12 威圧

「ほう、『盾』の特性を打ち破っただけでなく、『盾』自体まで破壊するとは」


 伯爵が興味深そうに顎をしゃくった。


「神器の性能か、そなたの強さか。それとも──目覚めかけている・・・・・・・・のか」

「目覚め……?」


 ミカエラには理解できなかった。

「惜しいな。我が元に来てくれれば、大いに働いてくれそうなものを」


 うなる伯爵。


「余裕ぶるのもそこまでですよ。さあ、おとなしく縄につきなさい」


 ミカエラは二人の前に細剣を突きつける。


「正義などという青臭い価値観に固執しているところが、実に惜しい」

「リオネル様、そろそろお時間が」


 ガストンが耳打ちした。


 先ほど彼女が貫いた盾は、いつの間にか彼の右腕に装着されていた。

 いくつでも生み出せるのか、それとも盾自体に再生能力が備わっているのか──。


「そうだったな。では、今回の勧誘はほどほどに……ここで失礼させてもらうとしよう。今日は会えてよかった。そなたのような者がいれば、この国の防備は安泰だ」


 伯爵は執事とともに身をひるがえす。


「引き止めてすまなかったな。では、いずれまた」

「に、逃がしませんよ。あなたたちは罪を──」

「捕らえる、か?」


 伯爵がミカエラを見据える。

 すうっと目が細まると同時に、すさまじい威圧感が放射された。


「っ……!?」


 まるで衝撃波でも受けたかのように、ミカエラは後ずさる。


「無理だな。そなたの力では」

「……くっ」


 悔しいが、その通りだった。


 伯爵はまだ本気ではない。

 神器でまともに攻撃すらしてこない。


 だが、もし本腰を入れて打ちかかってきたら──。


(私は瞬時に殺されるかもしれませんね……)


 ゾッとするような悪寒とともに、そう悟った。


「私は逃げも隠れもせん。そなたが私を捕縛できるだけの力を手に入れたら、そのときにまた挑んでくるがよい」

「私は……」

「この場のことは誰も見ていないし、仮に見ていたとしても私に不利になるような証言をするものはいない。そなたも分かっていよう?」


 言って、伯爵と老執事は去っていく。


 ミカエラは追わなかった。


 いや、追えなかった。

 体がすくんで、動かないのだ。


 最後、伯爵がほんの少し闘志を強めただけで──。

 失禁しそうなほどの恐怖感を覚えてしまった。


 勝てない。

 殺される。


 ミカエラを襲ったのは、そんな強烈な負の感情。


 初めてだった。

 神器を手に入れて以来、これほどの敗北感で叩きのめされたのは。




 ──十数分後、ミカエラは城を出ると、そのまま『鮮血の牙』の本部アジトへと向かった。


 伯爵を今すぐ捕縛することは難しいが、まずは目の前のことを一つ一つ片付けるのだ。


 彼女が信じる正義を為すために。


 そして力を磨き続け、いずれは巨悪である伯爵も──。

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