腹が満たされるならゴブリンだってかまわない!

不明

第1話 腹が減ったら狩りに出よう!

 剣や魔法の世界。


 モンスターやあらゆる種族が存在するこの世界でヒューマンと呼ばれる種族は皆、かつて魔王を倒し異名を成し遂げた勇者の物語に憧れ人々は名誉を求め様々な冒険を望む。


 強くなり王国を守る騎士となる物、世界を旅し新たなる未知なる場所や物を発見するもの。自分の名を歴史に刻もうと様々なことを努力して成し遂げようとするそんな不思議な種族。


 そんな偉大な目標があるヒューマンたちだが、始まりの場所は各王国の街に立てられた小さなギルドだった。


 ギルドの仕事は世界に名を残せるほど大きくはなく、街のゴミ拾いや薬草収穫の手伝い、大きな仕事が入って来たと思えば魔王の残した町周辺のザコモンスターの始末や畑を食い荒らす猪を狩ることだけ。ギルドにいて仕事をこなしても名前を残すことはできないのだ。


 偉大なことを成し遂げるにはもっと大きな場所へ行かなければならない……のだが力をつけるために街一番の剣士に剣を習うためには当たり前だが金が要る。旅に出るために必要最低限の装備をそろえる……だけでは足りず、あらゆる知識を入れなければ旅先で何か起こったときの対処のしようがない。それも習うにも金が要る。金、金、金……全てにおいて金(ゴールド)がものをいう。


 だから皆ギルドで仕事をしてお金を稼ぎ、大きな舞台に行くための土台を組み立てなければならない。


 そして、今まさにギルドの仕事を終え、建物の扉から出てくる女性がいた。


 彼女もまた世界に名を残したいと望み、希望にあふれる気持ちでギルドで仕事をする一人であった……はずなのだが。


「カッパーコイン十六枚か……」


 現実は厳しく、ギルドで一日仕事をこなし稼いだ結果は片手に乗る十六枚の小さなコイン……今日を生きるので精いっぱいの金額だった。


 ギルドの壁に背中をつけしゃがみこみ、握りしめたこぶしをため息交じりに眺めている女性、名はアキノ 一六歳。綺麗な栗色のショートボブ、眼鏡の奥に映る瞳は水のように透き通る青い瞳。服は何処にでも売っている小さな動物の皮でできた上下軽装でアキノ隣には木の弓が置いてある。


 冒険者という職業でギルドの依頼をこなしてるのだが毎日入ってくる仕事は雑用ばかり、しかも報酬も少ない。


 山奥から大きなことを成し遂げるためにこの街にやってきたアキノだったが、魔王を倒すどころか今の時代平和なもので今朝の仕事は迷子のペット探し。


 宿を借りるお金もないし、自分名前を世に渡らせる方法も思いつかないし。


「冒険者なんてやめて、実家に帰ろうかな(ぐぅ~」


 家に帰ればあったかい布団も取れたての美味しい食べ物もあるというのに。ああ、家が恋しい。


「……うううっ、弱気になるな私。決意してここまで降りてきたんだ、絶対に山奥に住む家族まで名前がとどくぐらい大きくなってやるんだから(ぐるるるrr」


 決意とともに腹部から鳴り響く音は大きく周りに響き渡ると人々の視線がこちらに集まりくすくすと笑う声がアキノの顔を赤く染め、そそくさとその場から移動するのであった。

 

 

『近くの森』



 風に揺られた木の隙間から暗い森に光が差し込む。


 その光の先には四本足で立つ猪のようなモンスター、むしゃむしゃと地面に生える雑草を口に頬張る『チビノノ』の姿がアキノの潜む草陰から見える。


 お腹がすいたなら街で食料を買って終わりなのだが、いざ目標が出来た時のために手持ちをためておきたいと思うアキノは二キロほど離れた場所へと足を運んでいた。


 アキノの目の前にいるチビノノはモンスターでありながら食べられることが有名で昔から食べられてきたチビノノの肉は今も街の店で売られている。その街で売られているほとんどの肉は養殖でありギルドの冒険者はこの辺で狩りをすることは全く問題ない。


 しかし勇者の昔話のせいで現在冒険者が急増しており、自然保護、乱獲を防ぐため皮や牙などはぎとって売ることは王国で禁止されている。


 売却する場合ギルド冒険者階級シルバーにならなければいけない。ちなみにアキノの冒険者階級は『ストーン』、一番下の階級。


 ただ階級がシルバーにもなると仕事が豊富で手持ちが潤いこんな場所で狩りをするのはアキノみたいに金欠で食料目当てぐらいの人しかいないのだ。


「そのまま……おとなしくしてて……」


 背中に背負う矢筒から一本の矢を取り出し、左手に持つ弓の弦にあて前に構える。


「す~っ……ふぅ……」


 いつ矢を放ってもいいように呼吸を整えしっかりと獲物の頭に狙いを定める。


 アキノの使う矢は自作の木の矢。枝を弓に合うように整え、獲物を射抜いたときに抜けないよう矢先には返しが削られている簡単な出来の物。安定感もなく強い風が吹くと簡単にそれてしまうので止まっている獲物すらしとめるのは難しい。


 普通の剣は高いし、短剣は管理しないとすぐに錆びる。他の候補もあったがやはり小さなころから握っている弓にしようと考える。


 買うと一本一本高い矢だが自作できればほぼタダ、獲物をしとめた後に刺さった矢を抜いて再利用できることからこの武器に決めた。


 昔の経験で弓の自信があるアキノはささやかに吹く風が止まるのを構えながら静かに待つ、待ち続ける。


 待つこと数十秒、葉の揺れ動く音がしなくなり森が静まり返ったその時だった、食事をしていたチビノノが食べ終えたのか微かに頭を上にあげる。


 だがアキノは焦ることなく弓を少し上にあげ、強く引いた弦を放し矢を放つ。


 『シュン』と風を切る音と供に放たれた矢は山なりに飛びあらぬ方向へ飛んだかと思うと矢は急速に高度を下げ、落下地点にいる食事を終え頭を上げきったチビノノの頭に命中する。


「ビュビッ!!」


「……やっぱり一本じゃ浅いか」


 何が起こった分からず暴れまわるチビノノの様子を見たアキノはもう一本矢を取り出し、簡単に狙いをつけ素早く矢を放つ。


 二度目にはなった矢は頭には当たらなかったもののチビノノの胴体に強く刺さり血液がポタポタと地面に滴り落ちる。


「ブユゥー!!」


 それでもチビノノは倒れることもなく二度目の追撃で自分が狙われていることを理解したのか急いでその場から走り去ってしまった。


「ふぃ……あれなら大丈夫かな」


 アキノは息を整えながらゆっくりと立ち上がりチビノノが立っていた血液のついた地面を見る。


 コップをさかさまにしてこぼしたような大量の血液、たった二本の矢でこんなに出血がひどいのは毒……ではなく自作の矢に一工夫しており、箆にストローのような穴をあけていたのだ。


 威力や正確さなどが落ちるが体の内部に入れば血の流れが変わり一気に血が外部へと流れ落ち、外部に血が流れ出る速度は暴れれば暴れるほど心臓を動かし早くなる。


 チビノノはかなり暴れた後逃げて行ったので遠くへはいけない。あとは見やすい血痕を追い死体を見つけるのみ、アキノの狩りはこの時すでに終わっていたのだ。


「さっ、早く見つけてご飯、ご飯♪」


この食事だけが今のアキノを支えている唯一の楽しみ、ルンルンと鼻歌を歌いながら血痕を追っていく。するとすぐにチビノノが倒れていたであろう血だまりを見つけたが一気にアキノの表情が曇る。


「人の肉を奪うとは……誰だ、絶対に殺す」


 その場にはチビノノの死体はなく、川の方角へ引きずられた後とそれに続く血の足跡が続いていた。


 姿勢を低くし草陰から様子を見ると、チビノノをたき火に放り込みその周りを囲む三匹の生物、人型で顔がゆがみ目が飛びで肌が緑の小さなモンスター……ゴブリン。


「クッソ、よりにもよってゴブリンかぁ……」


 武器や防具を持ちより戦うほど知能があり器用なモンスター。


 チビノノの周りを囲む三匹のうち二匹は棍棒を握り一匹は私と同じような不格好な弓を隣に置いている。


 一匹ならまだしも三匹で武装しているとなると、弓使いのアキノには完全に勝ち目はない。


「……はぁ、諦めるか」


 たき火に置かれたチビノノの肉はキツネ色に染まり、今もジュージューと音を立てながら風に揺られた匂いがアキノの前を通り過ぎる。


 諦めたくない、腹減った、あの肉を食らいつくしたい。


 そんな気持ちを抑え込み、アキノはチビノノの肉から目をそらそうとした瞬間、一匹のゴブリンがこちらに視線を向けると『ニチャァ』と微笑み、チビノノの肉を見せつけるかの食べ始めた。


 あいつ、ここに潜んでることを分かっててやってるな!


 おおよそ私の狩を遠くから見ていて一人だと判断し、刺さっている矢から弓使いでいい装備をしていないこと、三匹でいれば私が襲ってこないと分かってる。


『殺す』


 空腹により思考が停止し、『勝てる』『勝てない』ではなく完全にあいつらを殺すという殺意の思考に芽生え、アキノは背中に背負う矢筒から矢を取り出そうとしたとき。


「……うまそう」


 隣から声がした瞬間、反射的に目の前のゴブリンではなく声のした方向に弓を構える。


 そこにいたのは一人の少年、私より年下だろうか。黒く短い髪、私と同じように街で売っている安い軽装を装備して背中に片手剣を背負っている。


 その少年は匂いにつられてきたのであろうか、こちらが弓を構えているのに気づいているが微動だにはせず、真っ黒な瞳をキラキラと輝かせ口からよだれを垂らしながらゴブリンのいる方を見つめていた。


「あれは私の獲物邪魔しないで」


 害がないと判断したアキノは少し強い口調で言い放ち、少年から視線をゴブリンに移して弓を轢く。


「え~……じゃあ半分、半分でいいんでください!」


「はぁ……だから……あれ、それって……」


 こんな状況でのんきな声で話す少年にあきれたアキノだったが、少年が首から下げでいるひも状のネックレスに着いた白いプレート。それはギルドの冒険者階級を見分ける物だった。


 プレートの色で階級が分かるというものだが、白色ということはアキノと同じ一番下の階級『ストーン』であることが分かる。


 冒険者ギルドでは見たことないから入ってきたばかりなのだろう。こいつも私と同じように金欠でお腹を満たすために狩りをしに来たのか……先輩であろう私、なんか大人げないような。


 こいつの剣の腕は分からないが私一人で勝てない勝負をするより肉を半分分けて少年と協力した方が勝てる可能性がある。


「……分かった、半分ね」


 むむむと考えた結果アキノは今まで空腹で我を忘れていた自分が恥ずかしくなり、失われた冷静さを取り戻したアキノは赤面を隠すためうつむきながらそう言うと少年は明るく言葉を返す。


「ありがとう、じゃあ……」


「ちょ、待って!」


 と、背中の剣を握りこのまま走り出してゴブリン三匹に突っ込もうとする少年を肩を叩きとめる。


 大丈夫かなと思いつつもアキノは少年に頼るしかないので確実にしとめられるであろう方法を静かに喋りだした。


「はぁ……私が弓使いを一発で仕留めるから、君はこの茂みから少し右に行った場所で待機し、矢が当たった瞬間に飛び出して右側の棍棒使いのゴブリンを一匹君が仕留めて」


「分かった……で、もう一匹は?」


「多分最後のゴブリンは私のいる場所に気づいているから弓使いのゴブリンが射抜かれた瞬間こちらを見るはず。だから私は弓使いのゴブリンに矢を放った瞬間、緩急つけず二発目を最後のゴブリンに放つからこれで死ななかったら君がやる……これでどう?」


「了解!」


 作戦を聞いた少年はすぐさま今いた場所から少し右奥に移動しハンドサインで準備が出来たことを示す親指を立てる行為をにこやかな表情をしながらこちらに見せてきた。


「……私が矢を外すかもとか思わないのかな、あいつ」


 まあ外しはしないけど。


 少し変な少年だなとだけ軽く考え、弓をゴブリンに向け深く深呼吸をする。


 今手に持っているのは市販の普通の矢。風をさえぎる木々がない川という開けた空間にて自作の矢を放ち一撃で仕留められるかと聞かれればはっきりできると答えられる。


 しかし今は状況が違う、個人ではなくチームで狩りをするということ。最初の一発を外せば少年がどうなるか、失敗は許されないというプレッシャーが頬に汗を流しこの矢を握らせる。


 巨大な生き物に出会った場合、逃げる時のために一本だけ買っておいた普通の矢、倒せて刺さった後回収できるし今ケチる場面ではない。


 あいつを射抜く、それ以外考えない……。


 深く、ゆっくりと呼吸を整え、弓の弦を強く引いて支えていた指からアキノは力を抜いた。


『バシュ!!』と自作の矢とは比べ物にならないほど強い風を切る音をたて、矢は一直線に飛び、ゴブリンの頭部を貫いた。


 その様子に焦るゴブリン。相当焦っていたのか矢が放たれた瞬間に走ってゴブリンとの距離を詰めていた背後の少年に気付かず少年は片手剣をゴブリンの首に向かって振りかぶり、首から赤黒い血しぶきをまき散らしながらゴブリンの頭は地面に転がり落ちた。


 最後のゴブリン、少し意外だという表情を見せたが取り乱すことなく矢が放たれた方向、アキノがいる茂みに向かって走り出していた。


「姉さん!」


 そう叫ぶ少年の声が伝わるとアキノはクスッと笑いながら矢筒から自作の矢を取り出す。


「姉さんって……フフッ」


 緊張で力が入りすぎていた手をゆっくりと動かし弓を構え。


『グルぁあああああ』


 アキノのそばまで来ていたゴブリンは雄たけびを上げながら飛び上がり棍棒を振りかぶる。


「ちょっと予定が狂っちゃったけど……弓って近ければ近いほど当てやすいし威力も上がるんだ……ゾッと!」


『シュン』と先ほどとは比べられないほど鈍い音を出して放たれた矢、こんな近距離で外す事もなくしっかりと頭に命中、飛んでいる最中のゴブリンはバランスを崩してアキノの横側の地面を滑り落ちる。


 まだピクピクト動く仰向きのゴブリンだったが、邪悪な笑みを浮かべるアキノがさっき見せつけた仕返しとばかりに頭に刺さる矢を思いっきり踏みつけ絶命させた。

 

「……お、終わりましたか?」


「うん♪」


 そのアキノの顔は血にまみれていながらもすっきりした表情をしていた。



00000



「やっとご飯が食べられるよ」


 たき火、ゴブリンが食べた場所と戦いの時間で焦げてしまった場所はナイフで切り落とし、半生だった部分をもう一度たき火にかざし肉汁の出ているところをうっとり眺めていた。


 チビノノは草食でかなり動き回る生き物、サッパリしててなおかつ噛み応えがあり満腹感がある。分かっている。何度も食べたことがあるから。


 しかし今この瞬間、焼ける音、香ばしい匂い、飽きることなく楽しめる!


「ふん、ふふん♪ お、どうだ少年美味しそうだろ!……って何やってんの?」


 ズルズルと音がしたので振り返るとそこには少年が先ほど殺したゴブリンたちを持ってきて綺麗に並べているではないか。


「え、約束通り半分もらおうと思いまして……はい!そっちのゴブリンは貴方の物です」


 ……あれ、もしかしてあのことを知らずに運んで来たのか? 


「あーいかんぞ、はぎとって売るのは禁止されているぞ♪」


 上機嫌なアキノに優しく注意された少年だったがキョトンと不思議どうな顔をして背中に背負う片手剣を抜いたそして大きく振りかぶり。


「それぐらい知ってます……ヨッ!」


 ゴブリンの体に剣を立て、緑色の皮をはぎ始めたのだ……。


「……えっと、君? このチビノノが欲しくて協力したんじゃないのかな?」


「えっ? いらないですよ。 自分はゴブリンが食べたくて手伝いましたから」


「食べる……ってゴブリンを?」


「はい!」


 えぇ……。


 さっき川で流したばかりのゴブリンの血がアキノの顔にべちゃりと飛んでくる。


 かかわってはいけない人とかかわってしまったことに若干血の気が引いているアキノ。内臓を手ににこやかに返事をする少年。


 これが始まりである。

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