17 兆し2

 ヴェルザーレが、熱い。


 握っている柄を通して、その熱が俺の中にも流れこんだ。

 すさまじい灼熱感が体中を駆け巡る。


 心臓が痛いほどに早鐘を打つ。


 この感覚は、一体──!?


「この気配は……!?」


 ガストンの表情から笑みが消えた。


「この、威圧感は──」


 代わって現れた表情は、畏怖。


「まさか……!」


 俺に対して、明らかにおびえている。


 俺自身は、不思議な高揚感に包まれていた。


 自分が万能の神になったかのような、感覚。


 今なら、ガストンをいともたやすく倒せそうだ。

 指先一本で粉々にできそうだ。


 そんな圧倒的な万能感に満ちていた。


 なぜこんな感覚が突然芽生えたのかは分からない。


 もしかしたら――ガストンとの戦いがきっかけなのか。

 あるいはガストン自身がきっかけなのか。


「次なる段階……!? その兆しだけで、これほどの──」


 おびえたように後ずさるガストン。


「ですが……私は伯爵から受けた命令を遂行するのみ。あの方の執事として!」


 恐怖を振り払ったかのように、老執事は凛とした表情で叫んだ。


「さあ、全力でいきますよ! 見せてください、あなた様の力を! もっと、もっと──」


 腰だめにナイフを構えて突進してくる。

 俺と同レベルの超速。


 ──いや。


「見える……!」


 今までは捉えきれなかった奴の動きが、今は手に取るようにわかる。

 俺はわずかに体を開き、最小限の動きでガストンの一撃を避けた。


 すれ違いざまに、膝蹴りを奴のみぞおちに叩きこむ。


「が……はぁっ……!?」


 苦鳴とともに吹き飛ぶ老執事。


 俺はすかさず追撃しようと疾走する。


「くっ……!」


 さらに一撃を加えて、ガストンを大きく吹き飛ばす。


 今の攻撃で奴の四肢をいくつか砕いた。

 戦闘能力は大幅に落ちたはずだ。


「終わりだ――」

「くうっ、勝てん……!」


 立ち上がったガストンが一目散に逃げようとした。

 俺はそれを追って、さらに加速。


「ううっ……」


 体中が、軋む。


 肉と骨が千切れ、バラバラになりそうな錯覚があった。


 今までの『死神の黒衣』による運動能力増幅とは、明らかに違う。

 瞬間移動さながらに、一瞬でガストンに追いつく。


 だがそこで両足に耐えがたい痛みが走り、俺はバランスを崩した。


 身体能力を増幅しすぎて、俺自身の肉体が耐え切れなくなってきているのか。


 それでも、ガストンに勝つには加速するしかない。


 俺の『死神の黒衣』はクラスBで、ガストンの神器はクラスCだが『次なる段階』の力によってクラスB相当まで引き上げられている──らしい。

 だから白兵戦では互角だった。


 だが、俺も奴と同じく『次なる段階』に突入すれば、『黒衣』はクラスAまで上昇し、近接戦闘でガストンを圧倒できるはずだ。


 速く、もっと速く──。


 俺は床を踏み砕く勢いでステップを刻み、ガストンを眩惑させる。

 最高速に到達した俺は、奴の背後に回りこんだ。


 そのままヴェルザーレを振り下ろす。


「くっ……!」


 ガストンの背後に『盾』が出現した。

 俺の動きを先読みしたのか、それとも『盾』自体にある程度の自動防御性能でも加わっているのか。

 槌の打突部と五角形の盾が衝突した。


 虹色の火花がまき散らされる。


 硬い──。


「だけど、押し切れる……!」

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