第20話
*
囀と一緒に学校に向かった。彼女の母親は、一度家に帰ってきたみたいだが、すでにいなかった。マンションから出て、昨日と逆の順序で駅に向かう。電車はすぐにやって来た。いつも通り、まだ早い時間だから、車内は空いていて、座ることができた。月夜にとっては、普段より数個駅を飛ばしただけだから、あまり新鮮な感じはしなかった。
今朝は晴れていた。冬を象徴するような、素晴らしい青空だ。しかし、空気は乾燥している。夏のような生々しさはなく、どこか哀愁感漂う雰囲気だった。
電車を降り、道を歩いて、学校に到着する。
教室に向かう前に、寄り道をして、二人は数学のノートを提出した。
「僕ね、確率の計算が苦手なんだよ」鞄からノートを取り出しながら、囀が言った。「なんでさ、あんなに、一つ一つ正確に数えなきゃいけないんだろうね。だいたいの数字が出せれば、いいと思うんだけど」
「たしかに」月夜は頷く。
「あ、やっぱり、そう思う?」
「でも、それだと、数学の意味がない」
ノートは、教師に直接提出するのではなく、数学の教師が詰める部屋の前に置かれた籠に入れることになっている。すでにいくつかのノートが入っていた。
廊下を歩いて、教室に向かう。まだ、クラスメートは来ていなかった。
この教室には、どこにも変わったところがない。どこも変わらないというのは、空間としておかしいが、教室と言われたら真っ先に思い浮かぶような、そんなテンプレートみたいな部屋だ。黒板は、前と後ろに二つあるが、基本的に前のものしか使われない。鞄を入れるためのロッカーは、ここにはない。すべて、昇降口の下駄箱を使うことになっている。掲示板は、黒板の隣に置かれており、いつも何かしらのプリントが貼られている。
月夜は勉強を始めた。今日は、囀の家で朝を迎えたから、まだ勉強をしていなかった。
囀はというと、相変わらず机に突っ伏して眠っていた。彼女は、暇があればその格好になって、寝息を立てる習性を持つ。日頃から眠いのか、それとも、いざというときのためにエネルギーを貯蓄しているのか分からないが、いつでも眠れるのは、それだけ周囲を信用している証拠だともいえる。電車の中でも、彼女はきっと一人で眠る。それは、この国に住むほとんどの人間に共通することだ。
時間が経過するにつれて、徐々に生徒が登校してくるようになった。教室には挨拶が飛び交い、くだらない話題でときどき盛り上がる。けれど、盛り上がったあとには、鉄槌が下されるごとく静寂が訪れることが多い。消費されるように、次から次へと人間関係の糸が繋ぎ変えられていく。
そして、八時十五分になった頃、事態は動いた。
クラスメートの一人が、登校してきた途端、大きな声で、図書室の本が盗まれた、と報告した。
月夜は顔を上げて、そちらを見る。その女子生徒は、たしか図書委員の一人だった。各委員の担当者は二人いるが、もう一人は覚えていない。その生徒は、ほかのクラスメートに聞こえるように、事件の概要について大きな声で説明した。
彼女の話によると、小説が一冊何者かに持ち出されたらしい。その本は、ある一年生が予約していたもので、本来なら今日貸し出しされるはずだった。昨日の放課後、別の生徒から返却されたその本が、今朝になって、突然姿を消したということだ。
こんな、よくある話題でも、生徒の半分くらいは、僅かながら胸を踊らせる。
それは、学校が退屈な証拠か?
少なくとも、月夜には、そんなふうに思えてならなかった。
顔を上げて、月夜は囀を確認する。
彼女は、寝ていた。
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