第33話
「ごめん、囀。聞いていなかったから、もう一度、初めから話してくれる?」
話し途中だった囀は、口の動きを止めて、目を少し丸くする。
それから、ゆっくりといつも通りの笑顔に戻った。
「なんだ、月夜。人が一生懸命話していたのに、聞いていなかったの?」
「ごめん」
「仕方がないなあ……。じゃあ、もう一度、最初から話すけど、聞きたい?」
「うん、聞きたい」
「今度は、ちゃんと聞いてね」
「うん、必ず」
囀の意見は、概ね月夜に賛同するものだった。賛同されても、月夜は嬉しいとは感じない。意見を大勢に向けて発信すれば、賛同する人間も、反対する人間も、それぞれ現れる。たまたま、囀は賛同する側だっただけにすぎない。
ただ、彼女は、美しいと、可愛いという感情は、発生する要因は同じではないか、と言った。
囀と意見交換している内に、体育の授業は終わった。自然な流れで解散し、更衣室に向かう。制服に着替えて、一度教室に戻り、科目ごとの教室に向かった。
さらに三つ授業を受けて、昼休みになった。
その日は、囀は月夜を昼食に誘ってこなかった。
月夜は教室を出て、真っ直ぐ図書室に向かった。
スリッパに履き替えて室内に入ると、臨時の図書委員が開催されていた。臨時だと分かったのは、話している内容が、通常とは異なっていたからだ。
彼らは、この図書室から本がなくなったことについて、対策を考えている最中だった。
月夜は、このとき、本を見るふりをしながら、意識的に彼らの話を盗み聞きした。
それは、彼女に、その話題に対する一定の興味があることを示している。
一時的な興味だったが、この瞬間に、知りたいという欲求があるのは確かだった。
文庫本が並べられた本棚の前に立ち、一冊を手に取って、顔はページに向けたまま、意識を聴覚に集中させる。
図書委員の話し合いから、一つの事実が分かった。
それは、図書室から本が盗まれたにも関わらず、盗まれたと考えられる時間帯に、誰の姿も確認されていないことだ。
事態が普通ではないと判断され、とうとう監視カメラの映像が確認されることになったらしい。監視カメラは、職員玄関に設置されており、そこを堺に、外を向いたものと、内を向いたものの、二つが存在する。内側、つまり校舎内を撮影したものは、職員玄関から廊下を奥に向かって直線的に撮影したものだから、図書室に侵入した者がいれば、間違いなく映り込む。廊下に障害物はなく、見通しはかなり良い。カメラの死角に隠れて、図書室に侵入することは不可能だと断言できる。
盗まれた二つの本は、いずれも、放課後に返却されて、次の日の朝にはなくなっていたから、その間に誰かの手にかかったことになる。図書室は、全校生徒が帰宅してから、司書が責任を持って戸締まりをする。ときどき出張が入ることがあるが、司書を務める女性は、その二日とも、最後まで図書室に残っていたと話した。もし返却された本を盗む者がいたら、間違いなく彼女が気づく。返却ボックスは、カウンターの傍に置いてあり、予約されている本を、わざわざ本棚に戻す必要はない。つまり、それら二冊の本は、司書の手もとにあったといえる。
月夜は文庫本のページを捲る。
司書は、このようなことが今後も起こるなら、暫くの間本の貸し出しを停止せざるをえないが、どうしたら良いだろうか、と図書委員の皆々に問いかけた。盗まれた本は、すべて返却後に被害に遭っているから、貸し出されなければ、返却されることもなく、事件の根を断つことができる、という主張だ。
一人の生徒が、方向性としては間違えていないが、若干過剰ではないか、との意見を述べた。これに司書も同意し、対応策を考えなくてはならない、と話を続ける。
そこまで聞いたところで、月夜は彼らの話し合いから離脱した。
聴覚を意識的にシャットアウトし、今度は視覚に集中する。
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