第5章 不条理

第21話

 昼休みになった。


 月夜は、今日も囀に呼び出されて、彼女と一緒に昼食をとることになった。といっても、月夜は今日は食べ物を貰うのは遠慮しておいた。お腹が空いていなかったし、特に食べたいとも思わなかったからだ。


 囀は月夜の分まで弁当を作ってきていたが、その分は、ほかの生徒に譲ったみたいだった。彼女はそれなりに融通が利く。


 前回は階段の踊り場で食べたから、今日は食堂に行った。食堂の中は混んでいるが、空いている席がないわけではない。苦しい空気の中で、口を開くのを厭わないのであれば、そこで食事をするのは自由だ。


 食堂では、学食を買うことができるが、持ち込みも許可されている。ラーメンを家から持ってくるのは困難なので、どうしてもラーメンを食べたい人は、食堂で注文しなくてはならない。それでも、いつも家で食べているラーメンが恋しくて、あれがないとどうしようもない、生きていけるかさえ分からない、という人は、無理をしてでも家からラーメンを持ってくる必要がある(そんな人は滅多にいないが)。


 長いテーブルが縦にいくつも並んでおり、最後のテーブルの向こう側は、中庭に繋がっている。食堂の正面に図書室があり、すぐ傍に購買もあった。


 月夜と囀は、空いている席を探して、適当に腰をかけた。ここからだと、ステージがよく見える。もっとも、今日は何の催しもないらしい。ときどき、軽音楽部や有志のバンドが、楽器を演奏していることがある。


 囀は一人で昼食をとり始めた。今日は標準的なお弁当だった。ふりかけがかかった白米に、いくつかの惣菜の詰め合わせ。野菜はブロッコリーとニンジンで、緑と橙色だった(これでは、説明になっていないが、気にしてはいけない)。


「食堂にいながら、何も食べないって、面白いね」ご飯を口に入れながら、片手で口もとを押さえて、囀が言った。「本当に大丈夫?」


「全然、平気」


 囀は周囲を見渡す。


「ここの食堂って、こんなに混雑しているんだね」


 月夜は首を傾げた。


「囀が、前通っていた学校では、こんな感じじゃなかったの?」


「うん……。なんか、こう……、もう少し寂れた感じだった」


「何を、食べた?」


「そこで?」


「うん」


「僕はね、あまり使ったことはないよ」囀は言った。「あ、でも、春巻きは美味しかったかな」


 冬なのに、アイスを食べている者がいる。もちろん、どの季節に何を食べようと、個人の自由だ。真夏にチーズフォンデュを食べても、誰にも文句は言われない。


「このあとさ、ちょっと、図書室に行ってもいい?」卵焼きを箸で掴んで、囀は尋ねた。


「いいよ。いってらっしゃい」


「月夜も一緒に来るんだよ」


「どうして?」


「一緒の方がいいでしょう?」


「そうなの?」


「もう、変なこと言わないでよ」


 変なことを言ったつもりはなかった、と月夜は思う。


「もう、昨日の本は、読み終わったの?」


「うん、まあ……。あれは、読むというより、見る感じだったから」囀は話した。「そういう、読み方が決まっていないものが、一番、読むのが難しい」


「現代文のテストも、難しいよ」


「え、そう?」


「うん」


「たとえば、どんなところが?」


「筆者が、本当はどう思っているのか、分からないのに、質問してくるところ、とか」


「ああ、なるほど……」箸を上下に振り、囀は奇怪なジェスチャーをする。「先生、言っていたよね。筆者が言いたいことを、上手く汲み取れないと、問題には答えられないって……」


「うん」


「そんなこと、無理だよね」


「そう、だと、思う」


 沈黙。


 月夜は後ろを振り返る。硝子越しに、中庭の様子が見えた。今は、ほとんど人はいない。やはり、寒いからだろう。もう少し暖かい季節だと、幾人かの男子生徒が、噴水の縁を走り回っていたりする。


 食堂の傍に自動販売機があった。月夜は、そこで飲み物を買ったことは一度もない。自動販売機は、どのような仕組みになっているのだろう、と彼女はぼんやりと考える。特に、落ちてくる経路が気になった。ある程度の高さがあるのに、缶やペットボトルは意外なほど無傷だ。おそらく、直線的に自由落下してくるのではないだろう。何かしら、ルートのようなものがあるのだ。

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