第39話



 休日を迎えた。


 前日に囀から連絡があって、彼女と一緒に出かけることになっていた。近くの駅で待ち合わせをしている。いつも通り朝は早く起きて、軽く勉強して脳を動かした。


 今日は制服ではなかった。月夜は、私服のセンスが特別あるとはいえないが、ないわけではない。あるようにも見えるし、ないようにも見える。どちらかというと、ある方に傾いているが、見る者によって評価は分かれるだろう。


 待ち合わせは午前九時だったから、八時に家を出て、所定の駅に向かった。


 三十分前に駅に到着する。


 当然、囀はまだ来ていなかった。


 改札を抜け、バスロータリーの前のスペースで、適当に場所を見つけて待つ。駅舎を支える巨大な柱があったから、そこに凭れかかった。リュックから本を取り出し、それを読み始める。今日はストーリー形式のものではなく、好奇心から買った新書だった。現在の日本の科学技術について、網羅的に記されている。


 今日も寒かったが、月夜はコートを来てこなかった。代わりに手袋をしている(代わり、というのは少しおかしいが)。手袋をしたまま、本のページを捲るのは大変なので、結局、囀を待っている間は、それを外さざるをえなかった。外気は冷たい。それほど肌が弱い方ではないが、気をつけないと、皹ができてしまいそうだった。


 途中で読書を中断して、時計を見る。約束の時刻までまだ十五分ある。月夜は、近くにあるコンビニに入って、温かいコーンポタージュを一つ購入した。彼女が自分で飲むのではない。囀が来たら彼女にあげようと思った。


 コンビニを出て、駅前に戻ると、囀の姿があった。


「おはよう」囀は笑顔で手を振った。


 月夜は頷く。たった今買ってきた飲み物を、彼女に渡した。


「くれるの? 僕に?」囀は目を丸くする。「へええ……。なかなか新鮮な感じだね」


「どこに行く?」


「うん、じゃあ、まず、映画を観よう」


 囀の隣に並んで、月夜は歩き始める。


 囀は、海外の学生服のような格好をしていた。月夜以上に気合いが入っているのは確かだ(月夜の場合、衣服の着用行為に、気合いは必要ない)。遠くから見れば、人形が歩いているように見えるかもしれない。服は上下で繋がっている構造になっており、色はチョコレートみたいな感じだった。


 しかし、どこからどう見ても薄着だ。


「寒くないの?」横断歩道を渡りながら、月夜は質問した。


「寒いけど、見た目の方を、優先しちゃった」囀は笑った。「どう? なかなか可愛いでしょう?」


 その通りだと思ったので、月夜は頷く。


 囀が向かったのは、駅前にあるショッピングモールの上階にある、よく知られたチェーンの映画館だった。室内は薄暗く、それらしい雰囲気が漂っている。床には簡易な絨毯が敷かれており、歩く度に靴底に摩擦を感じた。


 天井には、丸い照明が、いくつも嵌っている。


 窓はなく、閉鎖的な空間だった。


 何を観るのかと思ったら、SFだった。囀はその手のものが好きらしい。たしかに、大画面で観るのなら、人間ドラマより、激しい戦闘の方が良いだろう。


 囀が月夜の分までチケットを買ってくれた。


 その代わりに、月夜はポップコーンとジュースを彼女にプレゼントした。


 上映開始まですぐだったから、外で待つこともなく会場に入ることができた。席は予め指定されている。運良く中央の席が空いていたみたいで、巨大なスクリーンの全体を見渡せる位置だった。


「僕ね、こういう映画観ると、酔っちゃうんだ」座席に腰かけたあと、囀が言った。


 月夜は彼女を見る。


「大丈夫?」


「うん、だから……。もし、吐きそうになったら、よろしくね」


「え? よろしくって、何を?」


「介抱を」


 月夜は思案する。あまり、誰かを介抱できる自身はなかったが、とりあえず頷いた。

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