第10章 神への扉

1 提案

「そいつは学園の生徒を殺害した凶悪犯だ。お前たちは離れろ!」


 デルフィナと名乗った女騎士が叫んだ。

 レナやジークリンデ、ターニャ先輩、そして突然現れたベアトリスという少女に言っているんだろう。


 俺は凶悪犯扱いか。


「……まずいな」


 最悪といってもいい。


 殺人者として逮捕されるわけにはいかない。


 俺はアーベルやナーグ、それにガストン──伯爵の手駒や執事まで殺してしまった。


 もしも逮捕されたら、俺は伯爵の意向に沿って裁かれるだろう。

 まともな裁判なんて望むべくもない。


 かといって、逃げればお尋ね者──。


 なんとかして『指輪』を使い、場の全員から『俺がアーベルたちを殺した』という記憶を消し去らなければならない。


「認識阻害の必要はありません。もちろん、あなた様をむざむざと逮捕などさせません」


 ベアトリスが俺に寄り添った。


 ふうっ、と耳元に息を吹きかけられる。

 ぞわりとした妖しい感覚に一瞬身震いする。


「『映像投影の指輪』──効果発動アクティブ

「おのれ、抵抗するか!」


 デルフィナが叫んだ。


 剣を上段に掲げ、打ちかかってくる。


 さすがに王立騎士団の副隊長クラスだけあって、その動きは鋭い。

 だが──、


「なんだ、一体……?」


 デルフィナは俺とはまったく別方向に向かって突進し、剣を振っている。

 まるで、幻影とでも戦っているかのように。


「まさに、その幻影と戦っているのですよ」


 俺の内心の疑問に答えるように、ベアトリスがまた耳に息を吹きかけてきた。


 ぞくりとなる。


「……どうでもいいが、話しかけるたびに耳に息を吹きかけるのは止めろ」

「あら、気持ちよくありませんか? あたし、殿方が気持ちよくなる顔を見るのが好きなんです」


 ふふふっと妖しく微笑むベアトリス。


「あの方にそう仕込んでいただきました」


 あの方?

 彼女の主人……とかだろうか?


「君の趣味なんて聞いていない」

「ふふ、では今の話題は置いておいて──「今のはあたしの神器『映像投影の指輪』の効力です」


 と、ベアトリス。


「あたしとミゼル様以外を除いて、この場にいる全員に幻影を見せています。彼女たちは幻のミゼル様を相手に戦い続けるでしょう。こちらに感づかれないように、会話は小声でお願いしますね」

「……分かった」


 とはいえ、状況はそれほど好転していない。


 俺がアーベルたちを殺したことは、依然としてバレたままだ。


「それよりも俺が『認識阻害の指輪』を使えば事足りる。今度こそ妨害するなよ」

「いいえ、それはなりません」


 ベアトリスが艶然と笑って首を振った。


「あなた様はもう──この学園に戻ることはありません。伯爵の下へ来るのですから」

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