第7章 二つの正義

1 殺戮の後(ミカエラSIDE)

 薄暗い商社の中──犯罪組織『鮮血の牙クリムゾンファング』のアジト内を、一人の女性が進んでいる。


 長い金髪を縦ロールにした女騎士。

 王立騎士団、第三番隊隊長を務めるミカエラ・ハーディンだ。


「これは……すさまじいですわね」


 彼女は眉をひそめた。

 見渡すかぎり、死体が転がっている。


「すべてが超重量級武器による殺害……ですか」


 ため息をつく。


 大半の死体は、恐怖に歪んだ表情で固まっていた。

 容赦のない殺しぶりは、騎士として幾多の戦場を駆け巡ったミカエラでさえ、背筋が凍るほどだ。


「これがすべて──『彼』の仕業だというのですか」


 彼女が所持する神器『真実の魔眼』で探知した映像は、その少年──ミゼル・バレッタの犯行であることを示していた。


 漆黒のマントに身を包み、赤い魔眼を輝かせた姿を。

 そして、巨大なハンマーを振るい、組織の構成員を皆殺しにする姿を。


「確かに彼らはまごうことなき『悪』。ですが、やり方が間違っています」


 ミカエラは拳を握りしめた。


 正直に言って、彼の行為に共感できる部分もある。

 だが、王国の騎士としては決して見過ごせない行為でもあった。


「正当な裁きを経ずに、一方的に命を奪うなんて許されるはずがありません……」


 ならば、どうするか。


 彼の素性は分かっている。

 王立騎士学園二年、ミゼル・バレッタ。


 直接会い、事情聴取の後に捕縛するか。

 ただ、彼がこれを為したという証拠をそろえなくてはならない。


 少なくともミカエラの『真実の魔眼』の映像は、証拠とはならないだろう。

 神器の存在を明かすわけにはいかない。


 正義の神アル・レーアから神器を授かった際に言われたのだ。


『これは人の身には過ぎたる力。みだりに他者に明かすことは許しません』と。


 もしも多くの者に神器のことを知られた場合、ミカエラは力を失い、相応の罰を受ける──と。


「……まずは、彼に会う必要がありますわね。もう少しミゼルさんのことを深く知らなければ」


 ミカエラは右手を掲げ、クラスS神器『祝福を灯す正義の剣アルジェラーダ』を呼び出した。


「【浄化】開始。正義の名のもとに、悪しき魂を封じます」


 厳かに、告げる。


 漆黒のモヤが死体からいっせいに立ち上った。

 そのモヤが細剣の刀身に吸いこまれていく。


 ――ぞくり。


 同時に、下腹部を中心に甘い疼きが広がった。


 悪しき魂を封じる際、ミカエラの体に必ず生じる変化。

 両足の付け根がじわりと温かくなる。


「んっ……」


 ミカエラは眉を寄せ、艶めいた喘ぎをもらした。

 心地よい痺れにも似た快感が下半身全体に行き渡る。


 性的な快感に酷似したその感覚は、癖になりそうな甘美さがあった。


「ふあ……ぁぁあ……」


 喘ぎながら、ミカエラは静かに目を閉じる。

 快楽とは別に、体の奥底に力が流れこんでくるような感覚があった。


『吸収強化完了……物理攻撃力が129上がりました』

『吸収強化完了……魔法攻撃力が47上がりました』

『吸収強化完了……物理攻撃力が311上がりました』

『吸収強化完了……物理攻撃力が204上がりました』

『吸収強化完了……魔法攻撃力が66上がりました』

『吸収強化完了……魔法攻撃力が92上がりました』


 力だ。

 全身に力がみなぎってくる。


 これが『アルジェラーダ』の特性だった。

 悪しき魂を吸い取り、正義の魂へと反転させ、己の力として取りこむ──。


 端的にいえば、悪人の死に触れれば触れるほど、ミカエラの神器は力を増す。

 おそらく組織内の大半の構成員が殺されているだろうから、かなりの力を得ることができるだろう。




「さあ、他にも殺された者がいないか、確認するとしましょうか」


【浄化】を終えると、ミカエラは細剣を手にアジト内を進んだ。


 ここに来る前に、リオネル伯爵や執事と対峙したときのことを思い返す。

 もっと力をつけ、いかなる悪にも立ち向かえるように──。


 悪の魂を己の神器に吸わせながら、ミカエラは進み続けた。

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