16 兆し1

「では、参ります。あなた様の力を存分にお示しください」


 ガストンの動きが突然ブレた。

 残像を生み出すほどの超高速移動。


「でなければ、死にますよ」

「っ……!」


 すぐ眼前にガストンの姿が現れていた。


 想像以上の速力だ。

 俺に匹敵するほどの──。


 これが本気の戦闘モードになったガストンなのか。


「ひゅうっ」


 細い呼気とともに、ガストンがナイフを繰り出す。


 俺の選択肢は二つ。

 ヴェルザーレで受けるか、攻撃自体を避けるか。


 だが、この間合いとタイミングでは防御は不可能だった。

 柄の長いヴェルザーレでは、懐深くまで飛びこまれると、相手の武器への対処が難しくなる。


 つまりは回避一択。

 いったん距離を取ろうと、さらにバックステップする。


「判断が早い! ですが簡単には逃がしませんよ――」


 ガストンも俺の狙いを読んでいるのか、超速で近づき続けて、なかなか距離を離させてくれない。


「こいつ──」


 ガストンを吹き飛ばそうと前蹴りを繰り出した。


「無駄です」


 が、奴の前面に盾が出現して、俺の蹴りを防ぐ。

 のみならず、蹴りの威力が倍加されて、俺自身を打ちのめした。


「ぐっ……」


 だが、それならそれで構わない。

 吹っ飛ばされる勢いを利用して、ガストンから距離を取ってやる──。


「無駄だと言いました」


 ガストンはあいかわらず笑顔だ。

 俺が吹っ飛ばされる先に、二つ目の盾が出現した。


「何……!?」


 ガストンの『悪辣なる盾』は一つじゃない。

 複数存在するのか……!?


 がづっ!


 背中が盾にぶつかり、その勢いが倍加されて、俺はふたたび吹き飛ばされた。


 ガストンが待つ前方へと。


「私から距離を取ることはできません。おとなしく伯爵に従うか、ここで死ぬか──好きな方をお選びください」


 老執事が微笑みながら告げる。


「どっちもお断りだ」


 やはりガストンは手ごわい。


『次なる段階』とやらは伊達じゃないようだ。

 だが、俺だっていつまでも翻弄されたままでは済まさない。


「必ず、お前を殺す──」


 正義と殺意が、俺の中で膨れ上がった。

 同時に、心臓が鼓動を打つ。


 激しく。


 さらに、激しく。


 どこまでも激しく――。


「これは……!?」


 右手が、急激に熱を宿し始めた。


 いや、熱を発しているのは握っている槌だ。


 どくん、どくん、とヴェルザーレ全体が熱く脈動している──。






***

〇『いじめられっ子の俺が【殺人チート】で気に入らない奴らを次々に殺していく話。』

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