2 見透かされた心

「『正義を行う自分』に酔った──ただ自己愛を肥大化させただけの、独りよがりな子どもです」


 老執事の言葉に、ミカエラは言葉を失った。


 普段の彼女なら即座に反論していたはずだ。


 基本的には穏やかな性格の彼女だが、自身の正義について言及されたときは別だった。

 まして、その正義を否定されたとなれば、全身全霊をもって抗したはずだ。


 なのに――言葉が出てこない。

 頭が働かない。

 気持ちが萎えてしまっている。


「だ、黙りなさい!」


 それでも精神力を振り絞って、ミカエラは叫んだ。


「ミゼル少年と戦ったときも同じでしたが──あなたは自身の本質を見抜かれると、激高するのですね」


 老執事がミカエラを見つめる。


 まるで憐れむように。

 彼女の心の弱い部分を見透かすように。


 屈辱にカッと頭が熱くなった。


「あなたのような悪に、何が──」


 ミカエラは腰の剣を抜いて斬りかかった。


 アルジェラーダは破壊されているので、騎士として装備している通常の剣を手に──。

 反射的な行動だった。


「ほう? 悪に対して斬りかかるのですか? 悪を『裁く』ことこそが、あなたのスタイルであり真実――違いましたか?」

「う、うるさい――っ!}


 相手が悪であれ不殺を身上としている彼女にとって、本来あってはならない行動だ。


 だが、自分で自分の行動をうまく制御できない。

 思った以上に混乱している自分を、頭の片隅で妙に冷静に自覚するミカエラ。


 ばぢぃっ!


 振り下ろした剣は、執事の頭上で火花とともに弾き返される。

 彼の神器──『悪辣あくらつなる盾』が、彼女の斬撃をやすやすとはじき返したのだ。


「くっ……」


 ミカエラは歯噛みして執事をにらんだ。


 以前の戦いで、彼女は正義の意志を燃え上がらせてこの盾を打ち破った。

 だが、今は頼みのアルジェラーダが損傷している。


 敵の防御を破るすべがなかった。


「あなたの心は弱い。ゆえに『次なる段階』に移れない。ですが、あの少年は『次なる段階』に踏みこみつつあるようです。心が、強くなってきているのでしょう」

「私にだって、誰にも負けない正義の心が──」

「伯爵からの言伝です」


 ミカエラの言葉をさえぎる老執事。

 その背から、黒いシルエットが起き上がった。


 ──禍々しいフォルムの、狼だ。


「『お前に我が力の一部を授ける。これからは我が手駒となれ』」

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