Mission 2
第三話 身辺警護 その一
七月初旬のある日、私はオモテの仕事である『Shiba-Inu』編集部から地下鉄で数駅の市ヶ谷駅に降り立った。
私は大学時代にスカウトされ、ある対外諜報機関の特別エージェントとして働いている。今日はウラのお仕事の関係で私の上司からの指令を受け取るため、市ヶ谷にある某所へと出向いている。
コンコン……。
「どうぞ。入りたまえ」
「はっ。高野美咲、失礼いたします」
ドアをノックして入室し、上司に対し敬礼する。
「高野特尉、よく来てくれた。まぁ座りなさい」
デスクに座り、書類に目を通していた上司がソファーに座るように促した。
「失礼します」
私は少し緊張しながらソファーに腰掛ける。
私の上司、尾崎一佐は防衛省情報本部対外諜報部の長だ。対外諜報部の主な任務は国家の危機に関する情報収集と仮想敵国や敵性国家のスパイ摘発となる。ちなみに仮想敵国とは将来わが国と軍事的な衝突が発生する可能性がある国で、一方敵性国家は今まさにわが国に対して敵対的な行動をとっていると認定された国のことだ。
筋骨隆々とした尾崎一佐は陸上自衛隊の第一空挺団に所属されていたことがあり、将来を期待されたエリート軍人だったが、任務中の怪我のため、こちらの対外諜報部に異動された異色の経歴だ。ちなみに尾崎一佐の息子さんは新聞記者をしているそうだ。
「さっそくだが特尉。この資料を見てくれ」
尾崎一佐が私に資料を手渡す。高校生ぐらいの外国人の可愛らしい少女の写真と一緒に詳細な情報が記載されている。
「今回の君の任務はこの写真の女性を警護することだ」
「尾崎一佐、我々の任務は対外諜報が主任務と認識しておりますが……」
任務に対して異議を唱えない主義の私だが、今回は通常と異なる任務のため、念のため確認したかった。
「君が疑問に思うのも分かる。この女性の父親は現在我が国の仮想敵国CでIT企業のエンジニアをしており、我が国への亡命を希望しているのだ」
「亡命とは穏やかではありませんね」
「君も知っているだろう。仮想敵国Cがスマホのアプリから我が国の機密情報を入手していることを」
「それは公然の秘密ですね」
仮想敵国Cがスマホのアプリで交わされた情報を取得し、自国の経済的・軍事的利益へと繋げているという噂は以前から囁かれていた。
「亡命するエンジニアはその重要な秘密を握っており、今回の亡命が当局に漏洩すれば即刻国家反逆罪で家族もろとも闇から闇へ消される運命なのだ」
「彼はなぜ亡命を決意したのでしょうか?」
「彼の幼馴染であるジャーナリストがこの秘密を全世界に暴露しようとした結果、当局に拘束されて拷問を受け、殺害された。彼はそれが許せず、今回日本大使館に亡命を打診してきたのだ」
尾崎一佐はその上で写真の女性を指さす。
「彼女の名前はアイリーン。彼の一人娘だ。奥さんは十年前に病気で亡くなっており、彼以外の親族はいない」
私はもう一度写真の女の子を見る。写真の中で彼女は父親と一緒に幸せそうな表情をしている。
「彼の亡命を秘密裏に行うにあたり、まず彼女を保護する必要がある。幸いなことに高校の夏季休暇が始まるこのタイミングで彼女は日本に観光来日予定だ。そこで君には彼の亡命が完了するまでの間、彼女の身辺警護をお願いしたい」
「ご命令謹んでお受けいたします」
今回の任務は魔女見習いを卒業するためにも私にとって重要な意味を持つ。
「ありがとう、特尉。彼女は来週七月六日に日本へ来日する。私の古巣の第一空挺団が君をカバーできるよう、彼女には基地近くにある緑の丘のホテルで待機してもらう手筈となっている」
「えっ? 緑の丘……ですか」
「そうだ。何か問題があるのかね?」
「い、いえっ。特に問題はないのですが……」
私は先日緑の丘で柴犬ももの拉致に失敗していた。このタイミングで緑の丘に行くことになるとは、何という偶然だろう。
「ではアイリーンの身辺警護をよろしく頼む。ただし今回の任務には仮想敵国Cの妨害が入る危険もある。そこで君の持つ魔女としての力に期待しているぞ」
「はっ!」
尾崎一佐に敬礼。尾崎一佐も答礼し、私は退室した。
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