第18話

「で、月夜、君は?」一通り話し終えたタイミングで、囀は彼女に訊いた。


「私?」


「君の話も、聞かせてよ」


「君が、ずっと見てきたのが、私」


「本当に?」囀は愉快そうに笑う。「全部、真の姿?」


「真?」


「何も、偽っていない?」


「うん……。……でも、自分では、気づいていないだけかも」


「それは、まあ、そうだよ、誰だって」


「できる限り、素直には、している」


「じゃあ、信じるよ」


 囀は、月夜の肩に触れる。


 月夜は、彼の顔を見つめた。


 しかし、やはり、何も起こらない。


 距離がある。


 そう感じた。


 何が、そう感じさせるのか?


 外見?


 いや……。 


 そんなはずはない。


 そんなことで、人を判断しては、いけない、と小学校で習ったはずだ。


 でも……。


 本当に、人は、見た目で他者を判断していないのだろうか?


 しているのではないか?


 したくなくても、しないように意識しても、結局は、そうするしかないのではないか?


 青いから、男性?


 赤いから、女性?


 それが、人を決めるすべてか?


「今日は、ずっと、ここにいない?」囀が提案する。


「でも、明日も学校だよ」月夜は言った。「帰らなくて、いいの?」


「じゃあ、月夜の家に泊めてよ」


「囀の家の方が、先に着く」


「それなら、うちに泊まっていいよ」囀はウインクする。「嫌だ?」


 月夜は考える。


「嫌ではない」


「なら、おいで」


「分かった、行く」


 囀とともに、月夜は学校を立ち去る。正門は閉まっているから、今日も裏門から出た。それぞれが傘を差すせいで、距離がいつもより離れた。一つの傘に二人で入っても良かったが、不思議と、そうする気にはなれなかった。何が不思議なのか、そして、どうしてそうしようと思わなかったのか、すべて謎だ。


 電車に乗る前に、近くのコンビニで、囀は軽食を買った。チョコレートクリームが挟まれたパンで、彼はそれを美味しそうに食べた。一口いるかと訊かれたが、食べたくなかったので、月夜は断った。


 電車に乗り、ホームをいくつか通過して、囀の最寄り駅で下車する。


 月夜が住んでいるのと、同じくらい静かな場所だった。地域的には、それほど離れていないから、雰囲気が変わらないのかもしれない。しかし、先日買い物をしたショッピングモールがある駅は、その間にある。


 囀の家は、駅からすぐの場所にあるマンションだった。月夜は、一軒家に住んでいるので、マンションのシステムが珍しかった。自動ドアを通って建物に入り、エレベーターに乗り込む。回数表示が七を示したとき、囀は下りた。月夜もそれに続く。


 廊下は、あまり広くないが、綺麗だった。外気に触れている。いくつも排水管が巡っており、工場みたいな感じがしないわけではない。


 角を一度曲がり、囀はドアの前に立つ。七○九号室が彼の部屋だった。


 お邪魔しますと言って、月夜は室内に入る。


 玄関には、誰の靴も置かれていなかった。すぐ傍に棚があるから、その中に、すべて、仕舞われているのかもしれない。


 廊下の先にリビング、その手前に左右に部屋があり、右が囀の部屋だった。浴室と洗面所は、玄関とリビングを繋ぐ廊下の中間にある。まず手を洗い、それから囀の自室に向かった。部屋に入ると、ダンボールがまだいくつも積まれたままになっていた。


「散らかっているけど、気にしないでね」鞄を下ろしながら、囀は言った。「整理しようと思っていたんだけど、結局、面倒臭くなって、先延ばしにしちゃった」


 囀の部屋は、どちらかというと狭い。奥に窓が一つあるだけで、それ以外に、開放的な雰囲気を感じされるものはない。入り口から見て左手にクローゼットがあり、囀は、その中に、着ていた上着を仕舞った。そのとき、彼が所有している衣服が見えた。どれも多種多様で、多面的で、多角的なセンスだった。純粋に、凄いな、と月夜は思った。


 正面にベッドがあり、その対面、つまり入り口側の壁面に机が置かれている。そうした家具は、全然華やかではなく、シンプルさを極めたように簡素だった。この部屋も、壁は白くて、無味な感じがする。意識的にそうしているのかもしれない。


 囀にクッションを渡されて、月夜はその上に座った。暖房が効いてきたから、ブレザーを脱いで、ワイシャツ一枚になった。


「お風呂、入る?」自分は、机の前の椅子に座って、囀が尋ねた。


 月夜は、じっと彼を見つめる。


「別に、何も変なことしないから、警戒しなくていいよ」彼は笑った。「僕は、そんな酷いやつじゃない」


「それは、疑っていない」


「じゃあ、何か、ほかに、気になることがあるの?」


「囀が、先に入ってきたら?」


「いいの?」


「うん……」


「あ、もしかして、そうしている間に、部屋を調べる算段とか?」


「違う」


「いいよ、調べても。何も、ないから」そう言って、囀は立ち上がる。「お母さんは、まだ、帰ってこないと思うけど……。万が一遭遇したら、事情、伝えておいてね」


 月夜が頷くと、彼は部屋から出ていった。

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