第8章 神に続く道

1 歪む正義

 SIDE ミカエラ


「はあ、はあ、はあ……」


 校舎を出て、大通りを走り、さびれた路地裏まで入ったところで、ミカエラはようやく息をついた。


 負けた。

 正義を否定された。


 私が――負けた――。


 正義が、負け……た……!?


 頭の中が混乱し、思考がまとまらない。


「違う……っ!」


 ミカエラはうめくように叫んだ。


「私こそが正義……っ」


 正義の力が負けるはずがない。


 思いがあふれ、思考の邪魔をする。


 いや、あるいは──。


 自分の正義は、最初から間違っていたのか?

 だから、あっけなく敗れた──?


 目の前が暗くなる。


 目の前が、ぐらぐらと揺れている。


「うううう……」


 ひどい脱力感で、ミカエラはその場にしゃがみ込んだ。


 今まで、幾多の犯罪者を捕らえてきた。

 ミカエラなりのやり方で『悪』と戦ってきたのだ。


 そう、殺すのではなく、罪を裁き、償わせる。


 だが、それは無意味だったのだろうか。

 この国では公正な裁判など望めない。


 分かっているのだ、そんなことは。


 だが、それでも──ミカエラは理想を信じて戦う。

 いつかその理想が現実に変わると信じて。


「でも、私の言葉も、想いも、信念も──彼には届かない」


 私は、どうしたかったんだろう。

 彼に、何を伝えたかったんだろう。


 正義とは──。


 一体、なんなんだろう。


「手ひどくやられたようですね」


 笑み交じりに、誰かが近づいてきた。

 振り返ると、そこに立っているのは温和そうな老人だ。


「あなたは──」


 覚えがある。

 そう、リオネル伯爵の執事である。


「あなたの神器は素晴らしい。ですが、それを操る肝心のあなた自身が未熟」

「私が……未熟ですって」


 ミカエラはキッとした顔で老執事をにらんだ。

 悪の伯爵に仕えるような男に、言われたくはなかった。


「清らかな心で正しい道を進む、理想の正義の味方──あなたは、あなた自身をそう評しているのでしょう? ですが、実態は」


 老執事がニヤリと笑う。


「『正義を行う自分』に酔った──ただ自己愛を肥大化させただけの、独りよがりな子どもです」




***


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