第十話 政界の黒幕 その三

 麦丸代議士に取材した翌日から、私は国家安全保障会議(NSC)の参加メンバーを精力的に調査し始めた。もちろん内々にだ。


 国家安全保障会議(NSC)は国家安全保障会議設置法に基づき、内閣に設置され、国家安全保障の重要事項を審議する機関だ。麦丸代議士の秘書から預かった資料によると、わが国のミサイル防衛に関する情報が敵性国家Kに漏洩しているという確かな証拠があるようだ。おそらく敵性国家Kに潜入している同盟国工作員からの情報なのだろう。


 月二回程度開催される首相、官房長官、外相、防衛相で構成されるにより、安全保障に関する政策を協議して対外政策の基本的な方向性を決定するのだ。またには総務大臣、財務大臣、経済産業大臣、国土交通大臣、国家公安委員会委員長も参加している。またこれに会議を補佐するための事務局があり、自衛隊の装備選定や防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画策定を主導しているのだ。


 今回漏洩したとされる情報は敵ミサイル基地への攻撃能力(巡行ミサイル)に関する情報。わが国の迎撃ミサイル計画が撤回された後、敵性国家Kとしては喉から手が出るほど欲しい情報なのだろう。既に麦丸代議士の意向を受けた内定調査により、容疑者はある程度絞り込まれているようだったが、ここからは私が自分自身で調べるしかない。


 三週間後、私は容疑者たちの捜査を殆ど終えていた。仮想敵国からの収賄など別の容疑で対処すべき人間も何人かいたが、これは本筋でないため、別の人間に任せる。


 私の本命は残り一名に絞られた。


◆◆◆


 銀座のとある会員制高級クラブ。私は今そこにホステスとして潜入していた。当然身分は偽装しているが、髪の毛のセットが必須なので今の私の髪は銀座仕様だ。


「いらっしゃいませ、島田先生」

「やぁ、お邪魔するよ、ママ……。ところで、この子は?」


 夜十時、ターゲットである島田議員がようやく来店した。少し赤ら顔だったが、赤坂の料亭での会合後らしい。


「この子は一昨日入ったばかりの新人なの。さぁミサキ、先生にご挨拶して!」

「初めまして……。ミサキと申します」

「うんうん、可愛らしい子じゃないか。ほら、こっちに来なさい」

 そう言って、島田議員が私のお尻を触りながら自らが座る席へと連れていく。当然のことながらシートに横並びで座らされた。身体へのタッチが半端ないわね。


「ママ、今日はこの子としばらく二人きりがいいな」

「あら、この子まだ新人だから粗相しちゃうかもしれませんよ」

「構わん構わん。わしは胸の小さい子が好みだからな……グフフフ」

 やだこの人、気持ち悪い……。私は悪寒を覚えたが我慢して接客することにした。


◆◆◆


 小一時間後、島田議員の酔いがほどよくまわってきたタイミングで私は身体を密着させ、彼の耳に甘い声で囁く。


「ねぇ、おじさまぁ♡」

「うん、何だいミサキ」

「おじさまってお偉いんでしょ? だって国の重要会議に参加できるんですもの♡」

 私は先ほど島田議員が酔って自慢した”俺スゲー”発言を褒めた。


「ま、まぁ、それほどでもないが……」

『じゃあ敵ミサイル基地への攻撃能力についての情報も入手できるの?』

「もちろんだよ……」

 かかった。ほどよい酔いと先ほどの私の囁きで議員は魔法による催眠状態に入った。これで通常の催眠術による催眠状態と違い、私の質問に嘘がつけなくなる。


『その情報を誰かに話さなかった? 例えば家族とか秘書とか……』

「……家族や秘書には話していない」 

 うん、一瞬、間があったわね。それじゃあおそらく……。


『愛人には?』

 島田議員が若い愛人を囲っているのは調査済みだ。


「……寝物語で話した……」

『ありがとう。それじゃあ彼女のことを詳しく教えて頂戴』


 その後、私は彼の愛人についての詳しい情報を聞き出した。愛人との交際は昨年の秋頃から。政府は国家安全保障会議(NSC)で議論があったことを認めていないが、ちょうど世間で敵基地攻撃能力の保有について騒がれ始めた時期だ。彼女とは自身の政治資金パーティーで知り合い、すぐにねんごろな関係になったらしい。若い愛人のマンションには週に三度ほど訪れているそうだが、この齢で週三回って……。このおじさん、どんだけ精力あるのかしら。ほんと相当なスケベだ!


『ありがとう、もういいわ……。じゃあ私が「ありがとうございました」と言ったら次の瞬間、あなたは目覚めるのよ』

 一応化粧ポーチに入った特殊カメラで島田議員の自白動画も撮影したが、これだけでは漏洩の証拠とはなり得ないだろう。


「ミサキちゃん、そろそろ次のお席に移動して!」

 ママが私に話しかけてくる。それじゃあ、そろそろおいとましましょうか。

「分かりました。それじゃあ先生、今日は

「ふがっ……、あ、ああっ、またな」

 次はもうないけどね。私は島田議員の愛人を徹底的に調査することにした。

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