アップルパイ作戦 2
なぎちゃの小さく暖かい手に引かれながら、賑わうヴァーグリード城下町を歩いていく。
「あらナギ。今日はクランさんと一緒じゃないのね」
声をかけてきたのは、優しい声色をしたケーキ屋の若い女性のウエイトレスだ。
栗色の髪をしていて、可愛らしいウエイトレスの制服に身を包んでいる。
風で倒れた立て看板を直しに店から外に出てきたところらしい。
「うん!今日はしろさきの日なの!」
「シロサキ?」
笑顔のままウエイトレスはこちらを見る。
こんにちは。と私は軽く挨拶をしてから続ける。
「白咲です。今日、日本という国からはるばるやってきました」
「そうなのですね。ようこそいらっしゃいました、ヴァーグリードへ。…ニホン?聞いたことがあるようなないような…」
ウエイトレスは私を見ながら考え込む。
それにしても、神の力とはすごいものだ。
はるばるやってきたとは言ったが、実はナギを管轄しているリーズさんという、この国で神の力をもつ美形のお兄さんに私は日本から転送してもらったのだ。なので日本からこの国までの移動時間は、体感では数秒もかからない。
この国の言葉も、きっと日本とは違うだろう。だがそのリーズさんの力によって、こうやって違和感なくなぎちゃや街の人々と会話をすることができている。
私は今、本来はどんな言葉を発しているのだろう。少し不思議な気持ちになった。
「日本はね、寿司がとっても美味しいの!美味しいだけじゃなくて回るのよ!くるくるって!」
なぎちゃは楽しそうに、言葉に合わせて自身も回りながらウエイトレスに説明する。
「寿司ですか。それは私も知っています。アジアの魚料理ですよね」
ウエイトレスは優しく私に返答する。飲食業であるからなのか、寿司の存在は認知してくれているらしいウエイトレスに嬉しくなる。なぎちゃにも母国の有名な食べ物を褒めてもらえるのは、なんとも嬉しい気分だ。
寿司のことを考えたら無性に寿司が食べたくなってきた。
「ウエイトレスさんもまた機会があれば、お寿司食べてみてください!」
「ええ、勿論。うちの店にもナギと一緒にいらしてくださいね。」
ウエイトレスは最後まで優しい笑顔で対応してくれた。
街を歩いていると、なぎちゃはよく店の店主や街の人々に声をかけられる。
「よおナギ!今日も元気だな!」
恰幅の良い花屋の店主がなぎちゃに挨拶をする。
「ナギ!例の新作のパン焼き上がってるわよ〜」
コック房を被った中年女性が、忙しなく通り過ぎていく。
「なぎちゃはみんなと仲がいいんだねえ」
「そうかしら?」
街のみんなに愛されているなぎちゃ。少々おてんばはなところがあるかもしれないが、こんなに小さく、明るい可憐な少女が街を飛び回っていたらそれは愛される他ないだろう。私はほのぼのした気持ちで楽しそうに街を歩くなぎちゃを見つめる。
ふと、私たちが歩いてきた道を振り返った。
焼き立ての、なんともお腹が空くような香りをさせるパン屋。せわしなくウエイトレスが足を運ぶ西洋料理店。気さくな店員が集う理髪店。
色とりどりのレンガで作られた、様々な店が不規則に並ぶ。
だがその不規則さもまた、みていて気持ちが良い。
ここはヴァーグリード城下町だ。なぎちゃの住む、西洋の街。
日本へ帰っても寂しくならないように、私はしっかりとこの美しい西洋の街並みを目に焼き付けることにした。
うちよそ 日泣 @hinaki00
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