第九話 政界の黒幕 その二
七月下旬の土曜日、私は政界の黒幕との噂がある麦丸代議士の自宅がある鎌倉を訪れていた。鎌倉駅を降り、バスで鎌倉山へ移動。元々別荘地だったようだが、今は高級住宅地とも言われている。自然が多い場所だ。
政界の
麦丸代議士の自宅は鎌倉山の一画にあった。本当に凄い豪邸だ。私の借りているマンションの部屋と比べて何十倍の広さだろう……。なんか悲しくなってきた。
案内された客間で待つこと十分。ご本人が入室された。一緒に赤柴犬のオスを連れている。顔に刻まれた深い
「君がShiba-Inu編集部の高野くんか。今日はよろしく頼むよ。こいつはうちの豆太郎だ」
「はい、高野美咲と申します。今回の取材では私を直々にご指名いただき、ありがとうございました。可愛い赤柴ちゃんですね」
私は彼に対して深々とお辞儀をし、飼い犬を褒める。自分ちの子を褒められて悪い気はしないわよね。
「ありがとう。本当に可愛い奴でね。では始めようか」
相好を崩した麦丸代議士の言葉に
◆◆◆
一通り『Shiba-Inu』の取材が終わったタイミングで突然麦丸代議士が切り出す。
「そういえば高野くん、君の髪は染めているのかね? 目の色もだが」
麦丸代議士は私を
私の髪と目は黒色……に見えるが、実際は英国人の曾祖母の影響で髪色はブルネット(茶色)、目の色も青色だ。任務の都合上、目立たないように髪色を染め、カラーコンタクトをしているのだが、なぜ彼は私の秘密を知っているのだろう?
「ふふふ、君が疑問に思うのも当然だ。実は君の亡くなった曾祖父である高野閣下は私の大恩人なのだよ」
「えっ、曾祖父がですか?」
「その通り。第二次世界大戦前夜、軍部は対米開戦を叫んでいたが、当時英国に駐在大使として赴任されていた高野閣下は日英同盟を盾に頑として開戦に反対されていたのだ……。私は彼の家に書生として住み込んでいたので当時のことが今でも目に浮かぶようだよ」
「あなたが私の曾祖父の家に?」
「そうだ。高野閣下からは奥様とのラブロマンスもお腹いっぱいになるほど聞かされたよ。髪と目の色を別にすれば、君の曾祖母であるキャサリンさんと今の君は本当に瓜二つだ。いつもは心優しい彼女が任務の際には恐ろしい魔女に思えたものだ」
「曾祖母までご存知でしたか……」
私は曾祖父と言っても差し支えない年齢差の麦丸代議士に共感を覚えた。曾祖母は私の自慢の魔女なのだ。(もちろん祖母と母もだが)
「キャサリンさんは一族の中でも相当な使い手の魔女だった。戦中の日本が連合国の様々な謀略に対処できたのも全て彼女のおかげだよ」
彼は私の曾祖母をそう称えた。
「今回愛犬の取材にかこつけて君を呼んだのは他でもない。我が国の機密情報を他国に漏洩させている政府の人間を秘密裏に処理したいからだ」
麦丸代議士は苦々し気にそう言った。
「政府の……。それは間違いないのですか?」
「うむ、間違いない。非公表である国家安全保障会議(NSC)の機密情報が敵国に漏れているのだ」
もし麦丸代議士の言うことが本当ならば我が国にとって致命的だ。何としても漏洩を防がなければならない。
「敵もさるもの。表立って内調(内閣情報調査室)や公安警察(警察庁警備局)、それに君の所属している防衛省情報本部を動かすと必ず敵に察知される。本当に彼らは用心深いのだ」
自身の膝の上に乗せた愛犬の豆太郎をなでながら、麦丸代議士がため息をつく。
「そこで君に白羽の矢が立った。表立って防衛省対外諜報部の特別エージェントである君には依頼できないが、こうして雑誌の取材に来た編集ライターとしての君にならば依頼しても敵の目につくことはないだろう」
麦丸代議士は続いて私の懸念を
「安心したまえ。君の上司の尾崎一佐には内々に事情を伝えてある。曾祖母のキャサリンさんの優秀な血を受け継ぐ君であれば間違いなくこの任務を達成してくれると私は信じているよ」
「もったいないお言葉です。でも私はまだ魔女見習いですので……」
「若いうちは色々壁にぶつかることもある。だが私は君が必ず大器晩成する方に賭けてもいいがね」
「お気遣いありがとうございます……」
「後の細かい話は私の秘書に聞いて欲しい。そろそろ疲れたので失礼するよ。いやいや、今日は懐かしいキャサリンさんの曾孫に会えて本当に良かった」
「はっ、高野美咲、必ずや任務を達成します!」
麦丸代議士は敬礼する私に満足そうに微笑むと、愛犬の豆太郎を連れて退室していった。
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