ち入り禁止の札がかかった屋上。


1人になりたいときにはうってつけだ。

何か大きな悩み事をしている先輩が今一番居そうなのに、優等生だからないだろうと思考を止めていたのを少し悔やんでしまう。


「見つけた。」

「どうして来たの?」

「先輩が好きだからですよ!たくさん考えました。走り回りながらも何度も考えて、それでも、俺は先輩の事、諦められませんでした!!」

「そう。でも、私の答えは変わらない。それに、あなたも考えを変える事になるわ。」


先輩がそんなことを言っても俺八考えを変えないし、好きだって気持ちは一生変わることがない。

はずだったが、線愛がフェンスから身を乗り出そうとして血の気が引いた。

今考えてしまった事が現実になりそうで怖かった。


「先輩!!何のつもりですか!?」

「見てわからない?飛び降り自殺。」


少し悪戯をするような笑顔でこっちを見てきた。

先輩の目はすでに正常じゃない。

ここで止めいないと本当に死んでしまうと、俺の頭が警告を出している。


「なんでですか!?」

「私が生きる意味を見出せないから。これ以上生きていても良い事ないから。」

「勝手に決めないでくださいよ!これからの事なんていくらでも変えられます!」

「無理よっ!!」


何でそうやってすぐに決めつけるんですか。

もしかしたら変えられる未来があるかもしれない。

俺は善人ではないから、未来がいい事ばかりではないかもしれない。

それでも、幸せになる努力は惜しまないつもりだ。


「一ついい事を教えてあげる。私のお父さんが私に虐待しているのは知ってるわよね?」

「はい。」


この手で一発殴った感触は今でも思い出せる。

ここに来るまでにも顔を見てきたからなおさら。


「でもそれだけじゃない。あの人はね、私を犯してるの。」

「犯してるって―――」

「たぶん思ってることだよ。私、処女じゃないんだよね。ま、一回しか犯されてないから、妊娠とかはしなかったけどね。」


鈍器を殴られたような感覚に襲われた。

暴力だけでなくレイプまでされていた事実を知ってしまった事がとても響いた。

俺が居れば先輩を大丈夫と思っていたのに、ここまで自分がおろかだって気づいていてもたってもいられなかった。


「どう、嫌いになったよね。汚れてる女と付き合いたいと思わないでしょ?」

「……」


言葉が出なかった。

そんなこと全然思ってもいない。

でも、こんな俺に同情の言葉を言うが権利があるのか分からない。


「やっぱりね。だからもういいんだよ。」


何もかも諦めたように先輩は言ってのけた。

その姿を見て、俺は黙ってはいられない。

こんな俺でも今の先輩を止めるぐらいはしないといけないと心から思った。


「俺は、それでも――」

「まだ駄目?ん~ならねー……本当は最後まで隠しておきたかったんだけど私、子供を産まないからだなんだよね。」


今の事だけで諦めて欲しかったと言わんばかりに重大なことを簡単に言ってのけた。

先輩からしても俺からもしてもとても重要なことを俺は言わせてしまった。

もしかしたら、最後まで黙っていたかったかもしえない。

言いたくないことを言わせてしまったのかもしれない。


「この言い方だと少し違う、かな?生めない体になったんだよ。」


なったという事は、これまでに何かあったんだともう。

父親と関係している事だと思うし、それ以外に考えられない。

レイプの事が関係しているとは思いたくないが、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えるのに精一杯だった。


「この前虐待された時に腹部あたりを強く痛めたんだよね。それでも泣き叫ぶ私に殴りや蹴りを入れて来てね。」


笑いながら言っているが、実際はそんなものでは済まされないはずだ。

男と女の筋力の差で考えればわかり切っている。

男性の本気のケリを鍛えてもいない女性が数発も喰らえば痛いと泣き叫ぶだけで済まない。


「医者が言うにはもう子供は作れないってね。」

「…………」


全てを察したとは言わないが、先輩が俺の告白を断ってきたのが少しだけ分かった。

先輩は今の生き方に疲れたんだと思う。

母親に見捨てられ、父親には暴力を振るわれ、学校に行けば偽りの自分で過ごし続ける。

弱音を吐く事すら許されない生活は、十数年生きてきただけの女子には過酷だったはずだ。


「私ね、処女じゃない私を好きって言ってくれるなら付き合う予定だったの。」

「…‥……」

「でも、医者から子供を産めないって言われて付き合わないことにしたの。だって、付き合ったらさ、どうしても子供が産みたくなっちゃうじゃん。」


産みたくなる。

その一言を聞いただけで、自分がどれだけ先輩に無神経な事をしてきたか考えさせられた。

先輩だって悩んだはずなんだ。

今にも泣きだしそうな顔で、それでもこらえている。


「よく子供が産めなくて困ってる親がいるじゃん。まだあの人たちは可能性がある。でも私は?」


子供が産まれてこなくて困っている人がいるのは聞いている。

家族間でぐちぐち言われたりして辛いっていう人や、純粋に子供が欲しいのに授かる事が出来ず苦しんでる人がいる。

でも、その人たちは絶対に産まれないというわけではないから、いつか授かる可能性が十分にある。


そんな人たちに比べて先輩はどうだ?

先輩の口から、子供が欲しくなると言われた。

なのに産む可能性が完全にない先輩の苦しみは、その人たちよりも何倍も苦しいはずだ。


「医者に言われた時、絶望してた。生きる意味だけじゃない。何もかもが無くなったみたいだった。だから今日で死んで終わりにしよう。そう思ってたの。」

「それでも、自殺させません!先輩が処女じゃなくても、子供が産めなくても、俺は先輩と生きたい!!」

「私と君と生きたい。……でも、生きたいと思っても生きる気力が湧かないの。今私が生きていることに虫唾が走るの。」


先輩は、自身のなにもかも許せないんだ。

顔が青ざめているなんて生ぬるい表現よりも深く暗く堕ちていた。

先輩には他人の言葉が入ってこない。

気休めの言葉は彼女を苦しめるだけ。

もう、先輩を救える人なんて、誰一人なんていないんだ。

好きになって、好きになってもらった俺の声も届かない。


「だからごめん。どれだけ君といたくてももう無理なの。このまま私の人生を終わらせて。もう惨めな思いをさせないで‥‥。」


今生きているだけで自分がどんどんと壊れて行って、生きるだけで常に他人と比較してしまう。

考えたくなくても、無意識に思考が駆け巡り、行きつく先は欠陥の一言。


目の前にいるはずなのに、先輩の距離は無限の限りに遠い。

手を伸ばしても届かない程遠くに行る。

ここで止めないと後悔すると分かっているのに、今だに俺の体はいう事を聞いてくれない。


動け動けと電気信号を送っても、先輩への気持ちはそこまでなのかと怒っても動かない。

動き出している先輩はどんどんと遠くへ行ってしまう。

あれ以上先へ行けば取り返しがつかない結果になってしまう。


早く動けぇ!!

ダメだ、先輩は本気なんだ!!

どれだけ先輩が絶望しても、どれだけ周りと比べてしまっても、俺だけでも先輩の味方でいてあげないといけないんだ!!

先輩が好きなんじゃないのか!?

それなら、ここでガツンと言って、行動しろよ!?

このまま自殺を見ているだけでいいのかよ!!!!


目の前が真っ赤になっていく。

食いしばる歯の痛みはもう分からない。

上手く呼吸が出来ているのか、そもそも呼吸で来ているのか心底疑問だ。


「先輩!!駄目だぁぁぁぁ!!!!!!」


いつの間にか動いていたからだ、先輩の距離をどんどんと縮めていく。

遠すぎると思っていたけど、加速しだした気持ちの前ではほんの少しの距離でしかなかった。


間一髪のところで先輩の腕を掴めた。

後はこの腕ごと引っ張り上げるだけで―――……なんで持ち上がらないんだよ!?


先輩の体はすでに重力に引きづられている。

自由落下が始まってるから、そこらの力では引っ張り上げる事が出来ない。

下手をすれば俺まで落ちてしまう可能性がある。

このままでは2人とも落ちるのは目に見えている。

だから俺は覚悟を決めた。


俺が落ちる代わりに先輩を引き上げるんだ。

よくあるゲームだと、自分と対象の相手の位置を変える魔法があったりするが、こんな糞みたいな世界に魔法なんて存在しない。

でも、魔法がなくたって、それぐらい俺ならできる。

『エネルギー保存の法則』、『作用反作用の法則』。

先輩を引き上げるために必要な力を生み出すために、俺が真逆の力を受け持てばいい。


ほら、そうすれば先輩が助かって解決だ。

ちゃんと奥の方に飛ばせた。

その代わり俺は落下しちゃってるけどな。


「な、んで――――」


あーあ、これは助からんわ。

せめて顔面からは落ちたくないな。

徐々に加速しながら落ちていく体を何とか捻るビルの屋上を見ると先輩が顔を覗かしていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。――――」


我慢していたはずの涙は既にこぼしていた。

落ちる俺を見ながら何度も謝罪の言葉を叫んでいた。

せっかく綺麗な顔を涙で汚させてしまった。

男としての最後だって言うのに、女性を泣かして死んでしまうなんて後悔しかない人生だ。

いや、ギリギリまで動けなかった時点で失格なんだけどな。


「あはは。あはははは。あはははははは。」


何とか耐えていた先輩が、俺のせいでついに精神崩壊してしまったんだ。

麻痺してしまった先輩は泣きながらも笑う事しか出来ないみたいだった。

最後に見た顔はドロドロに濁った眼をした泣きじゃくる先輩の姿だった。


こんな終わりを迎えるぐらいなら、もっと先輩と青春していればよかった。

最後のお別れが、先輩に悲しみを押し付けるだけのものになってしまったのは最大の後悔だ。

もし次があれば、先輩と……。

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