16 揺らぎ

「殺人?」


 俺のつぶやきが耳に入ったのか、ミカエラは秀麗な顔をしかめた。


「するわけがないでしょう。どんな悪人でも、私は神器の力で制圧してきました。殺さずに、捕縛して──それが私の誇りです!」

「そして、偏った裁判で次々に無罪放免の罪人を出してきたわけだ」


 俺はつい皮肉ってしまった。


 その中には、俺の家族を殺した連中の同類もいただろう。

 被害に遭った者が泣き、被害を与えた者はのうのうと生きる。


「この国で正義の道を行くなら──悪を殺さなかったことは、誇りにはならない」


 俺は、俺自身のスコアを見ることができない。


 以前に、鏡などを使って試したこともあるが表示されなかった。

 だけど、相手が誰であれ殺人は殺人だ。


 仮に俺のスコアを見る方法があるなら、それなりに高い数値が表示されることだろう。


「――では、あなたは正しいというのですか? 悪と断じた人間を、次から次へと殺して……」


 ミカエラが剣を振るう。


「殺すことが……本当に正義だと……?」


 その斬撃は明らかに鈍っていた。

 心の迷いが、剣技の鋭さを殺しているのだ。


 俺はなんなくバックステップで避けた。


「こ、この……っ」


 ミカエラが歯噛みした。


 お得意の未来予知も精度を欠いているのか、さっきまでみたいな俺への追撃はない。

 これなら、ヴェルザーレの第二特性である『相手の神器の特性破壊』を狙うまでもない。


「あんたの言いたいことは分かる。たぶん正論なんだろう。だけど──」


 俺は口の端を吊り上げ、笑った。


「理想だけを追い求めても、誰も救えない。綺麗ごとやお題目を唱えているうちに、罪もない人々が次々と被害に遭い、罪人はのうのうと暮らしている──それがこの国だ」

「わ、私の正義は……間違っていません……っ!」


 ミカエラの表情が歪んだ。


「私の正義は、誰にも否定させない!」


 形相が変わっていた。


 凛と整った美貌に、醜い険が寄っている。


 本当に同一人物かと疑うほどに──。

 今のミカエラは、まるで鬼のような形相だった。


 化けの皮が剥がれてきた――。

 そんな印象だった。

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