第24話
「月夜は、次は何?」
歩きながら、月夜は答える。
「地学」
「なんか、現代文ってさ、面白いよね」囀は話した。「文章の意味を、紐解いていくのが」
「文章の意味を、紐解く?」
「そうそう」囀は説明する。「つまり、したがって、しかし、みたいにさ、その下に、それらの言葉が示す要素がくっついているわけでしょう? で、そういうふうに示されたものは、きちんと、その全体の中で役割を果たしているわけで……」
月夜は頷く。
「そういうのが、面白い」
「ごめん、よく、分からない」
囀は月夜を見た。
「分かってよ」囀は微笑む。「説明が下手なのは承知しているけど、なんとか、理解して」
囀が今した説明を思い返し、月夜はもう一度理解しようとする。ニュアンスは伝わったが、それで合っているという確信はなかった。
「少し、分かったような、気がする」
「本当?」
「うん」
「ああ、よかった」
囀と別れて、地学教室に入る。この部屋は、常に暗くて、如何にも実験室という感じがする。しかし、地学はあまり実験を伴わない授業だから、そのイメージは本質とはずれている。地学では、観察もあまりしない。配られたプリントに目を通して、教師の説明を聞くだけだ。プリントには、中身のない括弧が並んでいて、そこに、教師が言ったことを一つずつ記していく。だから、ノートをとるよりは労力は少なくて済む。ただし、理科系の科目は、覚えなくてはならない用語が多く、かつそれらの用語はあとで触れる別の単元に繋がっていることが多いから、一つずつ丁寧に覚えないと、後々お釈迦になる(お釈迦というのは、ここでは、存在の名称ではない)。
それでも、現代文よりは負荷はかからないから、月夜は手を動かしつつも、頭では別のことを考えていた。
今日の朝聞いた話と、図書館で耳にした話が、少し気になった。
あの女子生徒は、無事に小説を手に入れられただろうか?
いや、きっと、まだだ。
本はどうして消えてしまったのか、と月夜は多少不思議に思う。
疑問に感じるのは、興味を抱く前兆だ。
だから、彼女は、この出来事に関して、後々興味を抱くかもしれない。
小説は昨日の午後に返却されたが、今日の朝にはなくなっていた。つまり、誰かが盗めるとしたら、その間の時間、つまり、夜の間でしかない。
盗んだのではないとしたら、本はどうやって消えたのだろう?
考えられるのは、司書が嘘を吐いている、という可能性だ。したがって、本は実際には消えていない。消えたように錯覚させられた。図書委員のあの女子生徒が嘘を吐いているということは、おそらくないだろう。その女子生徒と、司書が、口裏を合わせているという可能性もなくはないが、一般的に考えられない。そもそもの問題として、司書が生徒に嫌がらせをしたら、処分される危機になりかねないから、司書が嘘を吐いているというのも、現実的にはありえない。
となると……。
やはり、誰かが盗んだのだ。
いったい、誰が、何のために、そんなことをしたのだろう?
地震が起こる仕組みについて、教師は落ち着いた声で説明している。日本の周囲を取り囲むプレートの名前を括弧に入れ、記憶する。しかし、今記憶したことは、明日には忘れているから、明日もう一度記憶し直す必要がある。
断層の種類を三つ覚え、それぞれを示す図に矢印を描き込んだ。これは、断層の動きを示している。
ホットスポット、という単語が出てきた。これは、日常的にも使われる用語だが、地学の分野でも専門用語して使うらしい。
そうこうしている内に、再びチャイムが鳴り、授業は終わった。
教室には戻らず、図書室に向かう。小説消失事件の行方が気になったからではない。そこで勉強しようと思ったからだ。図書室は、年中暖房が効いているため、月夜はあまり好きではなかったが、教室ではほかに残る生徒がいるので、彼らが帰るまでここにいることにした。
図書室は空いていた。
受験生の姿もちらほらと見られる。
司書が挨拶をしてきたから、月夜は軽く会釈した。
なんとなく、天井に目を向ける。
白い照明が灯っていた。
個人用のブースが空いていたから、テーブル席ではなく、月夜はそちらを選んで腰かけた。リュックを脇に置き、そこから勉強道具を取り出す。
忘れない内に、今の地学の授業で習ったことを、軽く復習しておこうと思った。
プレート、断層、ホットスポット……。
自分は、地球の住人なんだ、と月夜は思う。
しかし、それだけだった。
もし、火星の住人だったら、自分は火星の住人なんだ、と思っただろう。
電子辞書を起動し、分からない単語を調べる。教科書には書かれていない用語も出てきたから、それらの意味も調べた。
シャープペンシルを回す。
ノックして、芯を出す。
単語を何度か繰り返し書き、なるべく記憶に残るようにする。
突然、背後から抱きつかれる。
振り返ると、囀の顔がすぐ近くにあった。
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