第7章 不適合
第31話
学校に行く途中で、囀には会わなかった。電車にはいつも通りの位置に乗車したが、彼女が乗ってくることはなく、がらんとした座席のまま、電車は学校の最寄り駅に到着した。改札を抜けて、道を進み、門に至る。
昇降口で一連の手続きを済ませて、教室に入ると、そこに囀がいた。
「おはよう」彼女は言った。「今日、間違えて、早く来ちゃった」
自分の席に座りながら、月夜は頷く。
今日は一限目が体育だから、今から着替える必要があった。囀はもう着替えている。服装は特に指定されていないので、自由に選べる。囀は、中学時代に使っていたものか、ジャージ姿だった。
わざわざ階段を降り、外に出て、体育館の近くにある更衣室に向かう。中に入ると、部活動の生徒と鉢合わせた。しかし、特に窮屈なわけでもないし、何のストレスも感じなかった。
着替え終えてから教室に戻ると、囀はまた眠っていた。
席に着いて、月夜は勉強を始める。起床してから自宅で勉強したので、今はその続きだった。古典の予習をする必要があるので、それをやった。知らない単語がいくつか出てきたが、辞書で調べると、すぐに意味が分かり、それが本文の内容にも一致していたので、そのまま適用した。
時間が過ぎる。
午前八時になったタイミングで、生徒が一人現れた。二人に軽く目配せしたが、何も話しかけてこなかった。
十五分くらい経過した頃には、教室の三分の一程度の席が埋まっていた。
八時二十分になったとき、一人の女子生徒が、教室に入ってくるなり、妙なことを告げた。
「図書室で、また、本が盗まれた」
以前にも同様の内容を伝えた、図書委員の一人だった。彼女は、各週の決められた日の朝に図書室に向かい、前日の放課後に返却された本の整理を行っているらしい。
今回も同様の手口で、予約されていた本が、予約していた生徒よりも先に、貸し出し手続きが成されない状態で持ち出された。盗まれたのは学校史について細かく書かれた大判の本で、予約していた生徒は前回と同じ者であり、授業で課されたレポートを作成するために、それが必要だとのことだった。その本は、一種の図鑑に類するもので、とても分厚く、その分重みもかなりある。文庫本サイズだったらポケットに隠せるが、図鑑となればそうはいかない。そして、前日の放課後に返却されたものが、今日の朝になくなっているとなれば、持ち出されたのはその間、つまり、夕方か、それ以降ということになる。
クラスメートは、その話題でかなり盛り上がっていた。心配する声もいくつか上がったが、本心からではないだろう。この事件が纏うミステリーな雰囲気が、謎めいていて面白いのだ。退屈な日常に刺激を与えてくれるものには、彼らは機敏に反応する。
そういう話題を耳にしても、月夜はあまり興味を抱かなかった。そうした事件は、知らない内に解決され、その後どうなったかということについては、生徒には伝えられない。そして、生徒も自然と忘れていく。ブランクが続いて新しい事件が起これば、また心踊らせて、束の間のエンターテインメントを楽しむ。その繰り返しだ。
囀は眠り続けていて、クラスメートが大きな声で話していても、全然起きる素振りをみせなかった。よく見ると、耳にイヤフォンを嵌めている。音楽が流れているのか分からないが、この空間から一時的に離脱して、自分の世界で浮遊しているようだ。そうすることを求めて、イヤフォンを嵌めているのかもしれない。
間もなく教師がやって来て、学生生活が始まった。いつも通りホームルームを行って、終わり次第、授業を始める準備に移る。
一限目は体育なので、体育館に移動しなくてはならなかった。ホームルームと一限目の間は五分しかないから、急ぎたくなくても、急がないと間に合わない。
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