第4話、散花トーカ

なに?

何があったの?

ここは?

学校はどうしたの?

体育館だったよね・・・


田中さおりが口にする疑問は、みんなが感じていた。


”ガタン!”と、物音がした方にみんなの注意が集まる。

10mほどの円形の床であるが、端っこの一部が1mほど欠けていた。


「いたたたっ、下は倉庫だったんだね。

床が剥がれて落っこちちゃったよ」


「トーカちゃん、大丈夫?」「ケガしなかった?」


仲の良い染谷あかねと今井きよりが駆け寄って穴から出るのに手を貸す。

穴から顔を出したのは同じジャージ姿の散花トーカ。

ショートカットで小柄な少女だ。


這い出した彼女は、手でお尻をパンパンと叩きながら周りを見回した。


「さおりん、落ち着こうよ。

みんなも同じだよ。

まず、状況確認のための情報交換。それから対策を考えよう」


「そうだな。

トーカの言う通り、何が起こったのか考えよう。

この中だと・・・吉田、お前にまとめ役を命じる」


「赤石、なんでお前に任命されなくっちゃいけないんだよ。

まあ、いいけどさ」


「「「いいのかよ!」」」

軽い突っ込みも入る。


「多分、きっかけは”ロスト、みんな消えちゃえ”とかいうセリフ。

あれって、石川さんかな?」


「はーい。多分、原因はうちの班だね。

例によって石川さんが遅れていたんだけど、みんなおとなしく待ってたんだよ。

そこに誰かがぶつかって集中力を乱して失敗。

思わず漏らしたため息が気に入らなかったんでしょうね。

悪かったとは思っているんだけどさ・・・」


「でもさ、あのタイミングでぶつかるってないでしょ。

井上サイテイ!」


「ロストって?」


「うーん、多分転移系の派生上位魔法だと思うよ。

空間ごと入れ替えるタイプ」


「トーカちゃん、さすが物知り」


「じゃあ、ここの石畳が体育館に出現してるのね」


「えーん、もうバスケットできないじゃない」


「そういうのは後にしようよ。

毒島先生がいるんだから、リバース使うと思うんだ。

だから、しばらくはここから動かない方がいいよ」


「おっ、染谷ちゃんの毒島先生登場か!

先生、お礼に私の純潔を捧げますぅ!」


「ねえ、きよりんさあ、結界ってはじき出すのにも使うんだよ。

今は、この中に何か入ってこないようにしてるんだけどさ」


「・・・ごめん、もう魔法使ってたんだ」


「俺も、探査かけてるんだけど、今のところ100m以内に大型の動物とかはいないようだぞ」



「10分経ったけど、リバースは効かなかったみたいだね。

ただ、救出はこの座標に対して行われるはずだから、あまり離れない方がいいと思うんだけど、どうかな?」


「けっ、毒島も使えねえな」


「じゃあ、俺が帰還できるようにしたら、染谷の純潔は戴きだな」


「帰れないってパターンもあるんじゃねえの」


「そうなったら俺たち最強じゃね」


「ケヒケヒ、ハーレムも夢じゃねえってか」


「馬鹿は放っておきましょう。

寝るのは下の倉庫が使えそうだから、吉岡君ちょっと補強しておいてくれる」


「わかった」


「赤石君と今野君は、食料調達に使えそうなもの探してみてくれるかな」


「「了解」」


「それと、トイレが必要ね。

まどかちゃんと阿部ちゃん、それと西原君。三人でトイレをどうするか考えてくれる」


「ほい」「トイレね」


「それから、残っている人で、少し周辺を確認してみましょう。

絶対に単独行動はしないこと。

特にしじみちゃん。ダメだからね」


「うっ・・・なんで」


「違う世界だって気付いているんでしょ」


「なんでバレたの」


「目がキラキラしてるから」




その夜のことだった。

その場所の上空に少女が現れた。


「あれっ?私のスライム君がいない。

それも祭壇ごと・・・」


「ごめんなさい。

ちょっと事故があって、あそこだけ主の世界と入れ替わっちゃったの」


「なっ、どこから現れたのよ」


「最初からいたわよ」


「・・・ホムンクルスね。

事故ってどういうこと?」


「未熟な術者がいて、空間転移を暴発させちゃったの。

今、修復の準備中だから、多分一週間程度で戻せると思うわ」


「スライム君は無事なんでしょうね」


「大丈夫ですよ。

ちょっと暴れたから触手を一本切ったけど無事よ。

これ、主からお詫びのしるしです」


女性のご機嫌をとるのは甘味。

これは全世界共通のようだ。

ちなみに有名店のオリジナルケーキ詰め合わせである。


「気が利くわね。

でも、あの子起動させちゃったんだ。誰かが魔力を補給したのね」


「ええ、事故の直後に巻き戻そうとして魔法をかけたんだけど、あのスライムに魔力を吸収されちゃったみたい。

ずいぶんと面白いスライムみたいだけど」


「わかる。結構自信作なの。

この世界の人類に対する試練よ」


「成長しちゃったら、人類の手に負えなくない?

特に魔力吸収と増殖はやっかいよね」


「そこまでのスペックはないわよ・・・

えっ、魔力吸収に増殖って・・・ああ、合成したモンスターの特殊能力かな・・・

まあ、大丈夫よ。ここの人類は・・・鍛えてあるから」


「じゃあ、一週間。迷惑かけますけどよろしくお願いいたします」


そういってトーカは降りて行き、この世界の管理者は帰っていった。


目が泳いでいたけど、大丈夫かな・・・トーカのつぶやきを聞く者はいない。




管理者へのあいさつも出来たし、行動範囲を広げることにした。

なにより、食料の確保と生徒の好奇心を満たしてやらないとストレスが溜まってしまう。

昨夜は山芋のようなものと木の実で空腹をごまかしたが、なんとかしないといけない。


幸い、30mほどのところに小川があり、魚影は濃かった。

周囲にはそれほど危険なモンスターや動物もいない。


もう多少ハメを外すのは仕方ない。

好きにやってもらおう。

なにしろ一週間程度は拘束されてしまうのだ。


それで私の役目は終わる。



私を造ったのは桃花チルカ様。

この場所の空間の歪みを観測したチルカ様は、地下室に箱を設置し、私に待機を命じた。

いつ、何が起こるかまでは予測できないが、事態が動いた時に自動的に目覚めるよう設定されていた。

同時に、私に関する疑似的な記憶も放出される。


私の一番の役割は、生徒の安全ではない。チルカ様に座標を特定してもらうことだ。

まあ、回収されるまでは、お友達ごっこを続けよう。


「それで、あなたは何者?」


あたりに人がいないのを確認して上原しじみが声をかけてきた。


「えっ?」


「私の手帳には、トーカなんて出てこないの」


「あら、手書きの記録なんて予想外よ。

バレちゃったなら仕方ないですね。

私は消えますから、みなさんでご自由にどうぞ。

多分、一週間程度で救出されると思うから」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。

私たちの安全を確保して帰還させるのがあなたの役割じゃないの?」


「残念!私は単なるチョーカーですから、もうお役御免なんです。

ではこれで失礼・・・」


「ちょっと待ってくれ!」


吉田君と染谷さんが駆け寄ってきた。


「ごめん。こいつ空気読めないんだよ。

トーカちゃん、失礼は詫びるから、最後まで一緒にいてほしい」


「「ええっ!」」


これは私としじみちゃんの声だ。

ホムンクルスなのに、嫌な汗が背筋を流れる。


「私からもお願いいたします。

多分、桃花先生が手配してくれたんだと思うんだけど、担任じゃないんだし、最低限生きて帰れればOKって感じでしょ」


「まさか・・・みなさん気付いて・・・」


「だって、床板が落ちたところだけコンクリが無かったじゃん。

あれは不自然だよ」


「昨夜も、大きな魔力を持った人が上に来てたでしょ。

あれで熟睡してたのはしじみちゃんくらいですわよ」


「そうそう、せっかくの異世界イベなのに、一番興味を持ちそうなのが寝てるんだもん。

笑いを堪えるのに必死だったぜ」


「トーカちゃんが頑張ってくれているんだから、戻った時に起きてたら悪いじゃん。

苦労して寝たふり続けたんだぜ」


「すっ、すみませんです。

できましたら、桃花先生には黙っていてください。

役立たずだって分かったら、すぐ分解されちゃいますから」


「うん。”お互いに”協力は必要だよね」


「あの・・・何かお役に立てることがありますか・・・」


「うん。もうちょっとだけ、刺激がほしいみたいなんだ」


こうして生徒たちにとっては充実した一週間が過ぎていった。

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